第2話 麓の魔女メロル
下山を始めて3時間半。
辺りはすっかり闇夜に沈んでおり、アリサの懐中電灯だけが神々しく2人を照らす。
途中夜行性の幻獣が何体か襲ってきたものの、ナギの持ち前の戦鬪力とアリサの小道具の相乗効果で無事撃退に成功した2人はかなりスムーズに麓まで降りることができた。
「やっと降りれたな。アリサ、足は大丈夫か?」
「全然平気」
「身体が細い割には随分体力があるんだな」
「まあ調査前にたくさん訓練してたからね。それより本当に強いんだね、ナギって」
「アリサもよく怖くなかったな。地球の道具も凄いが」
「実はちょっと怖かったけどね。頭が2つあるトカゲみたいな化け物は特に。……あ、ねえあれ」
アリサは森の中にひっそりと佇む小屋を指差す。明かりがつき煙突からは煙が上がっていた。
「メロル帰ってきてるのか」
「さっき言ってたお師匠さんの魔女?」
「あぁ。魔女でドラゴンも使える。とりあえずそこに泊めてもらおう」
「おお!じゃあやっぱ鷲鼻に黒いハット被った怪しげな老婆なの?」
「鷲鼻じゃないが、かなりの高齢ではあるな」
「なんかワクワクしてきた……いくよ!」
「こら走るなよ」
元気に走り出すアリサに、恐いもの知らずな女だと感心しながらナギも後を追った。
2人が小屋の扉の前につくと、ノブに手を掛ける間もなくひとりでに開いた。
「自動ドア……もしかして魔法?」
「そうだ。先に入るからついてこいよ」
「りょ」
彼らがゆっくりと中へ足を踏み入れると同時に扉はまたひとりでに閉まった。
そして、階段から紫色の長いローブに身を纏い同じ色のハットに身を包んだ人物が静かに降りてくる。
期待した姿にアリサの喉が鳴る。
「ナーギー。こんな遅くになんだい」
「いや、メロルが今日いると思ってきたんだけどいなくてよ」
「ッ!!!」
その人物が声を出し顔を上げた瞬間アリサの目が凍る。
身なりこそ老婆の魔女そのものだが、声も顔も20代後半ぐらいの美しい大人の女性だった。
長く垂れた金髪は艶やかで宝石のような瞳は緑色に輝き、少し褐色の肌が豊満なスタイルと相まって妖艶さを演出している。
どう差し引いても老婆には見えない。
ハットの魔女ことメロルはため息を漏らす。
「今日は月に1度の買い出しさ。それに作った薬を隣町の〈ゴンドラ〉に売りにいったんだよ。あそこはいい街だが老人ばかりだからね」
「あれそうだったっけか?」
「あんた、相変わらず戦闘の腕はいいが覚えはからっきしだね。それでドラゴン使いになりたいだなんて先が思いやられる……ん?」
「ひゃっ!」
メロルはナギの背後で固まるアリサを見ると、その瞳をスッと細める。
「その子はなんだい」
「メロル!この子はアリサ、実は迷子なんだよ。今日泊めてやってくれないか?」
「あ、えと、はい。アリサです。……スミマセン」
「……おかしな格好した子だね。まるで変態の修道士だ」
「それはさっき俺も言った。詳しく説明すると長くなるんだが、異世界からこの島に迷い込んだらしくてな。王の頂で湖に浮かんでるとこを助けたんだよ」
「異世界……?」
ナギの言葉にメロルの口がピクリと動く。
「ていうか異世界って本当にあったんだな!!昔あんたを助けた時にこの島だけじゃないって言ってたからずっと気になっててそれで」
「ちょっとお黙り!それより勝手に王の頂に行ったのかい。危険だとあれほどいっただろう。中腹の幻獣は倒せても成体のドラゴンは賢く強力だ」
「そう大人のドラゴンに触れたんだ俺!星形の目をした奴に」
メロルは目を見開く。
「……エトワールか」
「エトワール?」
「そう呼んでる。奴はあの湖の主さ。ドラゴンの中でも特別で古くから存在している古龍の一体。よく触れたものだ」
「まあ一瞬だったけどな。元々そいつが湖に浮かんでたアリサを守ってたんだ」
「ほぉ」
メロルは先程と打って変わって感心したように笑顔で彼女を見遣る。その美しさと迫力にアリサはビクッと身体を震わせる。
「……アリサといったね。腹は減ってるのかい?」
口を開こうとした瞬間、アリサのお腹が萎んだ風船のように音を鳴らす。
「ぺこぺこみたいだね。……とりあえず夕食と行こう。ナギ、あんた手伝いな」
「おう!あそうだメロル。丁度土産があんだよ」
ナギは布袋から綺麗に解体した肉を取り出す。
こちらにもメロルは満足げな表情で頷く。
「……幻獣の肉かい。それも肉厚だね」
「だろ!討伐した中でこいつが一番うまそうだったから持って帰ったんだよ」
「よし、じゃあ肉レシピは任せた。私は野菜スープをつくるよ。魔女特製の健康レシピさ」
「あの、私もなにか……」
気まずそうに手を挙げるアリサに、メロルはニッコリと輝くような笑みで首を振った。
「客人は座ってな」
「いえいえ!そういう訳には」
「じゃあ、俺を手伝ってくれよ」
「うん!」
「そっちはあんたたちに任せたよ」
そう言い残してメロルが野菜の入ったカゴもって奥の部屋へ消えると、荷物置いたナギとアリサは早速調理を開始した。
まずナギは獲得した肉を台所の石の台に置くと毛を削ぎ落として水洗いすると、綺麗にカットしていく。
横に立つアリサは、カットされた肉を受け取ると、片面に塩コショウをつけてボウルに入れていく。
「凄い。ナギって戦いだけじゃなくて解剖も調理もできるんだ」
感心するアリサにナギは含み笑いを浮かべる。
「この国じゃ大人の男はみんなできるぞ。生きるためだからな」
「そっか」
「アリサの世界じゃ違うのか?」
「そうだね。サバイバルとか専門業者じゃなければ死体に触れる機会もないかな。スーパーにいけば綺麗にパッキングされた新鮮な肉がいつでも買えるし」
「凄いなそりゃ。まるで世界が違うな」
目が回りそうなナギに対し、アリサは口角を吊り上げて頭を振る。
「でも、私の世界でも昔はそうだったろうし正直めっちゃ尊敬」
「ありがとう。……そういやさっきは何で固まってたんだ?途中まで凄いノリノリだったろ」
「それは……びっくりしたから」
「びっくり?」
「魔女のメロルさん。あんなスタイル抜群の金髪美女だと思わなかったから。老婆って言ってたしてっきりヨボヨボのお婆さんかと」
アリサの言葉にナギはカラカラと大声で笑う。
「あれは魔法のお陰だよ。俺も詳しい年齢は分からないが、数百年は生きてるって噂だ」
「え、そうなの?魔法すご。習おうかな」
「本気か?」
「うん。リスクあっても女子には魅力的な能力だよ。今後のために」
「わかんねーなー」
肉の味付けが一通り終わったところで、今度はメロルの魔法で既に火の掛かった釜に肉を並べて順に焼いていく。
「そういえばさっき、昔メロルさんを助けたって言ってたけど何があったの?」
ナギは肉の焼き加減を眺めながら懐かしそうに目を細める。
「俺の父さん漁師でさ、子供の頃漁にくっついていった時に海で溺れてるあの人を飛び込んで助けたことがあるんだ。結果的に溺れてたのは勘違いで薬に使う海底の薬草を詰んでいたんだが、子供の俺はあの人が死にかけてると思ったから必死だった」
「へえ」
「でもそれに感心したのかその後こっそりこの小屋に招待してくれて、色んな魔法を
見せてくれた。火を出したり箒に部屋を掃除させたりドラゴンに乗せてくれたり。俺の街には魔法使いも魔女もいなかったから凄く新鮮で楽しかったんだ」
「魔女ってどこにでもいるってわけじゃないんだね」
「詳しくはわからないが、大昔は結構いたらしくて、時代と共に減っていったんだと。今じゃ特効薬を作れる唯一の存在としてみんなから尊敬されてる。メロルも俺の街や隣町に薬を供給して病気から守ってくれてるんだよ」
「凄いね、メロルさん」
「あぁ。あの人に世界はこの島だけじゃないって教わってからずっとドラゴン使いになりたいって憧れて、やっと1年前に修行を許可してくれた。でもまさかこんなタイミングで異世界を知ることになるとはな」
「ふふ」
2人は顔合わせ笑い合う。
ナギは彼女の可愛らしい笑顔に照れつつ、こんがり焼けた肉を皿に盛り付けていく。
「2人とも、スープができたよ!」
メロルの音頭で食事がテーブルに並べられ、3人はそれぞれ席についた。
メニューは幻獣のステーキに特製野菜スープ、パンにチーズ。そして赤ワインというラインナップだ。
「さて食事が揃ったね。今日は客人もいることだし、いつも以上に神に感謝していただくとしよう。……ん、アリサ。あんた何をしてるんだい?」
メロルはそそくさとポーチから小さいプラスチック製のチューブ容器を取り出す彼女に訝しげに問いかけるが、アリサはキラキラとした笑顔で頷く。
「マヨネーズです!」
「……まよねーず?」
「はい!私の世界にある卵ベースの超画期的な調味料なんです。栄養価が高いのでこれだけであれば遭難しても飢え死にしないし、何より何につけても美味しいんです。2人ともステーキにつけて食べてみてください!」
「おう」
「これをかい?」
言われるがまま、ナギとメロルはチューブから搾り出されたマヨネーズを肉の表面に塗り一口運ぶ。
「おお!うまいな!!ガツンとくる。これだけで完成されているようだぞ」
「でしょ!」
「……そうかい?確かにこの調味料自体は完成されているが、肉にはちょっと合わないね。油味が肉汁を邪魔する。野菜とかにつけた方が合うんじゃないのかい?」
「メロルさんもお目が高い!野菜につけても美味しいんです!!」
「へぇ」
「アリサの世界は凄いな!もっと色々見せてくれよ!」
静かに感心するメロルに対し食い気味のナギはすっかり夢中だ。
「ふふ。じゃあとっておきを」
気分の乗ったアリサは、今度はポーチから掌サイズの機器を取り出して2人に見せる。
「……それは何だ?」
「これはスマートフォン。何でもできる電話だよ」
「デンワって?」
「あそっか中世だと電話もないか。……遠くにいる相手ともこの機械越しに話せるの。今は電波がないから無理だけど」
「そんなことが本当にできるのか?」
「まーいまはちょっと見せられないけど。後はそうだな、写真とか動画を撮れる!」
「??」
「えと。つまり、こう!」
アリサは徐にスマホをナギとメロルへ向けるとカシャリとシャッターを切った。
そしてすかさず画面を2人へ見せると、彼らはあんぐりと口を開けて固まってしまった。
「これは……私たちじゃないか。なんだいこれは、絵かい?いま描いたのかい?」
「いいえメロルさん。これは写真といってこのレンズが見た景色をそのまま記録できるんです。ほら、見ててください」
アリサは再度カメラモードを起動し、スマホを左右に振ってみる。
「おー!な、なんだいこれは……」
「すげえなメロル!まるで魔法だ」
「いや、魔法より凄いよこれは。ちょっと私にも貸しな」
部屋の映像がリアルタイムで映る光景にナギより興奮するメロルは、アリサからスマホを受け取ると自分でも画面を振ってみる。
「自撮りもできますよ」
「ジドリ?」
「はい。この矢印マークをタップすれば」
アリサが代わりにタップしてあげると、今度は間近に自分の顔が映った。
「私だ!ウァオ!いえーい」
「メロルはしゃぎすぎだ!でも本当すげーな」
ヒートアップしたメロルはハットを脱ぐと、長い金髪を揺らしながら時折撮影する。
その姿はどこからみても海外のモデルのようで可愛くも美しいとアリサは感じた。
「ありがとう。とても楽しかったよ」
一通り楽しんだメロルはそう言ってスマホを返すと、椅子に腰掛けてアリサをじっと見つめる。
「……そういえば。まだあんたの話を聞いてなかったね。座って聞かせておくれ。私のスープも飲みながらね。ナギもだ」
ナギとアリサも席につくと、同時にスープを口へ運ぶ。
「ん、相変わらずうめーな。ちょっとヘルシーすぎだが。どうだアリサ?」
「……うん。すっごい風味が爽やかで美味しい。まさか魔法を?」
メロルは笑いながら首を振る。
「料理には魔法を使わないのが私のポリシーさ。隣町で取れる特別なハーブを使ってじっくり煮込ませてるからだよ。これを飲めばしばらくは病気知らずさ。……で、アリサ。あんた異世界から迷い込んだといったね?」
ナギは横で静かに耳を澄ませる。
「はい。地球というところから来ました。私の世界では凄く技術が発達してるんですけどその分色んな歴史もあって、ある日600年前のとある文献が見つかったことで過去の歴史がわかって、私はその痕跡を辿る探検隊にいたんです」
「文献?」
「私たちの世界では大昔ヨーロッパという地方に魔女がいたと言われていて、手当たり次第処刑する裁判があちこちで行われてたんです」
「酷いな」
同情するナギに、対しメロルは無言のまま顔を曇らせる。
「でもその生き残りを示す文献が、とある教会地下で見つかったんです。そこには逃げた魔女たちがお供のドラゴンたちを連れて一面氷で覆われた南極という無人の大陸へ逃げ込む様子が描かれているんですが、当時南極はまだ人類に発見されていなかったので大騒ぎになって。それで遺跡を発掘するための探索隊がつくられたんです」
「将来探検家を目指す私は学校の代表としてその青少年探索隊に参加して南極探索に出てたんですが、1人はぐれてしまったところをクレバス……つまり氷河の割れ目に落ちてしまって」
「それでこのクラウン島に迷い込んだと」
「はい」
「……おかしいね。急にポータルが開くなんて」
「え?」
「いやただの独り言さ。とりあえず帰る方法を探さなければだね。憶測だが、もしかしたらあんたには魔力があるかもしれないね。迷い込んだ件しかり、王の頂でエトワールが守っていたというのも妙だ」
メロルの言葉にアリサは目を輝かせる。
「それって、もしかして私も魔女になれるかもってことですか?メロルさんみたいな」
「あくまで憶測さ。まあ私までは無理だよ。天才だからね」
「うずうず」
「とにかく私の方でも帰れる方法を探ってみるから、今日はゆっくり寝て明日はナギに町を案内してもらうといい。屋根裏を使いな。片付けはやっておくから」
「ありがとうございます!でも片付けは」
「いいんだよ。ほら」
メロルが腕を振ると、空になった食器たちはひとりでに浮遊し次々と台所へ帰っていく。
「……魔法ってやっぱ凄い。じゃあお先に、おやすみなさい。ナギもありがとう!」
「あぁアリサ、明日は任せろ」
アリサはナギに手を振ると荷物片手に階段を駆け上がる。
メロルはニヤニヤした顔で見送るナギを見て嘆息した。
「ナギ。あんたあの子に惚れたのかい?」
「なっ!いや何言ってんだメロル俺は別に」
図星を突かれ彼は身体を震わせる。
「フン……確かにあの子もあんたに懐いてるようだがやめときな。この世界の人間じゃない。ここにいるべき人間じゃないんだ」
「じゃあ、何で昔俺に世界はこの島だけじゃないって教えてくれたんだ?」
メロルはキュッと目を細めで口を動かす。
「そんなの、遠い昔の過ちさ」
「……?」
「いいから、あんたも子供のドラゴンたちの面倒みたら上にいきな」
「あぁわかった。……じゃあおやすみ!」
「おやすみ」
若い男女2人が消えた後、1人椅子に腰掛け茶を飲むメロルは窓の隙間から見える星空をゆっくりと眺めていた。
「……まいったよ。まさかこんなことになるなんてね」
誰もいない空虚な部屋で1人呟く。
彼女は小屋のそのすぐ近くに蠢く人影に気づかずにいた。
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