第84話 妖精カーナの冒険3

◆皇国エール工房

コッコドゥ視点


『?!』


何だ?何が起きた!?

見事、正体不明の脅威に致命傷を与えられたと思ったら、吾輩が突き刺したのは何も無い机の卓上。

ターゲットが消えたのだ。

何処だ、何処にいる?!



パサパサッ

気配を感じ見上げると、ターゲットが目を瞑ったままウツラウツラしつつ空に浮かんでいる。



「ケンタッキー………」



ゾクゥッ!?


その瞬間だった。

途方もない悪寒を感じ、全身に鳥肌が立った。

いや、吾輩元々鳥肌だった。



とにかくだ。

この場に居るのはヤバすぎる。


吾輩は本能的に、自身が絶対絶命のピンチにある事を悟った。

すぐさま脱出しようと身動きをしたが、口ばしが卓上に刺さったまま食い込み抜ける気配がない?!

万事休すとはこの事か。



「ケンタッキー………」


ゆらゆらとヨダレを流し、ゾンビの如く近づくターゲット……いや、今は吾輩がターゲットか……。


吾輩は悟った。

もはや逃げる事は不可能だという事を。



(『『『コケッコケッコケッコッコあなた、こっちよーっ』』』)

(『コケッコッコーははは、まてーっ』)



メス達と走る夕日の海辺。

楽しき日々が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。

ああ去らば、遠き日々よ。



『コケ━━━━━━━━━━━━━━ッ!』


………………




◆◇◇◇



………何やら、全身がヒリヒリする!?

それにやたら寒い?


何だ?何が起きたのだ?

吾輩はいつの間にか気絶していたようだ!?

ジッとを見る。

羽根がないなぁ。


羽根がない?!

ぐあああっ、訳が分からん??

その後、吾輩は全身を見回わし、全ての羽根が奪われた事を悟る。


終わった………。

吾輩の鳥生、ここに極まれりだ。

ああ、そうか。

そしてようやく気づいた。

吾輩は、あの侵入者に負けたのだ。


何て結末だ。

吾輩は《縄張り》を守れなかっただけでなく、この様な辱しめを受ける結果となってしまったという訳だ。


だが仕方ない。

敗者は、勝者の如何なる理不尽も受け入れるしかないのだ。

そして負けた以上、コッコドゥの掟に従い、吾輩は縄張りを勝者に明け渡さし、その配下になるしかない。



ヒューッ


寒風吹きすさぶ縄張りをトボトボと歩く。

吾輩は最後にメス達に別れの挨拶をする為、縄張りのラストパトロールを行う。



『ママ、何、アレ?』

『羽根無しだわ。見ちゃ駄目!』

『羽根無し?』

『コッコドゥの縄張り争いに負けた者。敗者はそのあかしとして勝者に羽根を抜かれるの。普通は頭の羽根だけ抜かれるのだけど、あそこまで全身抜かれてるなんて初めて見たわ。抜かれる羽根の数で敗者の処遇は決まるのだけど、あれでは間抜け過ぎてコッコドゥとしては生きてはいけないわね』

『そうか。じゃあ、アレはコッコドゥじゃないんだ』

『そうよ。だから近づいたら駄目。そして縄張りから追い出すのよ。そうしないと私達が勝者のオスから無視されちゃうから』

『分かったよ母ちゃん。じゃあ、石を投げればいいんだね?』

『そうね。皆で石を投げて追い出しましょう』


ヒュンッ、バチン


『ほら、さっさと縄張りを出ていきな。間抜けな羽根無し!』

『やーい、間抜けな羽根無し、間抜けな羽根無し━━━っ』



なんという屈辱か。

メスやヒヨコ達が吾輩を分からぬばかりか、完全に間抜けな羽根無し扱いである。

更に石を投げられるのは、縄張りから早く出ていけの合図。

最早この場所に、吾輩の居場所は何処にも無いという事だ。




だが困った。

吾輩、まだ勝者から何の指示も無い。


コッコドゥの掟に従い、敗者は勝者に絶対服従。

勝者の指示がなければ、縄張りを出ていく事もかなわない。


勝者はあの羽根のあるチッコイ人間。

羽根人間様?とでも言うべきか。

どちらにせよ、勝者にお伺いをたてねばならぬ。

吾輩はやむを得ず、最後に勝者に会った工房に向かう。



「すぴーっ」


勝者は最初に会ったのと変わらない姿で卓上に居り、布にくるまって気持ち良さげに高いびきを立てている。


布からは吾輩の羽根の匂い。

どうやら吾輩から抜いた羽根を、布の中に入れているようだ??


吾輩の命から二番目に大事な羽根を布詰めにして、くるまって寝込むとは血も涙もない無いとはこの事であろう。

だが、全ては勝者の特権。

敗者は抗う事が出来ないのだ。




「すぴーっ」


ぐぬぬぬ、しかし何だ、この顔は?!

まるで、この世の快楽を全て体現したようだ。

なんとも怨めしい………

だが今更か。


それにしても困った。

勝者である羽根人間様は、何時になったら起きられるのか。

先ほどから指示を仰ぐ為に待っているが、一向に起き上がる気配が無い。

如何すればよいのか。


ムッ?向こうから来るのはオスのエール職人、吾輩に気づいて此方に来る!?



『コケ?!』

「何だぁ、おめぇ?そないな所で何やってんだぁ!」


バタバタバタッ

『コケーッコッコッコ!!』


エール職人のオスは乱暴者だ。

ドやされればその場に止まる事は出来ない。

仕方なく吾輩は一旦工房から出て、エール職人が離れるのを待つことにした。




◆◇◆




『アホー、アホー、アホー』


空を見上げれば、バカガラスが吾輩を馬鹿にする。

すっかり夕暮れ日も傾き、鳥の鳥情が世知辛い。

ああ、世知辛い鳥生よ。



さて、そろそろ羽根人間様は起きられただろうか。

吾輩はヒリヒリする皮膚を擦りつつ、再びエール工房の入り口に向かった。



「ケンタッキー……?????」


ムッ、これは羽根人間様の声?

ついにあの方が起きられたのか?!


『コケ………ッ』


「んん??」


吾輩が声を掛けると、今だ卓上にいた羽根人間様は勢いよく吾輩に振り返った。


おお、やっと、やっと起きてくれた……

これで吾輩の処遇を決めてくださる。



「………ハゲタカ?」


『…………………』



鳥を取り違えないで欲しい………。

(涙)

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