不可逆性FIG 様

第三球 柊心晴

前話『第二球 積乱雲』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555984500907/episodes/16817139555984673411


*****


「おねぇさんはどこが悪いの?」

 病院の待合室。鈴が転がるような可愛らしい声がして振り向くと、小学校に入ったかどうか、というくらいの女の子。ふよふよの肌は色白で、ほっぺだけがほんのり紅く染まっている。可愛らしくて、つい頬が緩んだ。

「……んー。どこが悪いんだろうね?

 それを今、検査中かな?……その、えっと、調べてもらってるところ」

 すると、黒目がちな瞳がじっと考え込むように私を見つめる。


「……んんー、……おねぇさんはひんけつ?なの?」


 ヒンケツ?……貧ケツ?あっ、貧血のことか!

 年端もいかない彼女がそんな言葉を知ってるなんて思わなくて、私は思わず吹き出しそうになる。


「ふふ、そうなんだよ。

 よく知ってるね!難しい言葉なのに」

 そう言うと、少し自慢げな顔。文字通り、鼻高々という感じに胸を張り、丸いお目々をキラキラさせた。それが余計に可愛らしくて、ニコニコ見惚れてしまう。


 もし妹がいたら、こんな感じなのかな?

 出会ったばかりなのに思ってしまうのは、ふわふわの癖毛に親近感を覚えたからだろうか。何気なく、彼女の淡い髪に手が伸びた。ぴょんぴょこ跳ねた頭をそっと撫でると、彼女は猫みたいにキュっとまぶたを閉じた。でも、大して気にはならなかった様子で、再び小さな口を開く。

「あのねぇ、みーちゃんはねぇ、お手伝いしてるの」

「お手伝い?」

「うん、来て!」

 小さな柔らかい手がちゅっと掴む。

 彼女の手では私の手を上手く掴めず、小指と薬指だけをぎゅっと握る。そして、ぴゅーっと長い廊下を引っ張るように駆けていく。

「おっとっと、走ると危ないよ」

 そう言いながらも、可愛い後ろ姿に、ついついニコニコしてしまう。そして、それはみんな同じ様子で、

「あら、みーちゃん。今日も元気ね」

「今日はお姉さんが一緒なのね、いいわね」

「廊下は走っちゃダメだよー」

 看護師さんも患者さんもお医者さんも、すれ違う人たちはみな無邪気に駆ける彼女を見て優しく微笑んでいた。何だか一緒にいる私に微笑まれているような気がして、嬉しいような、恥ずかしいような……。

「ここだよ」

 彼女が連れてきたのは、入院病棟の一番端のひとり部屋。その入り口には、

『柊 心晴』

 という名札が入っていた。

「ひいらぎ……こはる……?」

「ちがう!み・は・る!」

 女の子、もとい、みはるちゃんは真っ赤な頬をぷっくら膨らませ、小さな口を突き出すと、慣れた様子で病室に入っていった。

 彼女がベッド脇の大きな窓を開けると、ふわっと生暖かい風が吹き込んだ。白いカーテンが大きくはためき、鮮やかな青が顔を出す。来たときに見たあの積乱雲は少し大きくなった気がした。

「みーちゃんはねぇ、ずぅーっとここにいるんだよ」

 彼女の明るく無邪気な声がほんの少し寂しく聴こえた。

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