第4話 風の街ゴンドラとドラゴンのエトワール

師匠である魔女メロルに出会うまでのナギはただのわんぱく少年だった。


エクレアという海鮮と可愛い街並みだけが取り柄の小さな港町で真面目な漁師の父親と優しいレストラン運営の母親の元に生まれた彼は、生まれながらの類まれない力強さを持っていた。

それが災いし街では歳上の悪ガキと喧嘩ばかり。怪我をつくっては近所の花屋の娘で幼馴染のパイナーに薬を塗ってもらう日々を送っていた。


そして13歳になったある日。初めて漁の手伝いで父親の船に乗っていた時に海に浮かんでいたメロルを発見し、気づいた時には父親の言葉も無視して飛び込んでいた。


結果的には彼女は魔女でたまたま製薬に使う海底の薬草を摘んでいただけだったが、ナギに好感をもった彼女によって以後エクレアには薬が届けられるようになり、彼を自分の小屋へと招待した。


ナギの母親から彼がわんぱくである事を聞いていたメロルは、色々と魔法を見せた後に彼を鍛えることにした。

それは肉体だけでなく精神的にも。である。


自分を助けたことで彼には彼自身無自覚の正義感があると見抜いた彼女は、よりその正義感を引き出すことに注力。


修行の度に彼女は彼へこう教えた。

『常に弱き者の味方であれ。そして絶対にその力を誇示するな』と。


それは師匠としての彼を思っての教えではあったが、彼女自身が他の人類より優れた魔女だからであり、過去に魔法使いが人類へ力を誇示した過ちを絶対に繰り返してはならないという自戒の念も込められていた。


順調に成長した彼に彼女はドラゴン使いとしての道も説いたが、ドラゴンの修行を始めるのは精神的にも肉体的にも安定する大人になってからと彼女は念押し。


そして修行を始めてから1年。


突如として事態は急変した。

彼女自身が説いた正義感によって、異世界の少女を助けるために王国へ啖呵を切った教え子。

彼を立派なドラゴン使いに仕上げなければならないのだ。それもたった7日で。

メロル自身はそんな彼を誇らしいと思うと同時にどう修行をつけていこうかと飛行するドラゴンの背中に乗りながら考えを巡らせていた。


一方で彼女の背中を見つめるナギは別のことを考えていた。


突然この世界に迷い込んだ少女に恋をし、この国の頂点である王国の王子に喧嘩を売った。それ事態に後悔は全くなく、むしろやる気に満ち溢れていた。


彼が考えていたのは、自分でなく師匠メロルのことだった。


数百年生きる彼女は、美しくない自分には耐えられないとずっと美しい姿で生きてきたという。


永らく孤独と聞いていたが、彼女も誰かと恋に落ちたりしたのではないか。そしてその相手が普通の人間であれば、耐えられないような別れや悲しみもあったのでは、と。


ナギは自分が恋をして初めてそんな師匠の遍歴に思いを巡らせ、目的地まで胸にしまっておくことにした。



数時間ほど飛行して2人はクラウン王国西部の街ゴンドラへと到着。


一面の平原に風車や家々が立ち並ぶのどかなこの街は別名〈風の街〉と呼ばれ、街の西端の隣国ベローニャ王国との国境沿いに広がる巨大な渓谷によって常に強風が吹き荒ぶことに由来する。


「助かったよコール。褒美だ。さあいきな」


メロルは自分たちを運んでくれたハート型の目のドラゴンことコールの目元を撫でると好物の果物を与える。コールも答えるように頷くと飛び立っていった。


「さあついた。私が昔コールと飛行の練習をした場所さ。老人ばかりだから薬の供給は欠かせないがな……ナギ、奴がお待ちだ」


コールが去った後、メロルが指差す平原の先に星形の目をした巨大なドラゴンがどっしりと構えて立っていた。


「エトワール」

「コールに頼んで呼んでもらったのさ」


1日ぶりの再会にナギの喉が鳴る。

彼の言葉が通じたのかエトワールは顔を向けると、フンッと鼻を鳴らして耳を掻く。


「……やっぱ舐めれれてんのか、この俺が」


額に青筋を浮かべるナギに、メロルは首を振りながら笑みを漏らす。



「ナギ、あんたには今日から7日であのエトワールを使いこなしてもらうよ。ドラゴンを使った決闘だ。最低でも乗りこなせないようじゃ話にならない」

「あぁ」

「間の悪いことにあんたが喧嘩を売った相手はこの国で2番目に偉い王子。しかも手練れのドラゴン使いだ。奴が操るのはノワールという片目に黒い眼帯をした古龍。つまりエトワールの仲間……戦うならこいつが必要不可欠というわけだよ」


ナギはぎりぎりと拳を握りしめ、遠くで空を仰ぐエトワールへ向ける。


「絶対モノにして勝ってやる。そしてアリサを取り戻す!」

「頼んだよ」

「メロル。巻き込んで悪い」

「いいんだよ。好きになった女のために王国相手だろうが挑むあんたの勇気には感心した。……それに、高度な異世界の技術を持つあの子が王女にされるのは色々と都合が悪い」

「それって一体」


メロルはスッと目を細める。


「メガネを掛けた国王の側近がいただろう」

「あぁたしたオーバメンとかいう奴だったな」

「奴とは魔法使い同士因縁が深いが、とても強欲な男で裏から全て操るタイプだ。国王も奴にコントロールされてるだろうから、あの子を使って他国侵略を進め出したら危険極まりない。絶対に王女にはさせたらいかん」

「もちろんだ。それより奴との因縁って?」


彼女は頭を振った。


「それはまた時が来たら話すよ。とにかくまずはエトワールだ。私は近くの小屋にいるから、とりあえず武器なしで1日あいつと過ごしてみな」

「あぁ」

「ベースは子供のドラゴンと同じさ。なぜあんたにこの1年子供を相手させてるかわかるかい?」

「……小さくて危険が少ないからか?」

「もちろんそれもある、が。ドラゴンというのは幼い頃は匂いで相手を覚えるんだ。一緒に暮らすことで家族同然と思わせることで、私のコールのように大人になっても懐くのさ」

「だが、もうエトワールは大人だ」

「そう。だから少し子供と違う。匂いだけじゃなくあんたがしっかり信頼できる人間だと思われなくちゃならない。それはただ単に強いだけじゃダメ」

「じゃあどうやって」

「それを見つけるのがあんたの役目さ」


じゃあの。とメロルは一言言い残して颯爽とその場を立ち去った。


風が吹き太陽が照らす中。

頭の中でメロルの言葉を繰り返すナギは、深呼吸して呼吸を整えるとまずはエトワールに近づくことに決めた。



「……よお。お前エトワールってんだな。昨日ぶりだな」

「グガッ!!」

「おっと」


不意に近づき過ぎて威嚇された彼は反射的に数歩下がるも、両手を上げてまたゆっくり近づく。


「昨日は急だったし自己紹介の暇もなかったよな。俺はナギ。よろしくな。そうだな、アリサのこと知らせてくれて助かったぞ」

「グルルッ……」

「いいか、今度はあの子が他の男に取られる危機だ。しかも国もヤバいことになるかもしれない。だからエトワール、また力を貸してくれねーか」

「……」


エトワールは星形の瞳をキュッと細めて彼を射抜く。


「今日は随分気が立ってるな。腹でも減ってるのか?」

「グガォッ!!」

「ヤベッ!」


エトワールは身体を捻って翼と尻尾で攻撃を仕掛ける。ナギは咄嗟に避けつつ裏側に回って彼の身体にタッチした。


「捕まえたぜ。随分分厚い皮だ。こりゃ確かにみんな狙って武器や防具にするわけだな。だが傷もある。……お前、長く戦ってきたんだな」


労わるナギを余所に、エトワールは必死に身体を揺らして彼を振り落とそうとする。


「無駄だぜ。俺はな、力強さと粘りだけは誰にも負けねえんだ」


しかし中々離れずむしろ背中に登った彼に対し、翼を奮って空高く飛び上がった。


「いいぞ!そうだ、いっそ2人で空の散歩といくか」


彼は片手を伸ばし、空に浮かぶ2つの太陽を掴んでみせる。今にも届きそうな距離にこのままアリサの世界に行けるのでは、と錯覚するほどだった。


「ガォァ!!」


しかしエトワールも古龍だけあって負けていない。

身体をひっくり返して落とそうとしたり、首を伸ばすと炎を吐いて燃やそうと試みる。


「っぶねぇちょっと服が焦げた……お前やるなあ。だがそう簡単に終わらせねえぞ」

「フンッ」


全く落ちる気配のないナギにエトワールは鼻息を鳴らすと、作戦を変えることにしたようで今度は急加速して西へ西へと飛んでいく。


ついに西端の渓谷へと突入したエトワールは、渓谷上を旋回すると谷底へ向け急降下を開始する。


下は急流の川。

チキンレースを覚悟したナギは降下によるGに耐えながらエトワールへしがみつく。


「グルル……チッ!」

「うわッ!!」


そして根負けして川の岩壁スレスレで急上昇したエトワールにより、彼は空中へと投げ出された。


なんとか体勢を立て直し隣国ベローニャ側の陸地に転がったナギは口に入った土を吐き出して泥だらけの顔を上げる。


「……ったく。やるなあいつ」


木々の間から空を見ると、煽るように上空を旋回したエトワールがベローニャ側へと姿を消した。


「クソ……ッ!!」


しかし直後に響いた銃声と共に小鳥が飛び立ち、エトワールの鳴き声が轟く。


「グガゴッーー!!」

「まさかあいつ」


彼の身の危険を案じたナギは立ち上がると一目散に音の方向へと走り出した。


木々を掻き分け必死に進んでいくと、どんどんと彼の鳴き声が大きくなると共に銃声も大きくなる。


焦りが湧き上がるナギは自然と走る足が速くなっていく。

最後の木を抜け広場に出ると、そこには飛行しながら逃げ惑うエトワールと彼を火縄銃で撃ち落とそうとする青い鎧に身を包んだ男たちの姿があった。地上と見張り塔の2箇所から同時に狙っている。


「やめろ!!」


ナギは自然と飛び出していた。

エトワールと男たちの間に入り、両手を掲げ大声を放つ。

男たちは愚かエトワールも驚きで目を見開いた。


「ぐっ!」


2発が相次いでナギの頬を掠め一筋の血が滴る。


「ッ!おい、撃ち方やめ!」


彼の姿を捉えてそう指示した男は、銃声が収まったのを確認して前へ出てくると銃口と共に奇異の視線をナギへ向ける。


男たちの中でも一層精悍な顔つきの彼は、兜を外し短くさっぱりした金髪を覗かせると整えられた口ヒゲを誇らしげに靡かせながら口を開いた。


「狩りの邪魔をするとは……貴様何者だ。私がベローニャ王国の国境騎士団東部部隊長ヘレイホラントと知ってのことか。この銃に答えよ」

「いや全然。ていうかその銃ってやつ凄いな……多分うちの王国は誰も持ってないと思う」

「で、何者だ?」

「俺はクラウン王国のナギ」

「クラウン王国……ほう。まだ魔法使いやらドラゴン使いやらに頼って国力を誇示しているようでは発展は遠いな。ところでその身体つきをみるに若き兵士と見たが、こんなところに現れるとはまさか白昼堂々と侵略か?」


引き金に手をかけるヘレイホラントに慌ててナギは首を振る。


「いやほんとに全然侵略でも何でもねえよ!そもそも俺軍人でもねえし。この国へ無駄で入っちゃったのはすまねえ。事故だったんだ。俺はただ……」


そこまで言って言葉を止めた彼はふとエトワールを振り返り近づく。


「グルル……」


驚きと怒り、戸惑い。様々な感情が混じってそうなその星形の瞳を見つめると、彼は笑顔を返して頷いた。

そしてメロルがやったように、ゆっくりとエトワールの目元を撫でる。もう抵抗も反抗もなかった。


そして再びヘレイホラントを見遣る。


「俺はドラゴン使い。こいつは俺の相方だ。だからもう攻撃も狩りもやめてくれ。俺が責任を持ってこいつを連れ帰る」


ナギの言葉にエトワールは翼で彼の身体を優しく包んで答えた。


その2人の様子に納得したヘレイホラントは銃を下ろす。


「認めよう。王国への報告もやめてやるから、その間にさっさと去るがいい」

「ありがとう。ヘライホラント!」

「ヘレイホラントだ馬鹿者め。あとドラゴン使いならそのドラゴンの足首に足輪を嵌めることだ。トラブルを防げる」

「わかった……じゃあな、騎士団のみんなも」


ナギはそう言ってエトワールの翼を撫でると、彼の背中に乗り込んだ。


「よしエトワール。散歩して帰るぞ!」

「グルッ!」


2人は空へと旅立つと、上空をくるくると旋回しながらゴンドラへと帰路を進めた。



そして時は過ぎ、2つの太陽が遠くクラウン山に沈む頃。

師匠メロルは不意に叩かれた小屋の扉を開くと、エメラルドの瞳を見開いた。


目の前にはエトワールと背中に乗ったナギが立っていたのだ。2人とも傷に塗れているが表情は明るい。


「どうしたんだいいったい」

「まぁ色々あってな。とりあえずこいつと仲良くなったぞ!な、エトワール」

「グルッ!」


メロルは口を開いて固まるが、次第にそれは笑みへと変わり息を漏らす。


「1日一緒に居ろとは言ったがまさか1日で信頼を勝ち取るなんてね。あんたには本当にたまげたよ」


彼女の言葉にナギはニカッと白い歯を見せて笑ってみせた。


「何があったかは後でじっくり話すよ。明日からは2人セットで戦闘訓練つけてくれ!それよりメロル……腹減った」

「丁度この街で取り寄せたパンとスープを準備していたとこだよ。だが先に傷の手当てだね。中に入りな。エトワールは後だ」

「いやエトワールを先にしてやってくれ。こいつの方が傷を負ってるから」

「そうかい。それじゃあ……ナギは後だ」


飯だー!とナギは浮かれ足で小屋の中へと入っていった。


見習いドラゴン使い彼は着実に成長を遂げている。全ては自分の夢、そして何より大切になったアリサを救うために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見習いドラゴン使いナギと異世界の探検家JK さあめ4号🦈 @uverteima81

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ