私が生まれた日

志賀健太郎

私が生まれた日

2013年12月19日

朝トイレを出ようとすると父の出勤と重なった。私は父が好きでは無かったので出るのを一度待った。ドアの閉まる音がしたのを確認してから私は安心してトイレを出た。走ったので部活の朝練にはぎりぎり間に合った。


終業式が近かったので、その日は学校が午前で終わり、そのまま部活をし2時ごろには家に帰ってきた。

中学1年生の私は学校から帰るといつも、足が臭いからと母に直ぐ風呂場に行かされていた。私は帰ってすぐに風呂に入るのが何故かたまらなく嫌で、その度に母を恨めしそうに睨んでいた。しかしその日は私が最初に帰ったので、そんなことも気にせずのうのうと一人リビングでゲームをしていた。


夕方5時半ごろ、帰ってきた母に案の定私は怒られた。

渋々ゲームを途中でやめた私は風呂場に行き、ドアを開けようとした。

しかし開かない。何故だか分からず、力強くドアを押した。すると少しドアが動いた。何かの拍子で風呂の蓋が落ちてドアの入り口に引っかかっていると思った私はさっきよりもさらに力強くドアを押した。そして、隙間から風呂の蓋をずらそうとして中を覗き込んだ。


中には丸まったまま横たわる人が居た。

さっき私が押していたのはこの丸まった人なのかと気づき私はゾッとした。そして、青い顔のままキッチンまで駆け込み震える口を必死に動かし母に言った。

「風呂場に人が居る。」

母は、怯えた顔で風呂場に向かった。そして丸まった人を見るなり叫んだ。

「健ちゃん。ねえ。起きて。起きてよ。ねえ。健太郎!!」

母の取り乱した泣き顔を見て事の重大さに突き動かされた私はすぐに警察を呼ぼうとした。119か110か。もう頭がぐらぐらして分からなかった。しかし、震えるからだをどうにか抑えて呼んだ。

制服に靴下のままマンションのエントランスに降りて救急隊を待つ。辿り着いた救急隊は私が彼らを案内する間もしきりに励ましてくれたが、それは私の耳には届いていなかった。


健太郎は死んでいた。AEDが無機質に告げた事実に母は妙に落ち着いて納得していた。机の下には気づかれないようにカバンが隠されており、机の上にはペンの挟まった手帳が置いてあった。「先立つ不孝をお許しください。」とだけ書いたその手帳を見て初めて私は泣いた。これは悲しみの涙ではない。怒りの涙だ。


今まで私の前でずっと笑顔で生きてくれていた母を泣かせたことへの怒り。

これからの家族を無責任に捨てたことへの怒り。

見送る、足を洗う、そんな簡単なことで防げた死を防がなかった自分への怒り。

私は殺人者だ。

健太郎を追い詰めた理由の一つは私にあるし、死亡時刻を考えると私が帰って直ぐ足を洗いに行けば十分間に合ったかもしれない。この日を持って私は立派に殺人者になったのだ。そして、そのことを悲しめない自分が私は一番恐ろしく、同時にかわいそうに思った。健太郎という男は死ぬべくして死んだと私の根本が完全に受け入れているのだ。


健太郎という男は酷く横暴な父だった。その割に薄給で、休みの旅行は人生でたった1回の1泊二日の九十九里浜だった。それでも嬉しくてその休み明け友達に話すとみんなはグアムや沖縄、北海道にいっていた。九十九里なんて車ですぐだからわざわざ行かないよと笑われた。それがまるで車があるのは前提のような話運びであったから悔しくて、コンプレックスになり、幼い日の私は夏休みの思い出を話す授業が大嫌いだった。そうでなくても、みんな休日はキャンプをしていた。公園でキャッチボールをしていた。うちでは父がいびきをかいて寝ていたり、起きていてもずっと一人でリビングでゲームをしていた。外で一緒に遊んでくれなくても小さい頃はそれをみるだけで十分に楽しかったのに、父に「邪魔だから、見るな、消えろ。」と言われ、やがて日曜日はリビングには居られなくなった。

それでも兄は父に良く殴られていたから、それに比べ殴られない私は大切にされているのだと思い込んでいた。兄は、温厚な人で優秀な理系高校生だった。奨学金を取って薬学部に入りたかった。しかし、父がそれを許さなかった。「お前が返せなかったら奨学金を返すのは俺らだ。」と言われ、兄は行きたい大学を諦めた。そして、完全特待が取れるレベルの大学に通うことにした。そんな父のことが私も兄も嫌いだった。そう、たしかにあの時私は父が嫌いだった。


死んだ父の携帯の待ち受けは私の写真だった。アイスを食べる小1の私だ。私が中学3年間背負った部活のゼッケンは父の手作りだった。そこに一片でも愛があることが今でもたまらなく憎い。


私は、父の様にはなりたくない。しかし血はたしかに体に流れ、私を作っている。ふとした瞬間の思想が似ることもある。日曜日に腰を上げるのが億劫だ。

あの頃の彼は20年後の私の写しかもしれない。

私は、健太郎を名乗ることにした。私の中に居る男を意識し続けるために。憎み続けるために。愛せるようになるために。

あの瞬間、私が生まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私が生まれた日 志賀健太郎 @Kentaro131219

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ