白の孤児院

イルカ尾

前編

 目覚めの鐘が鳴る。僕はぱちっと目を開けた。今日も天気は晴れ。カーテンの隙間から光が入ってきている。


 僕は少しだけ伸びをしてベッドから起き上がると、窓に近づいて勢いよくカーテンを開いた。すると後ろの方で不快そうな声が聞こえた。


 振り返ると僕のベッドの隣のベッドの上で、膨らんだ布団がもぞもぞと動いている。

 僕はそこに近づき布団を引き剥がすと、小さく丸くなっているみおくんがいた。


「なにすんだよお。ななくん。布団返して」


 みおくんは僕から布団を取り返すと、また布団を被って寝てしまった。

 先生に怒られても知らないからね、と僕は言って、自分のクローゼットを開けた。


 今日はこれにしようと、いつもと同じだけど昨日とは違う服に着替えた。

 部屋の外がだんだんと騒がしくなってきた。みんなも起きたみたい。僕は静かに部屋を出た。


 僕が廊下に出て扉を閉めると、奥からいつも髪がくるくるのアルくんが歩いてくるのが見えた。


「あれ、まだみおのやつ寝てるのか?」

「うん。いつもみたいにぐっすりと」


 僕たちの横を、他の子達が早足で通り過ぎていく。僕が前を向くと、アルくんがおでこに手を当てて下を向いていた。


「なんで起こしてやらないのさ。ルームメイトだろ」

「るーむめいとってなんだっけ」

「昨日先生の話覚えてないの? ルームメイトってのは一緒の部屋で暮らしてる友達のことだよ」


 難しい話の時は、いつの間にか終わってるから分かんないや。でも僕は起こさないよ。だってゆっくり寝ていた方が気持ちいいって知ってるからね。


 アルくんの後ろの方からたくさんの足音が聞こえてきた。


「ほらほら。こんなところで話していないで。顔を洗って早く食堂にゆきなさい」


 小さい子を抱っこしたり、おんぶをしたりしている雅先生が言った。僕とアルくんは顔を洗うため駆け足で白い部屋に向かった。


 顔を洗い、食堂に近づくとたくさんの声が聞こえ始てくる。

 中に入ればみんなの元気なおはようの挨拶でいっぱい。僕もアルくんもみんなとおはようの交換会に混ざる。


 食堂に並ぶ大きな長机には、朝ごはんが置かれている。

 どこも同じだけど、いつも空いている机の角の席に、僕とアルくんは正面に向かい合って座った。


 食堂の入り口を見ると、雅先生の横に眠そうに目を擦るみおくんがいるのを見つけた。


 僕は席を離れると、みおくんの方の行き、ぼんやりとするみおくんの手を掴むと、ぐいぐいと引いて僕の席の隣にみおくんを座らせた。


 アルくんが僕に向かってまるで「まま」みたいだねと言った。

 なんだろう「まま」って。


 アルくんに聞き返そうとしたその時、雅先生が手を叩いた。

 さっきまで騒がしかった食堂が嘘みたいに静かになる。


「はい。おはようございます、皆さん。席に着きましたね。それでは、アル! こちらに」


 はーいとアルくんは返事をして雅先生の方に行ってしまった。

 聞きそびれちゃった。「まま」ってもの。あとで戻ってきたら聞けばいいかな。


 アルくんはみんなに食前の祈りの令をかけた。このときはどんなに騒がしい子も静かに手を合わせている。

 それが終われば、騒がしさはすぐに戻ってくる。


 いつもどおり。アルくんも席に戻ってきて僕たちは朝ごはんを食べ始めた。


 まだ眠そうにしているみおくんに向かって、アルくんが変な顔をするから、僕はお腹がよじれそうになるまで笑っちゃった。


 結局、ごはんを食べ終わるまでみおくんをは眠そうにぼんやりとしてた。

 アルくんは食べるのが遅くなって、僕が食べ終わってもまだ食べていた。そんなのもいつもどおり。


 アルくんが食べ終わり、みんなで食器を片付けていると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると大きな大きな雅先生が、小さい子達に囲まれながら立っていた。


 僕は壁に掛けられた時計を見る。もうこんな時間か。


 小さい子達が他の先生に預けられると、僕と先生は二人で廊下を進んでゆく。お話しをしながら。先生は物知り。色々なことを教えてくれる。


 僕たちが向かったのは廊下の突き当たり。ただの壁に見えるけど、そこを雅先生がさわると、あっという間に大きな扉が浮かび上がってくる。

 扉がゆっくり開くと、その奥は真っ暗な廊下が続いている。


 明かりが少ないし窓がないから、とっても暗い。それでも先生と一緒だから迷ったりしない。

 先生は手を繋いで迷わないようにしてくれる。先生のひんやりとした手が気持ちいい。


 そのまま進み、大きな鉄の扉の部屋に僕たちは入った。中にはたくさんのドクターたちが準備をして待っていた。


 僕は部屋の奥にあるベッドに寝かされると、体中にチューブを繋がれた。チューブは天井に繋がっている。


 僕は体におかしなところがあるみたいで、時々検査をする。

 いつもは眠くなって、気づいたら終わっているけど今日は頑張って起きていた。


 しばらくして、チューブの中をゆっくりと透明な液体が流れてくる。

 少し変な感じ。体の中に液体が入ると体がぞわぞわっとする。


 液体が全部入ると、ドクターが集まってきてチューブを外し始めた。

 体中に付けられたチューブを、ドクターたちはなにも言わずに外してゆく。


「ねえさっきの液体はなんなの? 水みたいだったけど変な感じがするよ」


 僕がこうやって聞いてもドクターは同じ動きでチューブを外し続ける。


 検査が終わると僕は少しの間、歩けなくなっちゃう。だから雅先生は僕を抱っこして別の部屋に運ぶとふかふかの椅子に座らせてくれる。


 そこで僕は先生とドクターから変わったところがないか聞かれる。

 でもいつも変わらないから先生の質問に答えながら、僕は近くの椅子の横の机に置かれたかごから取った飴を口の中で転がしている。


 そのとき、急に建物が揺れた。地震かな。先生とドクターが慌てている。

 確認してくるから待っていてと、先生たちは扉を閉めて外に出ていった。


 僕は一人になっても特に気にしなかった。まだ歩けないし、僕はいい子だからね。

 また建物が揺れた。なにかがぶつかっているみたい。


 部屋の外から重い足音が聞こえた。先生が戻ってきたのかな。

 足音は扉の前で止まった。扉が音を立ててゆっくりと開く。


 入ってきたのは全く知らない、全身真っ黒な人だった。


?」


 黒い人が言う。僕はビックリして声が出せない。

 黒い人は廊下の方を確認すると僕に近づいてきた。


「君、名前は?一人だけか?他の子どもはいまどこに?」


 と、黒い人は早口に聞いてきた。僕はとりあえず椅子から降りようとし

た。

 もう歩けるようになる時間だし、怖いけどこの人の質問に答えてあげなくちゃ。


 椅子から立ち上がった僕に、黒い人はさっと近づいてきて僕の腕をつかんできた。


「大丈夫だ。助けにきた」

「……助けってなに?」


 なんのことだろう。僕はなにも困ってないよ。

 僕は精一杯首を振ったけど、黒い人はそのまま僕の手を引いて部屋を出ようとした。


 手を離そうとしても黒い人の手はピクリとも動かない。

 黒い人は廊下に出ると何度も周りを確認している。


 その時、廊下の奥から足音が近づいてきたことに気づいた。


 黒い人は僕から手を離し、手に何かを持って足音のする方に向けた。足音が近づいてくる。


「こんなところにまで入り込んでいましたか」


 この声は雅先生だ。先生はゆっくりと僕たちのいる方に歩いてきている。よく見えないけどきっとそうだ。


「おい! 止まれ! それ以上近づくな!」


 黒い人が大声で叫んだ。よく見ると先生は両手を上にあげていた。


 突然、鐘の音が建物に響いた。これは目覚めの鐘の音だ。それと同時に天井から勢いよく煙が吹き出してきた。


 僕も雅先生もなんともないみたいだけど、黒い人は急に地面に倒れてしまった。


 先生は黒い人の頭の近くにしゃがむと、何かを持ち上げて立ち上がると、バン。


 大きな音がした。


 ちょうどその時、ずっと暗かった廊下に明かりがついた。

 見ると黒い人の頭の下に赤い液体の水溜まりができている。

 

 先生は手に持っていたものを、その辺に投げ捨てると僕に近づいてきた。


「大丈夫かい?」

「うん。でもこの黒い人、動かなくなっちゃったよ。死んじゃったの?」

「そうですよ」

「……ふうん」


 僕は雅先生にくっついた。


「僕、お腹すいちゃったよ。今日のお昼、なにかなあ」

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