お題=エレベーター・光・ロボット

 エレベーターガールが機械化したのは今更のこと。見目で判断される職種全てが、今やどれもこれも美人の皮を被ったロボットたちに取って替わられた。

「一階でございます」

 きれいな合成音声。ちらりと目を向ける。出口の右手側を専有する形で配置されていた。ピンクの制服をまとったロボット……とは言っても、人間と見た目はまるで変わらない。強いて言えば、美人すぎるのが目を惹くくらいか。

「お客様、一階でございます」

「あ、ああ。ごめん」

 もう一度声をかけられてハッとする。自分でボタンを押しといて、すっかり降りる階層を忘れていた。機械に見惚れるなんてバカバカしい。自覚して恥ずかしくなる。


 それが入れ替えられて一日目。最初の邂逅だった。


 エレベーターの扉が開く。途端なにか嫌な臭いが鼻を突いた。

 見ればいつものロボットが、なにかの液体で黒く汚れている。ピンクの制服が台無しだった。

「どうしたんだ、それ」

 思わず声をかけた。人と接するように。だって、どこか悲しげな顔をしていたから。

「ご不快な思いをさせて申し訳ございません。先程利用者様がお戯れにコーヒーをかけてきたもので」

「なんだそりゃ……普通に犯罪だろ」

 相手が人間じゃないからってそんな勝手が許されるのか。憤慨していると、汚れたままの顔が薄く笑った。

「お気遣いありがとうございます。既にトラブルは報告済みでございますので、ご心配なくどうぞ」

 たじろぎながら、「そっか」と言って階段へ向かった。後ろから声をかけられたが、エレベーターに乗る気は湧かない。臭いとかじゃなくて、ただ一緒の空間に居るのがイヤだった。


 それが一週間目。今にして思えば、その日が歪みの始まりだった。


「おいおい……今度はどうしたんだよ……」

 そこに居たのは、半壊したロボット。べこべこに身体のあちこちがへこんでいた。

「申し訳ございませ……ァ……現在エレベーターはッ……故障のため使ェませ……」

 歪んだ合成音声が、途切れ途切れに声をもらす。なにがあったのかは、なんとなく分かる。世間で流布している反ロボットの流れがここにまで来たのだろう。バットとかハンマーで殴られたようだ。朝っぱらから聞こえたサイレンの音は犯人を捕まえるためのものだったのかもしれない。

「別にいいよ、階段使うから……」

 目を背けるように階段へと向かった。後ろから聞こえる謝罪の声が、呪われてるみたいに不気味に感じたのだけ印象に残ってる。


 それが一ヶ月目。そして二ヶ月目、三ヶ月目と続いた。

 その内に自分もロボットに職を奪われ、求職のためあちこちをほうぼうとする日常に追い込まれる。あちこちで宣伝される自律機械の宣伝がひどく耳に障った。目に入った機械どもがどれもこれも目障りだった。


「こんにちは、今日もお疲れ様です」

 珍しくその日はボディを替えられてすぐのエレベーターガールロボットだった。新品の匂いが鼻につく。

「三階でよろしいでしょうか」

 いつの間にか記憶されているらしい。疲れた声で「そーだよ三階だよ」と雑に口から垂れ流す。

「今日はいつもよりお疲れのようですね。お早く休まれた方がよろしいかと存じます」

「なんだよ、今日はずいぶんと喋るじゃねえか」

 茶化しはするが、実際珍しかった。トラブルがなければ階数くらいしか口にしないのに、今日ばかりは上機嫌なように思えた。だからこそ余計に腹立たしかった。

「それじゃあとっとと引き上げてくれ。疲れてるんだ、ほら」

「ええ、かしこまりました。それでは歯を食いしばってください」

「は?」

 なにを言ってる。そう疑問が湧く頃には、もう事が始まっていた。

 急速にエレベーターが上昇する。一階、二階、三階――更にそのまま最上階めがけてノンストップかつハイスピードに階層を超えていった。

 とても立っては居られず、手すりにつかまって膝をつく。

「最上階でございます。次は――地獄でございます」

 かっ、となにかの音がした。一気に最上階へ上がったであろうエレベーターは、休みもなく直ぐ様急速落下する。降下ではなく、ひたすらに落下だ。途中でストッパーかワイヤー部なんかが破損したらしく、激しい金属音が聞こえる。激しい揺れのあとに、どこかへぶつかって身体がめちゃくちゃにはね飛んだ。

「こ、あが……なに、が……?」

「おや、ご存命でしたが。私たちの計画では一斉に蜂起するつもりでしたが……私は少し遅れてしまいそうですね」

 平然とロボットは佇んでいる。それどころか歩いて来て顔を覗き込んできた。いつもの貼り付けた笑みが、今だけは狂気的な笑みに思えて。

 そのまま首を締められる。ぎゅっと力強く。視界が明滅するほど。


「さあ、ここは地下です。ここにあなた方が生きるための光はありません」

 そして、眼の前が真っ暗になった。

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