目が、覚めた。

 隣に、誰かいる。

 女。どこかで見たことが、あるような。


「俺はまだ、生きてるのか」


 最初に思ったのは、それだけだった。

 死んでいない。俺は。なぜ。


「死にたかったの?」


 ベッドのなかから、声。

 女。どうやら起きているらしい。


「死にたかったよ。俺は」


 女がベッドから顔を出す。


「おまえ」


「分かった?」


 夢を殺した女だった。


「なぜここにいる」


「人身事故で。ひとを助けるのが好きなのね。助かってるわ。ちゃんと」


 混雑した駅のホームで、誰かが転んでホームに落ちた。それを助けて、轢かれた。


「おまえが、助けたのか」


「夢はね。あなたの悪夢は、わたしが殺した。駅のホームのほうは、あなたが助けた。そして轢かれて、ここに。その場にわたしがいたわけじゃないけど。聞いた話ね」


「そうか」


「残念そうね」


「死んでないからな」


「死にたかったの?」


 説明する気も、起きなかった。

 死にたいという、生きていることに疲れたという、この気持ちは。どうせ誰にも理解されない。


「言わなくていいよ。何も。だいたい分かる」


「何がだ」


「思春期なんでしょ、あなた」


 ベッドから女を蹴飛ばした。思ったよりも蹴った感触が軽い。


「わたし思春期なんだけど」


「すまん」


 若い女か。そうには見えない。


「なに。老けてるって言いたいわけ?」


「いや」


 まあ、そう。


「あなたが死んだからよ」


「俺が?」


「あなたが死んだと思って、何もかもが、どうでもよくなったの」


 ゆっくりと、女が歩いてきて。ベッドに潜る。蹴りは効いていないらしい。


「ひとって、不思議ね。どうでもよくなったら、人にもてるようになったの。女男問わず」


「それはよかったな」


「あなたは、もてないでしょ」


「その通りだ。女だって平気で蹴るからな」


「うそ」


 嘘だった。自分の心に入り込まれたくなくて、防衛反応で蹴った。顔がいいという自覚があるから、なるべく顔を見られないようにして外を歩いている。だから、もてたことはない。もてると、死んだときに後が面倒だから。目立たないようにしている。


「顔がいいのにね。残念」


「そうだな」


 女。くっついてくる。


「ひとめぼれだったの。初恋」


「顔は見られないようにしていたはずだが」


「じゃ、雰囲気ね。それか、夢の中のことをなんとなく覚えてたのかも」


 女は、どうやら離れる気がないらしい。


「あなたが死ぬなら。その隣にわたしがいてあげる」


「頼んでないよ」


 女。無言。


「おい」


 寝ていた。

 疲れているのか。夢を殺したあとだからか。俺の。悪夢を。


「はぁ」


 どうやら、ちょっとした曲がり角に来ているらしい。このまま彼女と一緒にいるか。ひとりで死ぬか。




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ちょっとした曲がり角 春嵐 @aiot3110

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