第77話 プロジェクト▪雪ウサギ5

◆ナレーター視点

(バッグミュージック▪地上の雪ウサギ▪作詞作曲▪中島雪ウサギ)



「まずは現状把握からね」


カーナは、モルト君を引き連れて工房を確認する。


「申し訳ないけど、皇国エールを少しでいいから飲ませてくれないかしら。まだ、飲んだ事が無いから実力が分からないわ」


頷いたレサ。

早速、全員分のエールを木製ジョッキに入れて卓上に用意した。

カーナは亜空間収納からキンキンに冷えた妖精印ビールを全員分出す。



「飲み比べた事は?」


カーナの言葉に手を上げたのは、意外にも未成年のレサだけ。

何と、ターナーやハンスまで飲み比べをした事は無かった様だ。


「大体、エールは飲んだ事があるんで、ワザワザ飲み比べはしませんでしたね」

「てやんでぃ!そんな水みてぇな飲みもん、飲んでられっかい!」

「あたし、エールが売れないのが悔しくて飲み比べたけど、両方とも苦かっただけ。どっちも美味しくなかった。うっ、思い出したら口の中が苦!?」


「はあ?レサ、おめぇ、まだガキの癖にエールを飲んだのかぁ!?」

「ご、ごめんなさーい!」


レサの言葉に有り得ないと怒るターナー。

何か違う方向に話が進むが、唯一に飲み比べたのがレサで、子供の味覚では味は分かる訳がない。

とにかく真面目に飲み比べをした者は、ここには居なかったと云う事だ。



「取り敢えず、レサさんは飲ませないでいいわね」

「むっ、まさかカーナ様は飲む気ですか?」


「え、何で?私、普通に飲み比べしたいんだけど」


ハンスの言葉にムッとするカーナ。

確かにカーナの見かけは幼女だが、前世29歳彼氏いない歴年齢のアラサー間近の社会人だったわけで、既に転生してから飲んだラガービールは大ジョッキ一杯分に相当する。

(大ジョッキは人間サイズ、それを妖精サイズのジョッキで十数回に分けて飲んでいる)


酔いやすいとはいえ、それなりに味は分かるとの自負があるのだ。

「私、こう見えてもビール通でもある妖精よ。ちゃんと飲み比べ出来るわよ!」


ハンスは一瞬、遠い目をした。

ビール通の妖精って何者!?


なお、ターナーは皇国エール職人としてプライドが許さないとし、飲み比べは不参加。


こうして、飲み比べメンバーはハンスとカーナに決定した。

因みにモルト君は下戸げこだったので最初から除外である。


ビール妖精なのに下戸げこ、世界の七不思議の一つだ。





「それじゃあ、乾杯!」カチンッ

「は、はあ、かんぱいで」カチン


早速、飲み比べを始めた二人。

カーナは妖精用マイジョッキで乾杯だ。


「ぐびぐびぐび、ぷはー、流石、モルト君、君のビールは相変わらずクリアーでぐーよ。ね、ハンスさん」

「そうです。私はこの飲みやすさに惚れ込んでるんです」


「お二方、有り難う御座います」


二人の褒め言葉にヘルメットを赤くしているモルト君。

普段は白なのだが、色々と謎が多いモルト君だ。(かわいい)



◇◇◇



「すぴーッ」


ゆさゆさゆさっ

「起きて下さい、カーナ様!」

「すぴーっすぴーっ」


「起きません」

「起きませんねぇ」

「はい、寝ちゃいました」

「はあ?これじゃあ、飲み比べがわかんねぇじゃねぇか。そもそもコイツは何しにここに来たんでぇい!?」


数分後、すっかり出来上がったカーナが卓上に沈んだ。

呆れて見下ろすレサ、ハンス、モルト君、ターナー。

実は、めちゃくちゃアルコールに弱かったカーナ。いつもすぐに記憶が飛ぶので、本人はアルコールに弱い自覚が無かったらしい。

迷惑メール並みに迷惑である。


結局、ハンスが二つの銘柄を評価する事になり、脱落したカーナを除く、レサ、ターナー、モルト君がその内容を聞く事になった。


「いや、こんな時間かけて味わって比べたのは初めてだから、ちゃんと評価出来るかわかりませんが、このハンス、正直に評価致しますです」


と、云う事でハンス氏の評価を元に、モルト君が報告したのは以下の通り。



▶基本、皇国エールはエールビール。

エールビールはエール酵母(上面発酵酵母)を使った常温発酵。

芳香ある深い味わいが特徴だ。

▶対して妖精印ビールは、ラガー酵母(下面発酵酵母)の低温発酵を使ったラガービール。

その特徴はスッキリとした爽快な味わい。


それはつまり



「皇国エールは【妖精印ビールと競合しない】という事です」


「すぴーっ」



モルト君の言葉を聞いた一同、顔を見合せて首を傾げる。

暫くしてターナーが真っ赤な顔で怒鳴り出した。

「はぁ?競合しないって?!馬鹿言ってんじゃねぇ。実際にうちは直接に顧客を奪われてニッチもサッチもいかねぇ。おめぇの目は節穴かい!」


この猛烈なターナーの抗議。

当然といえば当然の反応であった。

何故なら皇国ビールは、そのほとんどの顧客を妖精印に奪われ、すでに虫の息。

どう考えても妖精印ビールとの競合に負けた結果といえる。

にも関わらず『競合しない』としたカーナの判断に、居合わせた中で賛同する者は一人も居なかったのである。


このターナーの剣幕に、モルト君はヘルメットを青くしながらも何とか答える。

「い、いえ、それはパッケージと目新しさに負けているだけではと思われます。味で負けたわけではないはずです……」


「おい、青いの!あれ?青かったか?まあ、いい。おめぇの言い方だと味はウチの方がうまいと言ってるみてぇだが、それでちげぇねぇか?」

「う、ははい!?その、人によっては、その通りで、です……はい」


「パッケージの差だと?」

「は、はい」


「なら、パッケージを同等にすりゃあ、間違いなく売れるんだな!」

「はい……多分?」


「どっちなんでぃ!」

「はいい、売れますーっ!!」


ニヤリッ

ターナーは壁際までモルト君を追い詰めると、意味深に微笑んだ。


「ならパッケージ、おめぇがやるんだ」

「ええっ!?」


こうして無理やり皇国エールに協力する事になったモルト君。

何だかブラックの香りがしてくる今日この頃であった。



「すぴーっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る