狂愛桜花

朝霞

第1話

初めて会った時、彼女はまだ小学三年生の幼い少女だった。黒く長い髪が風に揺らめき日本人形が佇んでいるのかと思った。17歳の僕が9歳の少女に恋情を抱くなんて、可笑しいのかも知れない。でも、一目惚れだった。毎年開かれる大企業の浅井家で行われる立派な桜の木の下で行われる桜会。一度で良いから見たいと父にせがんで連れて来て貰った。

その会でこんなキレイな子と会えるなんて思わなかった。


「父さん。キレイな子だね。」


「ありがとう。桜香さんを気に入って下さったのね。」


返事を返してくれたのは、浅井家の大奥様だった。

僕は頬に集まる熱を見られない様に俯いた。

しかし、バレてしまった感情は隠し切る事は出来なかった。


「お名前はなんて仰るのかしら?」


「野沢陽貴と申します。本日はお招き頂きありがとうございます。」


遅まきながら、お礼を述べた。


「野沢先生の跡を継がれるの?」


父は浅井家の協力の元、野沢病院を経営している。だから、要は医者になるのかと尋ねられている。

僕は勿論医者になるつもりで勉強はしているが、病院を継ぐのは長兄だから、後継にはならない。


「医者にはなりたいと努力しておりますが、長兄が病院の後継です。」


大奥様は笑顔で


「それは素晴らしいわ。陽貴さんがお医者様になって、もし、私に協力してくださるなら、貴方が桜香さんだけを生涯愛して下さるなら、貴方と桜香さんを結婚させて差し上げるわ。どうかしら?」


この時は単純に嬉しかった。認めて貰えるなら何でもやる。この子と生涯を共に出来る権利なんて早々やって来るチャンスではない。

返事は即決だった。


「大奥様に協力します。絶対に桜香さんだけを生涯愛していきます。」


「では、我が家が誇るこの桜の木の下で違わぬ約束を交わしましょう。期待していますよ。野沢陽貴さん。」


「はい!ご期待に添える様に努力します。」


17歳にして来た初恋の誓いだった。


※※※※※


昭和もそろそろ終わりをつげるかも知れないと囁かれている、昭和63年。


昨年父が心臓発作で急逝し、そのショックのせいか今迄もベッド上での生活だった母までが部屋から一切出なくなり面会謝絶の状態となってしまった。


まだ肌寒さを感じるこの頃。窓の外に目を向けると、桜の木がライトアップされて、儚さを際立たせる。

毎年恒例で行われる浅井家の桜を見る為に行われる桜会。


私邸だと言うのに、こんな宴が出来るのは、この浅井家の財力があるからだ。


一昨日桜会の準備をしている時にお祖母様が、


『桜香さん。観て。立派な木でしょう。我が浅井家の象徴の様でしょう。桜の木の下には遺体が埋まっているってご存知?』


と同じ桜を観ながら独り言ちるように呟いた事を思い出した。

目線は桜から離される事はなく、横から見ていると、桜を観ていると言うよりも違うものを見ている気がしてならなかった。


まるであの桜の木の下に死体が埋まっているかの様な物言いにも捉えられた。

そして、その死体を糧として咲き誇る桜を愛でている視線に身震いした。


だからこそ、忘れられない。


だって私は見てしまった。お祖母様の言葉に


もしかしたら?人が埋められている?


そんな事はあり得ない。と思いながら好奇心にシャベルで掘ってみた。

ガツンと何かにあった。石にしてはそこ迄硬くは無かった。

手で広げて掘って出て来たのは歯だった。


ヒッ


と小さな悲鳴を上げたのは許して欲しい。だって…獣では無く人の歯だったのだから。


私は慌てて土を元に戻して家の中に縺れる足をどうにか動かして自室へと戻った。


人の歯?

誰かの遺体が埋まっているの?


心臓が早鐘を打つ。

お祖母様が誰かを殺したの?


夕食後に祖母の部屋を訪ねた。扉をノックしようとして手を止めた。


「貴方が居たからわたくしは、わたくしでいられたの。貴方が居なかったらわたくしは、とうの昔に壊れていたわ。」


「違いますよ。貴女はとうの昔に壊れている。残骸を私がかき集めて、此処に存在しているんですよ。」


「だって…貴方しかわたくしには…居ないから。」


この部屋に居るのは言わずと知れた祖母と祖父。


壊れる?残骸を集めたって…何?


やっぱり…人骨?


扉から数歩そうっと足音を立てない様に下がった。廊下を音を殺して歩み、お祖母様の部屋から遠のいてから、離れを目指して駆け出した。


あれは人の歯だった。


『桜の木の下には遺体が埋まっているってご存知?』


お祖母様の言葉が打ち消そうとする度に見つけた歯が浮かび脳裏に反芻する。


前を良く見て居なかったせいか、母の往診に来ている野沢陽貴先生とぶつかった。


「どうしたの?桜香さん。」


驚きながらも、しっかりと私を受け止めてくれた。

明るめの茶系の髪色は、先生のクォーターの血筋を思い出す。西洋系のせいなのか瞳が蒼く肌も私よりも透明感があり、白い。歳も若い。幾つかは知らないけど。


「先生!私…見ちゃったの!」


「何を見たの?」


そこで言葉が止まった。


なんて言うの?桜の木の下で遺体を見つけましたって?

言える?

言えないわ。


「どうしたの?」


「えっと…。ごめんなさい。何でもないわ。」


先生は私を凝視した。


「今、見頃ですから、ご一緒に夜桜と洒落込みませんか?」


桜を見に行く?あの遺体が埋まっている?

顔が青褪めていくのが解る。

先生は、返事を待たずに、手を引き歩き出した。


桜の木の元には、昼間私が掘り起こした小さな土の山があった。先生は私の目線に気が付き、自分の視線を向けて、

あぁ。と呟き笑い声をあげた。


「そうか。桜香ちゃんは此処にある物を見たんだね。」


先生の笑い声に動揺しながら頷いた。


「人骨でも見たのかな?」


「人骨…と言うか…歯が…見えて…人の歯だったの。だから怖くなって。」


先生の笑い声がまた上がった。


「この邸には、動物が飼われているのは、知っている?」


「山の近くに、馬と、豚と山羊が居たわ。」


「偶に愛玩動物として飼育されている家畜がいる事は?」


私は首を左右に振った。


「大奥様は、豚を1匹飼っていらした事があるんだよ。産まれて直ぐに母親が難産で亡くなって、大奥様が山羊の乳を飲ませて育てたんだ。」


「そうなんですか。」


知らなかった。でも、それがこの下の骨と何の繋がりがあると言うのだろう。


「豚の歯はね、人の歯とそっくりで良く間違えられるんだ。」


「えっ?嘘。」


堪らないと言う感じに喉をクックと鳴らして笑う。


「本当だよ。医大でも実習でやるんだ。」


「この土山の下は大奥様の可愛いトンちゃんのお墓だよ。」


ホゥっと息を吐き、表情筋を緩めた。


「何だ。そうだったの。ビックリしちゃって。この前お祖母様が『桜の木の下には遺体が埋まっている』って仰ったから。」


「もし、殺人が仮にあったとしても、此処には埋めないよ。直ぐにバレてしまうでしょ?」


「そうですよね。先生ありがとう。」


先生を見上げると、桜の木をバックに妖艶な笑みを浮かべていた。余りの美しさに頬に熱が集まる。


悪魔は美しいから魅せられる。


誰かが言っていた。もし、悪魔がいるならこんなに美しいのかも知れない。先生の手が伸びて来て私の頬を撫でる。

嬉しさと恥ずかしさに熱が上がる。瞼を閉じると、柔らかいものが唇に触れた。何が触れたのかを、確かめたくて、瞳を開けると、先生の唇だった。


「あと数年したら、君は素敵なレディになるでしょうね。隣に居るのが…。僕以外の男性のモノになるのかなぁ。悔しいなぁ。」


目を眇めて、眩しそうに私を見る。


「先生…すき。」


見惚れて心の声が口をついて出てしまった事に、なんテンポも遅れて気がつく。

恥ずかしさで真っ赤であろう顔を俯かせ両手で口元を覆った。


「本気にしちゃうよ。こんなおじさんに好きだなんて。」


頬を撫でて、顔の輪郭をなぞりながら手を顎に添えて顔を上げさせた。

その動きにさえ、鼓動が五月蝿くて、他の音が耳に届かない。


「大旦那様と大奥様の許可が得られたら…僕のお嫁さんになってくれる?」


嬉しすぎて、首を縦に振る事しか出来ない。言葉が出ない。

先生に部屋までエスコートして貰い、その後入浴をしても火照りは収まらず、ベッドに入っても、思い出しては、悶えて、一晩中眠る事が、出来なかった。


3日後に、お祖父様とお祖母様に先生と会いに行き、婚姻の承諾を得た。


その1週間後に祖父母が亡くなった。長く患っていた祖父を看取り、その後に祖母が後を追って水仙の球根を煎じて服毒死をした。

一緒の葬儀になり、参列者は


「仲が良かったから、一緒に逝きたかったのだろう。」


と囁き合っていた。


『貴方が居たからわたくしは、わたくしでいられたの。貴方が居なかったらわたくしは、とうの昔に壊れていたわ。』


あれは、そう言う事だったのだろう。

その時は、納得してしまった。


また、不幸は続くもので、祖父母の四十九日の法要の三日後に母が身罷った。


母も長患いをしていたし、会う事を禁じられていたせいか、涙が出なかった。

ただ、ただ呆然と葬儀やらを熟すだけだった。


葬儀後、相続で揉めるかも。なんて思っていたが、先生と弁護士や税理士達がきちんと処理してくれて、私は訳も解らず判を押すだけだった。


翌年喪が明けたので、先生と式を挙げて、先生は婿入りして浅井陽貴となり、浅井家の長となった。医師を辞めて、浅井家の事業を引き継ぎ、浅井家に心血を注いでくれた。


私は、結婚してから、先生呼びではなく、陽貴さんと呼び方を変えた。


こんな素敵な旦那様に巡り会えて、恋愛結婚出来た私は幸せだと毎日思っていた。一時期の不幸はきっとこの幸せの為に存在して、私達がどれだけ深い絆で結ばれているのか。実感する為の時間だったのだと、思っていた。

もう、自分にさ頼る肉親は居ない。

側に居てくれるのは陽貴だけ。

しかもこれでもかと言う程に愛してくれる。

家に居る時には、急ぎの案件が無い時には、ずっと側に居て抱きしめてたり、キスをしてくる。


『桜香を絶対に一人にはしないよ。絶対に離さないから。安心して。』


孤独だった心を隙間がない程に陽貴の愛が埋め尽くしてくれる。


だからなのか、幸せ過ぎて忘れていた。桜の木の下を。


陽貴の秘書から電話があり、重要書類を机の引き出しに入れて忘れたので持って来て欲しい。と陽貴に頼まれた。


と言われ階段を駆け上がり、陽貴の書斎に入った。

数年前迄は、父が使っていた部屋であり懐かしさが込み上げて来る。しかし、今はあの頃とは様変わりしている。

書棚に並ぶ本以外は。

感慨深くて、ついつい部屋の中を見てしまう。


もっと早くにこの部屋を訪れたら良かった。


昔、父が好んでいた本が目に入り、手に取ると違和感を感じる。見た目よりも軽い。気の所為かと表紙を捲り目次を捲ると本の中を手紙がキッチリと収まるサイズに切り抜き手紙は入っていた。キツキツに収まっているので、急いでいる今は取り出す事が出来ない。

本を手に持ち、陽貴さんの机から書類が入った封筒を手にして、電話の内容と合っているか中身を確認して、一人肯定の頷きをして、車に乗り込み本社へ向かい受付に話すと、受付嬢が電話を入れると秘書が走って来た。


「奥様。お忙しい中、ありがとうございます。社長が待っていて欲しいと仰せです。久しぶりにご一緒にお昼を食されたいそうです。お時間は、如何でしょうか?」


忙しい陽貴さんが時間を作ってくれるのは嬉しいが、今は手紙を読みたくて、気持ちが逸っている。


「会議なのでしょう。陽貴さんに申し訳ないので、今日は家でお待ちしています。とお伝え下さい。」


笑顔で返事を返して、車に乗り込み本を胸に抱き、帰路に着いた。

手紙の内容が気になり、心臓が早鐘を打つ。

部屋に入ると普段はかける事が無い鍵を掛けた。


爪を差し込み少しずつ手紙を浮かせていく。1週間前に切った爪を後悔しながら、時間を掛けて取り出した。

手紙は2通あった。


1通目を封筒から引き抜くと懐かしい文字が並んでいる。


「お父様。」


瞬きをすると雫が頬を伝う。


『桜香へ』


私宛?お母様ではなく?


違和感を覚える。何故?


桜香へ


私は、間もなく死んでしまうだろう。私は実母の真実を知ってしまった。

今桜香が祖父だと思っている人物は、私の父では無い。私の父は殺されている。母と私の父を騙る父の異母弟に寄って殺害されている。今はこの家には居ない、もしかすると母達に殺害されているかも知れない執事に聞いた。

私の父はどうしようもない人で、常に女性を侍らせて母は耐えていたのだと。

母は私の父とは政略結婚ではあったが、幼い頃から好きだったらしい。そんな母を父とそっくりな異母弟が支えて、二人で会社を回していたらしい。

しかし、愛人に魂を取られた父から離縁を言い渡されて、衝動的に殺してしまったと。

遺体を母と異母弟で桜の木の下に埋めているのを見たらしい。

この話しを私にしてから、数日後に執事は居なくなった。

殺されたかも知れない。桜香、私が死んだら封筒に入れた鍵で私の貸金庫から全てを持って逃げなさい。出来れば蘭を連れて行って欲しい。私の次に狙われるのは蘭だ。

早くに桜香がこの手紙に気がつく様に祈る。

ヒントは日々伝えた。

一日でも早く気がついて逃げて欲しい。


身体が知らず知らずに震え出す。蘭…お母様が亡くなったのは…病気ではないの?

そう言えば、どうして私はお母様が病気なのに会う事が出来なかったの?


もしかしたら、2通目に何かその辺りが書かれているのかも。


2通目は1通目より奥に入っていたので、1通目より取り出すのに時間がかかった。

封筒から引き抜き手紙を広げると、ヒッと悲鳴をあげるのを堪えた喉が鳴った。両手で口元を抑えた為に手紙は床に落ちた。


手紙を見たのね。桜香さん


祖母の字だった。まるで手紙の中身を肯定する様な書き方に背筋が凍った。

浅い呼吸を整えて、深呼吸をして、気持ちを立て直す。

落とした手紙を震える手で拾いあげて読んだ。


手紙を見たのね。桜香さん。


貴女のお父さんを殺しました。貴女のお母さんを殺しました。

私が愛した一朗さんは、私を愛してくれなかった。私を捨てて、一朗さんの会社の為に嫁いで来たと言うのに、会社なんか潰れてしまえば良いと言う。

私の存在を全部否定する一朗さんが世界一愛しくて、世界一憎い。愛しい気持ちは、裏返すと憎しみに変わるんですよ。

何も知らない貴女の父は私の愛を否定した。一朗さんと同じ顔で同じ声で。そして、自分の妻を最愛だと言う。

孝次郎さんは、私を愛して一朗さんになってくれた。

貴女のお母様は私と孝次郎さんが亡くなったら亡くなるでしょう。貴女の愛する野沢陽貴が毎日与える毒で。

野沢陽貴は、貴女を本当に愛しているのよ。

だから貴女を手に入れる為に私達に協力したのよ。

悲しい?

悔しい?

許せない?

可哀想?

愛おしい?

貴女は、赦すの?断罪するの?

貴女の愛を知りたいわ。


頭を抱えて声にならない悲鳴をあげた。

心臓が痛い。

涙が止まらない。


狂っている。


愛ってこんなに人を歪ませるものなの?

愛ってこんなに自分勝手になれるものなの?

愛ってなんなの?


気が付くと辺りは真っ暗で、なりの時間眠ってしまったらしい。庭の桜のライトアップの光が窓から差し込んでいる。


『桜の木の下には遺体が埋まっているってご存知?』


ご存知も何も貴女が殺して埋めたんじゃない。



『豚の歯はね、人の歯とそっくりで良く間違えられるんだ。』


違うじゃない。間違いなく人骨だったんじゃない。皆んな嘘吐き。皆んな身勝手。皆んな裏切り者。


あっ…違うか…お父様とお母様は。


「何を…誰を…信じれば良いの?」


「僕を信じては、くれないの?僕は、君の為ならなんだってするのに。」


いつもは嬉しい声音は今日この時ばかりは恐怖でしかない。


「陽貴さん…どうして。」


「あぁ鍵がかかっていたけど、皆んなが心配していたから合鍵で開けて入って来たんだ。だって、僕の愛おしい奥さんに何かあったら大変でしょう。」


張り付いた笑顔が怖い。そうだ。手紙…手紙を陽貴さんに見られる訳にはいなかい。


目線は陽貴に合わせたまま、手探りで手紙を探す。手元に落とした筈だから、拾えるはず。隠さなければ。


「探し物はこれ?」


陽貴さんが手に持っている2通の手紙は、封筒にきちんと戻されていた。


「大奥様も旦那様もこんな物残していたなんてね。」


「返して。」


「ダメだよ。返せない。これは処分しなければならないものだから。」


「やめて。お父様のものだけでもやめて、下さい。…お願い。返して、下さい。」


陽貴さんはゆっくりと足音を態と鳴らしながら近づいて来る。


「桜香には僕がいれば。僕だけがいれば良いでしょう。亡くなった人は何もしてくれないよ。桜香。君を世界一愛しているのは僕だけだよ。旦那様だって、本当は奥様しか見ていかなかったんだよ。奥様の無事しか思っていないから、桜香は奥様を救い出す人にしか思っていないから、こんな書き方が出来るんだ。だって、良く考えて?もし、桜香が奥様と逃げたら、そのあとどうなったと思う?」


どうなっただろう。もし、お母様を連れて逃げたら。お嬢様で育ったお母様には何も出来ない。食器を下げる事も知らない人だった。髪も自分で梳く事も出来ない。私が全部をやらなければならない。

自分の親だもの。出来たわ。きっと。


「お金も旦那様が残してくれても、いつかはなくなるよ。桜香は大学だって通ったでしょう?」


お金…働けば良い。働けば収入は出来るもの。


「働けば収入は、出来るけど、お嬢様育ちの奥様は桜香の収入以上に使うよ。実際ベッドの上だと言うのに奥様は高価な化粧品を毎月湯水の様に使い、寝具も硬いとか、飽きたと言っては大体3ヶ月位で変えていたし。桜香はどうやって支えたの?」


知らなかった情報に混乱する。お母様はただベッドで横たわっていただけではないの?


「時には下男が部屋にいた事もあったよ。実際僕は何度か見たよ。見たくは無かったけどね。桜香は呼ばないくせに男は引き込むんだから。あの奥様は。」


「面会謝絶ではなかったの?」


「桜香が悲しむ事は僕はしないよ。奥様が拒んだ。だから仕方がなかったんだよ。だって奥様は旦那様の事が大嫌いだったから。」


「う…そ。」


やっと出した声だった。


「旦那様と奥様も奥様のご実家が窮地に陥り政略結婚で浅井家が助けて持ち直した家だったんだ。旦那様は奥様を愛しておられたけど、奥様は好きな人がいたらしくて、拒絶していたらしいよ。」


情報多過でキャパオーバーで思考が追いつかなかい。


お祖母様はお祖父様を愛していて、お祖父様はお祖母様を拒絶して、お祖母様はお祖父様を殺した。

父親を殺された事を知ったお父様は自分がもし、お祖母様に殺された後を考えてお母様と私を逃そうとした。

けれど、お父様は亡くなった。

そしてお母様はお父様を大嫌いで、私も…嫌い、だった?


何でお母様は亡くなったの?お父様が亡くなった本当の原因は何?


「旦那様は、元々本当に心臓を患っていたんだ。先天性でね。疑うなら実家にあるカルテを見せてあげるよ。だから旦那様に関しては、持病で亡くなられている。大奥様は殺してはいないよ。ご本人には心臓病を告げては居なかったから、旦那様が誤解をされたんだろ。奥様は、大奥様の命に寄って…。大奥様は旦那様を愛しておられたから。ご自身の愛息子を邪険にする嫁を許せなかったらしい。

だから僕に協力を依頼された。

桜香を愛する権利を条件に自然に見える様に殺してくれって。」


陽貴さんは私をそっと抱きしめて耳元で囁いた。


「大丈夫。桜香は僕が守ってあげるから。桜香が僕の側にいる限り。僕は絶対に裏切らないよ。僕の世界は桜香しか存在しないから。僕の側から離れないで。」


その夜はまだ、肌寒いというのに、陽貴さんは窓を開けて舞い散る桜の花弁を招き入れた。私を横抱きにして寝室へと連れて行き私の身体に桜の花弁よりも濃い花弁を沢山付けた。

三日間私の体調不良を言い訳にして、寝室に閉じ込めた。


思考が覚束ない中で陽貴さんから告げられる愛の言葉は1秒毎に私の脳を侵食していき、もう陽貴さんしか考えられなくなっていた。


「桜香、愛しているよ。」


「愛してます。陽貴さん。陽貴さんが好き。」


『桜の木の下には遺体が埋まっているってご存知?』


お祖母様、桜の木の下に埋まっているのは、愛と憎しみですわ。


私が心の中で言った言葉に応える様に強い風に桜の花弁が舞った。私は絶対に私を愛してくれる陽貴さんの手を離さない。

お祖母様達とお父様達と同じ失敗は絶対にしない。


愛している限り裏切られる事はないから。

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狂愛桜花 朝霞 @haru3341

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