中編

 みんなのいる食堂に戻ろうと、僕はみやび先生と手を繋いで廊下を歩いていた。明かりがついてもまだ少し暗い。怖くはない。


 廊下を進んでいくとちょっと先の曲がり角からドクターが出て来た。

 

 いつもは真っ白な服も、今日はなぜか汚れている。

 先生は少し待っててと僕に言うと、手を離し先に行くと、ドクターと話し始めた。


 小さい声だったから、なにを話していたかは分からなかったけど、すぐに話は終わったみたい。

 ドクターは僕の横を通って歩いていった。雅先生が僕を呼んだ。


「なにを話していたの?」

「うーんと、食堂が掃除中だからまだ入らないでようにだって」

「なんで掃除中なの?」


 先生はちゃんと答えてくれなかった。けどまあいいや。

 そうして先生とお話しをしながら歩いていると、いつの間にかいつもの廊下のふいんきになっていた。


 でも、いつもよりちょっと、静かな気がする。どこからも声や足音は聞こえない。

 みんなでどこかに行っちゃったのかな。ずるい。僕をおいていくなんて。でもみんながそんなことするはずがないよね。


 先生は呼びにくるからそれまで自分の部屋で待っていてと、僕に言うと早足でどこかに行ってしまった。


 僕はいい子だから待てる。僕はここでは一番お兄さんだからね。


 そんなことを考えながら部屋の扉を開けた。みおくんがいるかと思ったけど中にはやっぱり誰もいなかった。


 僕は自分のベッドの上に座った。そしてごろんとベッドに寝転んだ。時計の音が聞こえる。

 みおくんと遊ぼうにもみおくんはいない。


 今日はもやもやがいっぱい。いつもはこんなに楽しくないことなんてない。

 早く遊びに行きたいなあ。お腹もすいたし。みんな外で遊んでいるのかな。


 僕は起き上がり、ベッドを降りると窓に近づいた。窓の外は満天の青空。僕はじっくりと外を眺めた。

 建物の前には大きな草の広場がある。いつもはそこでみんなと鬼ごっことか、ボールで遊んだりとかしていた。


 でもやっぱり誰もいない。僕は遠くの方まで全部見た。広場の周りは木がたくさん植えられていて森になっている。そんなところまで全部見た。


 僕が窓から離れようとしたそのとき、遠くの木が少しだけ揺れたように見えた。

 よく目を凝らして見ると木の葉っぱがそこだけ揺れている。


 誰かがいるようには見えないけど、隠れているのかな。

 僕は外に行きたくてたまらない気持ちを消そうと、窓から離れてまた自分のベッドに寝転んで色々なことを考えた。


 朝のことを思い出していると、僕の頭にははてなの言葉が浮かんだ。

 その言葉は頭のなかを行ったりきたり。他の考えが全部塗りつぶされる。


 いつも聞けばすぐに答えてくれるアルくんと先生はいない。

 僕の頭は色々想像してみた。でもどれもピンとこない。


 やっと出てきた別の考えがふっと頭に浮かんだ。

 やっちゃいけないこと。でも誰も教えてくれないから。みんなが教えてくれないから。


 だから「まま」っていうのを探しに行こう。


 僕はベッドから飛び起きると、そおっと扉を開けた。誰もいるはずがない。先生もまだ来ていない。

 僕は扉を閉めると、忍者みたいに壁に沿って音をたてないように正面玄関に向かった。


 アルくんに言われるまで「まま」なんて聞いたことがなかった。

 だからきっとここにはないんだ。きっと外にある。外靴は玄関に置いてあるから見つからないように行かないと。


 心臓がばくばくと動いている。先生の言いつけを破ったのはこれが初めて、だったはず。

 見つかったらきっと怒られる。でももう僕の足は前にしか進む気がないみたい。


 誰にも見つからず、僕は正面玄関にたどり着いた。

 全員分の靴がきれいに並んでいる中で、僕は自分の靴を取るとそれを履いて外に出た。


 大きな広場に僕は一人だけ。いつもよりもっと広く感じた。

 さて、「まま」はどこにあるのかな。そういえば、ものなのかも分からないや。まあ探していればいつか見つかるよね。


 とりあえず外に来たんだし、さっきの木のところに行こう。

 僕は広場を横切る。もう見つかっちゃうかも知れないけど、別にいいや。


 まだ木は音を立てて揺れている。きっとなにかいる。僕はそう思ってゆっくりと近づく。


 あとちょっとまで近づいたそのとき、木の揺れがピタリと止まった。

 僕は慌てて木に近づいた。木は元からなにもなかったようにしんとしている。


 僕は顔が熱くなって、思い切り木を叩いた。もやもやがいっぱいで、胸がむかむか。

 後ろの方から声が聞こえた。僕は慌てて振り返る。


 さっきまでいた玄関の方から、ドクターと先生がこっちに向かって走ってきていた。


 ぞわぞわっと体が反応した。怒られる、と思った。

 僕は気づいたら叩いた木の横を抜けて、今まで入ったことの無い森の中で草をどかしながら奥に奥にと突き進んでいた。


 いつもならごめんなさいが言えるのに。

 だんだんと声が近づいてきている。僕は必死で森になかを走り続けた。


 そして僕が足を止めたのは、ふっと周りの木が全部無くなったことに気づいたときだった。

 なにかがおかしい。目の前にまだ森が続いているのに。


 僕は片手を前に伸ばしてゆっくりと前に進んだ。

 すぐ後ろから枝を踏む音が聞こえた。他にも聞こえた気がするけど、僕はもう止められない。


 そしてなにかにが手のひらに触れた。

 冷たくて硬い。だけど先は森の景色がどこまでも続いているように見えた。


「やめるんだ!」


 聞いたこともないどなり声に、僕は慌てて手を引っ込めて振り返った。

 そこには顔を真っ赤にした雅先生と一緒にたくさんの大人が僕を囲んでいた。


 先生はいつもよりずっと怖い顔をしていた。だけど僕はたまらなくなって言いたかった言葉が口からこぼれた。


「みんなはどこなの! どうしてなにも教えてくれないの!?」

「……なにを、言っているんだい? もう、みんな食堂にいるよ。だから、一緒に戻ろう」


 先生は僕に近づいてきた。嫌だ、まだ帰らない。僕は「まま」を探しに行くんだ。


 僕は先生の方から後ろに振り返ると、思い切り両手に力をいれて、壁に叩きつけた。


壁がバリバリと音を立てて砕けた。空にもヒビが入った。


 割れた壁の奥に明るい光が見える。僕は隙間に体を押し込んで抜けると、光に向かって走った。


 少し後ろを振り返ると、ドクターも先生も目を丸くして驚いたみたいで、誰も追いかけてこない。


 だんだんと光が近づいてくる。光は小さな穴から入ってきていた。僕は走ってきた勢いのままそこに激突した。


 簡単に壁は壊れて、僕をたくさんの光が襲ってくる。僕は目をつぶって光の方に進み続けた。


 少しずつ目を開けると、そこには見たことの無い建物や人があった。

 僕はキョロキョロとそこらじゅうを見渡した。


 外の世界は何もかも施設とは違う。人の大きさから建物の形まで。

 僕は色々なものに目移りしながらそこを歩いていった。


 あれ、こんなにたくさん物って見えたっけ。それに甲高い音がそこら中から聞こえる。


 まあ、いいや気にせず行こう。「まま」を見つけに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る