第3話 王国の都セントロと幼馴染パイナー

翌日。

ナギが気づいた時には暗い牢屋の中にいた。隣にいたはずのアリサはおらず一人きりの状態である。


「おいここは一体どこだ?ていうか、何で俺は牢屋に」



まだ頭がボーッとする中彼は必死に記憶を辿ってみる。

今朝早く起きて近くの小川をアリサと散歩をしていた。そして彼女に変な色の鳥を見せようとして、そこで記憶は途絶えていた。


「なんで思い出せないんだ。アリサは、どこに」


髪を掻きむしる彼はふと牢の外を見遣る。

すると、見知った長身の女が廊下を歩いているのに気づいた。


「……もしかしてあれパイナーか?おーいパイナー!!」


ナギは両手で牢屋の柱を掴み幼馴染の名を呼びかける。

クリーム色の長髪を後ろで1つに纏めた姿勢の良いその女は、お盆片手に振り向くと彼を見て嬉しそうに駆け寄った。


「ナギ!目が覚めたのね。お腹減ってるでしょ。はいこれ」

「あぁ……ありがとう」


パイナーから粗末な食事の入ったお盆を受け取ると、ナギは夢中になって口に運びあっという間に平らげてしまう。


「相変わらずいい食べっぷりね」


パイナーは聖母のような微笑みで空のお盆を受け取る。


「よく俺ってわかったな。お前がエクレアを出てもう6年は会ってないのに」

「ふふ。わかるよその髪目立つもん。ナギこそよくわかったわね?」

「そんな背の高くて姿勢のいい女他にみたことないからな。こんな再会になるなんて。……それよりお前がいるってことはここは」

「ええ。セントロの王宮よ」


彼女の言葉にナギは目を見開く。


「てことはここは王宮直轄の収容所か。でも、宮殿の給仕のパイナーがなんでここに?」

「収容所の配給も兼任してるの。数年前に前の王様が亡くなって人手不足だから」

「そっか。……それより、もう1人細身の女の子がいなかったか?俺より少し歳下で珍しい黒髪でおかしな修道士みたいな格好したやつだ」


パイナーは首を傾げる。


「……さぁ。そんな子は見てないけど」

「くそっ。俺は何で捕まってるんだ」

「その女の子も一緒だったの?」

「あぁ」


パイナーの顔が陰る。



「じゃあもう少しで会えるかも。これから裁判だから」

「なにっ。いきなり王に裁かれるなんていったい何したって言うんだよ。……そうだパイナー。1つ頼みがあるんだ」

「メロルさん?」


ニヤリと口を歪ませる彼女に、彼は呆然としながら頭を振る。


「ふふ。ナギが気絶してる間にこっそり伝書鳩で連絡済み。メロルさんごくたまにセントロに足を運ぶから彼女から色々話も聞いてる」

「……相変わらず手際が良いな。昔俺が港で年上の奴らに喧嘩吹っかけられた時、事前に大人たちを呼んで傷薬まで持ってきたこともあったよな」

「ええ。あなた喧嘩ばかりだったから今日もあるかもって予感が働いたの。……あ、連行係がくる。気をつけて」

「恩にきる」


パイナーはウインクすると即座に仕事へ戻っていった。


10分後。

ナギは連行係に連れ出され法廷に立っていた。


屋根のない青空法廷は金色で装飾された豪華絢爛な装いで、目の前には裁判官と思しき王冠を被った小太りの老齢の男が杖を持って偉そうに立っている。

王様らしく服装も黄金に輝き宝石を身にまとい、彼の左右には護衛隊と思しきガタイのよい男たちがズラリと並ぶ。王に合わせてか軍服は金色ベースで威圧感を醸し出している。


ふと隣を見るとアリサが立っていた。動揺しているのか固まったままだ。


「え、ここどこ?」

「アリサ。大丈夫か?」

「ナギ!うん、私は平気。このおじさん誰?」

「静粛に!!」


男が大声と共に杖で台を叩く音で周囲は静まり返ると、男は満足そうに頷いてヒゲの蓄えられた口を開いた。


「これからわし、ギュンダインがクラウン王国の国王として神の名の下を審判を開始する!……もってこい」


国王ことギュンダインの指示に側に立つ丸メガネを掛けた背の高い老齢の男は即座にモノを手渡す。



「今回お前たち2人を神聖な王国の裁判所へ呼んだのは他でもない!いや、正確にいえば我が第1臣下オーバメン率いる護衛隊が正義の名の元に連れ出した。が正しいがな。……とにかく、そこの奇天烈な格好の小娘は我々の国ひいては世界を脅かす危険な悪魔なのじゃ!」

「なに!おい国王」

「静粛にといっておろう!」


食い下がるナギだが、国王の圧に渋々ながら口を閉じる。一方でアリサは冷静に観察しすべく沈黙を守っている。


「いいか。我々の国には偉大な魔法使いたちがいる。豊富な知識と力を持ち、人々のために特効薬を作れる唯一の存在じゃ。このオーバメンも魔法使いの1人。だが悪魔は違う。悪魔は我々を蝕む悪き存在じゃ。その何よりの証拠がこやつが持っていたこの怪しき道具!」


国王は手に持ったアリサのスマホを掲げてみせた。


「オーバメンにも見せたが、この未知の道具には人の姿を写し魂を抜き取る呪いが掛かっているという。それ以外にも色々とな……魔法ではない。こんなものを持っているこの女は悪魔だとしか思えん」

「そして更なる証拠づけに女はあの王の頂にいたそうじゃ。……魔法使いすら容易に近づかぬドラゴンの巣。しかし奴らすら惑わせていたと聞く。どこより紛れ込んだかはわからんが、見た目もおかしなこの危険な悪魔をこのまま野放しにしては国民が危ない!」


デタラメだ。とナギは一心に叫びたかった。

そんな気持ちを知ってか知らずか、国王は次にナギを射抜く。


「……そしてお前はナギ・エルメ。エクレアの漁師の息子だそうじゃな」

「あぁ」

「ドラゴンも扱えて腕っ節もよく好青年とな。……じゃが悪魔を匿ってしまったとな」


国王は頭を振り、再度杖で台を叩いた。


「神のお導きじゃ。ここに裁判の結果を伝える。……小娘、そしてエクレアのナギ。世界を危険に晒す悪魔とその悪魔を匿った罪で2人とも死刑を宣告する!!」

「なっ……」

「ほんと中世って感じ。めちゃくちゃ」


衝撃の判決に顔面蒼白のナギに諦めの表情のアリサ。反対沸き立つ裁判所に、全てが終わりかと思われた。


「待ってくれお父様!!」


しかし、全ては突然現れた1人の青年の横槍によって変わる。


「……どうしたロイスよ」

「ロイス王子」


動揺する国王と臣下オーバメンに対し、整えられた金髪にスラッとした体型の美しい青年ロイスこと王子は、アリサの前に立った。



「死刑はダメだ!」

「いったい急に何を言い出すんじゃ」

「そうですよ王子。もう判決は決まったのですぞ」

「いいや決まってない。次期国王のこの僕を抜きにした判決など意味ない。……それに彼女は悪魔なんかじゃないんだ。牢屋にいた時、脅しを掛ける僕に対して、彼女は優しく語りかけそのスマホの使い方を教えてくれた。色々な知識も。優しくて賢い女性だ」

「な、何を言っておる……」


顔を凍らせる国王を無視すると、王子は輝くほどの緑色の瞳でアリサを見て続ける。


「それに彼女はこんなに美しい。死刑になんてさせません。お父様、僕は彼女を僕の王女候補にします!」

「なっ……」

「王子!」

「はあ!?」

「え?」


思いもよらぬ発言に一同は声を上げる。


「しかしロイス……」

「陛下」


反発する国王を止めたオーバメンは彼に耳打ちする。


「……確かに彼女は悪魔かもしれませんが、私がおりますし。何より力と知識を持っている。上手く使えばブリンクルスら他国に圧力を掛けられます。ここは1つ候補だけでもいれてみては?その間に調べますので」

「そうか?そうだな。うむ、なら……そうしよう」


言われるがまま納得した国王は、再度杖で台を叩いて口を開く。


「改めて判決を伝える!」

「待ってくれ!」


ここだと言わんばかりにナギが叫んだ。

彼は国王ではなくロイス王子を睨む。


「俺は……この子の、アリサの婚約者なんだ!だから王女候補を名乗るなら俺と戦え!!」

「えっちょっとナギ?」


狼狽するアリサ。

一方でロイスは啖呵をきったナギに対し面食らったように固まった後、不敵に微笑む。


「貴様この国の王子に向かって無礼な」

「いいだろう!受けて立つ」


怒りに沸くオーバメンを抑えロイスは快諾。


「聞いたぞ。君はドラゴンを扱えるんだってな」

「……あ、あぁ」

「いい機会だ。実は僕もドラゴン使いでね。お互いドラゴン使い同士、相方を使っての決闘と行こうじゃないか」

「え、でもナギあなたはまだ」

「いいぜ!!」


止めようとするアリサを黙殺しナギは勢いで話に乗ってしまった。

ロイスは掛かったとばかりにニヤニヤ口角を釣り上げると、父親であるギュンダイン国王を見遣る。


「お父様、我々は7日後の日の出に王宮の決闘場で決闘を始めます。その間アリサ殿は宮殿に住んでもらいますがよろしいですか?」

「そ、そうじゃな。じゃがエクレアの方は……ッ!」


国王がナギを指差した途端、突然上空から巨大なドラゴンが飛来し空中で停止した。


「な、なんじゃいったい」


ハート型の瞳を持ったドラゴンの背中には見知ったハットの女が乗っている。


「ナギ!コールに乗れ」

「メロル!」


メロルは手を伸ばして彼を後ろに乗せると、突然の事態に呆気に取られる国王と王子を見て口を開く。


「ギュンダイン国王陛下!そしてロイス王子。話は終わったと思うが、この麓の魔女メロルが青年ナギを鍛えるべく連れ帰らせてもらう。責任をもって7日後の日の出までにここへ連れてくると約束しよう!さらばだ!!」



メロルの言葉にオーバメンはスッと目を細める。彼女は彼へ向けて笑みを送ると、ドラゴンことコールを羽ばたかせ遥か上空へと飛んでいった。



「……久しぶりだな、メロル」



飛び立った後に舞い降りた羽根を掴んだオーバメンは、懐かしそうにそう呟くとくしゃりと握りつぶした。

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