お題=追憶・コーラ・常習犯

 暑い時期になると思い出す。ある一人のバカを。とんでもない発想と行動力の化身だった。愚行の常習犯、と呼んでもいいくらいに。


 ――まだお互い年少として過ごしていた時代だ。あのバカは陽気に僕を外へ誘ってきた。

 そいつは虫取り網を片手に、暴れまわるセミを掴んで首を傾げてこちらを見る。 

「セミって何味か知ってる?」

「知らないし興味ないし食いたくないし知りたくない」

 全力で突き放した。僕はあまり虫が好きではない。食虫なんて金積まれても御免だ。だからバカから距離を置く。

「土の味らしいよ。さすが死ぬ直前まで土中に幼虫として過ごすだけあるよね」

「だから知りたくねえって言ってんだろこのバカ」

 普段こそ愛想笑いで場を凌ぐガキらしくないガキだった僕も、バカにだけは取り繕って対応することは一切なかった。その場を流さずに済ませたら、あとからマズいことになると簡単に予想できたから。

「ちょっと試してみてよ。チャッカマンなら持ってきてるから簡単に火は通せるし」

 この時みたいに。

「食いたくないってさっき言ったよなぁッ!?」

 反抗しないとひとりで勝手に物事を進めようとする。分かった、とでも肯定的に受け取ってたらどんな目に遭っていたか。


 そういうやり取りが平常で、虫を食べてみようなんてのは序の口だった。

 ガスのつまったスプレー缶を手榴弾よろしく加工しようとしてたときもあったし、圧力鍋で爆弾が作れると聞いて作り方を相談しにきたときもあった。カエルの尻に爆竹を突っ込もうとしていたときも含めて全部僕が制止している。

 そのうち付き合いの悪さに向こうから飽きてくれないかと願ったものだが、なんでか懐かれたらしく、度々問題行動の引き止め役をやらされてきた。夏休み中ほぼ毎日のように。正直、学校生活よりも夏休み期間の方が休めなかったとしか言えない。今だから言える、土日くらい休ませてくれ。


 ――そんなバカも居なくなれば妙に寂しいもので。「どこかへ引っ越すかも」くらいの軽い会話をした日を最後に、遠くへ行ってしまった。

 そこから数年間は、妙に夏休みが暇だった。元々付き合いのある友人は飽くまで一時の交友しかなく、一線引いた対応を互いにする。友達以上に踏み込まない。親友なんて関係性は果てまで行っても見えてこない。

 振り返れば、あのバカは親友だったのかな、なんて風にも思う。互いにむき出しの感情で接する間柄だった。ともすればそれは、やはり友人以上の関係だったハズだ。


 だとしたら、願いの一つくらい叶えてやるべきだったかな。いつも引き止めてばかりだった。

 今はどこでなにしてるやら。実家の縁側に座って、ぼんやりと茶を啜り干し芋を齧る。なんとも爺くさいが、お盆で久々の古臭い家に帰省だ。住まいに相応しい行動だと言い訳できる。

「――ん?」

 誰に対しての言い訳か考え始めたとき、近くから足音が聞こえてきた。歩幅が狭いのか、忙しく感じるほど短いリズム。

 誰だろう。不思議に思いながら待っていると、一人の女性が姿を現した。華奢な身体で、短いスカートが小刻みに揺れ動いている。

「久しぶり、ユウ」

 ユウ、と言われて首をかしげる。今言ったのは確かに僕の名だが、はて、目前の彼女に覚えはない。

 うん、なかった。なかったのだが、本能がなぜか警鐘を奏でる。それはそう、あのバカと対峙したときみたいに、ヒヤヒヤする感覚。

「お前、まさか――」

「うん。久しぶり。帰省してるって聞いたから、遊びに来たよ」

 例のバカだ。感慨にふけっているとき、ちょうど来たものだから驚く。

 そのまま雑談にでもしようかと身を乗り出した僕へ、ペットボトルが一つ差し出される。

 コーラだ。メーカーはちょうどラベルが隠れる形で握られてるから分からないが、真っ黒な液体に茶色い泡は間違いなくコーラのそれだ。未開封だから、醤油とかめんつゆって話もなさそう。

「コーラとあるお菓子を一緒に飲むと、すごいことになるって知ってる?」

「は、なにを――いや待て、まさかメントスコーラの話か?」

「大正解。というわけで、一緒にやろう」

 早々に頭を抱える。この歳で見た目良くなっても、変わらずバカだ。

「やっとこっち来れたから、また久々になにかやりたくて。飲み物買うついでに見かけたからちょっとね。また当分会えないだろうし」

 残念そうに言う姿へ、先程までの思考がぶつかる。

 そう、久々に会えた。そして今までずっと誘いを断ってきた。更に次いつ会えるか分からない。

 大きく息を吐く。今回だけだ。そこまで危険じゃない。

「分かった、やろう。これっきりだぞ」

「え、ウソ。マジでやってくれるんだ……よし、それじゃあ早速」


 差し出されたコーラを受け取る。次いで包み紙の剥がされたメントスも。

 相手も同じモノを準備して、隣に座る。そして「せーのっ」で口に含んだ。


「「ごえぁーーー!」」


 二人揃って吐き出し、そして大笑いした。

 ああ、親友ってこんなにいいんだな。

 

 

 

 

 

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