第78話 プロジェクト▪雪ウサギ6

◆ナレーター視点

(バッグミュージック▪地上の雪ウサギ▪作詞作曲▪中島雪ウサギ)


コケコッコーッ


ターナーの朝は早い。

エールの仕込みは時間が掛かるもの。

だいたいの工程は9時間から10時間は掛かる。

さらに各工程の温度管理も重要で、慎重に進める必要があるから、一樽(工房の大樽)仕上げるのは一日がかりだ。


これを繰り返し、工房の全ての樽を仕上げるのに一週間。

さらに酵母の熟成期間は1ヶ月にもなる。

エールもラガーも基本工程は同じ。

だから仕上がりの決め手は、この朝からの一日が勝負であり、ターナーは全力で一気に仕込んでいく。

樽を見つめる彼の瞳は真剣そのもの。

彼の職人としての矜持は本物であった。





『コケッ?』


コッコドゥの朝は早い。

彼はニワトリに似た魔物だが、昔から人間に飼われていた。

彼の縄張りの見回りは時間が掛かるもの。

だいたいの見回りは9時間から10時間も掛かる。

さらに声を上げて鳴き声を発するには、それなりに準備が必要で、口を水ですすぎ、雌にアピールして回るのは一日がかりだ。

これを繰り返し全ての雌に声をかけ、求愛ダンスを完了するのに一週間は掛かる。

この間に、よそ者を縄張りに寄せ付けないのは彼の絶対の使命。

縄張りを見つめる彼の瞳は真剣そのもの。

彼の雄としての矜持は本物であった。


「すぴーっ」


ふと彼は聞き慣れない声に気づいた。

縄張りであるターナーの工房内、その一つのテーブルの上から聞いた事のない声が聞こえる。

彼にとって未知の声は脅威そのもの。

慎重に机に近づいて卓上を確認する。

テーブルは人間の腰くらいだが、コッコドゥの身長は120センチ。

頭だけなら十分卓上に届くのだ。


「すぴーっすぴーっ」

『コケケ!?』


卓上には不思議な者がいた。

背中に羽根を生やした主人である人間に似た小さき生き物。

大口を開けて大の字で寝ている。

その隣には、白いヘルメットを被る同じような小人がうずくまるように足を抱えて眠っている。


コッケコケッコなんじゃこりゃあ?!』

「すぴーっ」


本能的に、縄張りを守らねばとの使命感にかられ、無意識に攻撃体制にはいるコッコドゥ。

彼の目が残忍に光り、頭を振り上げ一気にその口ばしがカーナめがけて振り下ろされる。

繰り出されるコッコドゥの口ばし攻撃は、木製の卓上に深い穴を開ける力がある。

カーナの命は風前の灯かと思われた。


ヒュンッドスッ


『?!』


コッコドゥは焦った。

見事、正体不明の脅威に致命傷を与えられたと思ったら、そのターゲットが消えている!

何処だ、何処にいる!?


気配を感じ上を見ると、ターゲットが目を瞑ったまま、うつらうつらしつつ空に浮かんでいる。


「ケンタッキー………」


ゾクッ

その瞬間、途方もない悪寒がしたコッコドゥ。

この場に居るのはヤバすぎる。

本能的に彼は、自身が絶対絶命のピンチにある事を悟った。

すぐさま脱出しようと身動きをしたが、口ばしが卓上に刺さったまま、しっかり食い込み抜ける気配がない。

桁外れの間抜けな状況、もはや自業自得である。


「ケンタッキー………」


ゆらゆらとヨダレを流し、ゾンビの如く近づくカーナ。

彼は悟った。

もはや逃げる事は不可能だという事を。



『『『コケッコケッコケッコッコあなた、こっちよーっ』』』

コケッコッコーははは、まてーっ


メス達と走る夕日の海辺。

楽しき日々が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。

ああ、去らば。遠き日々よ。




『コケ━━━━━━━━━━━━━━━ッ』



「うるせぇ!!」


その日の朝、皇国エール工房にカエルを押し潰したような悲鳴が聞こえ、あまりの近所迷惑にターナーがゆでダコになったという。


What's!?




◆◇◆



ガチャンッガチャンッガチャンッガチャンッ


オートメーション化された瓶詰め工程。

ビンには皇国エールのラベルが貼ってあり、裏には明らかに作り笑いと思われるターナーの顔写真。

そして『私が造りました』が吹き出しで入っており、地産地消、皆で国産を盛り立てましょうの追加文字を入れたパッケージ。

この瓶詰めシステムを作り出したのは、言わずと知れたモルト君だ。


そしてこの流れを、無言で腕組みしながら眺める二人の男と女の子、そして妖精の二人。


「「「「「…………………………」」」」」



そうしている内、妖精の二人が喋り出した。


「妖精印はアルミ缶なのに何でエールは瓶詰めにしたの?」

「こちらの方が高級感ありますし、冷やしたら瓶詰めの方がエールに合ってるんです」


「ふーん、そういうものなの」

「実際、皇国エールは手造りだから手間がかかってます。作れる量も妖精印より少ないわけですから、価格帯はもっと上げないといけません」


「高級品でいくのね。でも、それで売れるかしら?」

「だから瓶詰めで割安感を出します」


「瓶詰めで割安感???」


モルト君はエッヘンと胸をはった。

彼の中では最高の提案だったようだ。

しかしカーナには伝わらず、頭に大きなクエスチョンが点滅している。


「ええ!?分かりませんか?」

「?????」


もしかしたら、スベったのかも知れない。

カーナの反応に急激に不安になるモルト君。


昨晩、ターナーに凄まれて夜どうしかけて瓶詰めシステムを作り上げたモルト君。

徹夜明けで疲れているのに頑張って考えた提案がまさかのスベり?!


ヤりきった高揚感に包まれていたモルト君。

一気に奈落に落ちていくしかない。


残念無念。

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