第74話 プロジェクト▪雪ウサギ2
◆ナレーター視点
(バッグミュージック▪地上の雪ウサギ▪作詞作曲▪中島雪ウサギ)
傾いた皇国エール工房を立て直す為、一人営業に出た創業者の娘、レサ。
彼女を待っていたのは、妖精印という巨大な黒船だった。
「あの、取引を止めるって、どうゆう事ですか?」
「どうゆうって、アンタだって分かってるだろ?申し訳ないけど、客が求めるものを売らなきゃ、商売になんないのさ。そりゃあ、アンタのところと長年の付き合いは大事だったさ。けど、その看板を出さなきゃ、客が来ないんだよ、すまないねぇ」
「……はい、分かりました」
バタンッ
レサは閉められたドアに、ため息をした。
なんでこんな事になったのか。
彼女は店の出口に掲げてある看板を見て、ガックシと肩を落とした。
【妖精印あります】
妖精印ビール、先月から皇国の町や村で販売され、350mlがウチのエールと同じ中銅貨 、3枚で売られている。
しかし、皇国エールが木製の10リットル大樽での納品に対し、妖精印ビールは、あるみ缶?なる入れ物に、予め、350mlの小分けにされ、紙の入れ物に24本単位で入ってくる。
店は、一々小分けに出す必要はなく、そのあるみ缶のまま、客に出せて効率的に販売できる。
あるみ缶?は、サングラス?を掛けた、雪ウサギのような、
おまけに、皇国エールのように雑味がなく、すっきりとした味わいは、たちまち皇国人の心を掴んだ。
「かーっ、旨い!やっぱり、妖精印のビールは最高だよなぁ」
「そうだ、そうだ、アレ飲んだら、エールなんて不味くて飲めたもんじゃねぇ!」
「はは、じゃあ、今夜も夜店で妖精印、一杯行きますか」
「いいねぇ、行きますか。はははは」
ヒュウッ、レサの足元を冷たい風が吹いていった。
すれ違う人々から聞こえるのは、決まって妖精印のビールの話しだった。
理由は分かりきっていた。
旨くて取り回しがよく、しかも、皇国エールビールより長期保存が効くなんて、敵うハズもない。
しかも、販売先の意向や消費者ニーズを無視した御大尽商売を続けてきた皇国エール工房は、これを機に販売先からは反発され、代わり映えしない味に、消費者からは飽きられていたのだ。
だが、レサは、其だけではないと理解していた。
明らかに梱包やら入れ物やらに
これは資金力に物をいわせた、皇国エール潰しではないのかと!
そもそも、此だけのコストを掛けて、なんで皇国エールと同じ値段で販売できるか?
レサにとっては、妖精印ビールの販売方法から梱包スタイルまで、その全てが不思議だった。
しかも売ってるのはギムレット商会で、1ヶ月前までは皇国の片隅にある小さな商会である。
背後に貴族の関わりもない弱小の商会で、資金力からもっとも遠いところにある貧乏商会なのだ。
しかも扱っていたものは、
さらに元々の資金力でいえば、皇国エール工房の方が遥かに上だった。
その変わり身は、あり得ない事だったのである。
彼女は、必死にその秘密を探るため、ギムレット商会に密着し、その謎を探った。
まずは、妖精ビールの製造元の確認である。
実はレサは最初、納品先からその足取りを追いかけようとして従業員や自身が居酒屋などで待ち伏せし、納品するところを押さえるつもりだった。
だが、納品の馬車は姿が見えず、店裏に雪ウサギの様な小さな男が出入りするが、納品の確認が出来なかったのである。
焦ったレサは従業員に、その雪ウサギの様な小さな男を襲わせたが、何かの音がすると従業員は気絶させられ挙げ句、冷たい目で見つめられ、背筋が凍る思いをしてしまう。
恐ろしい、なんて恐ろしい販売員なんだ。
妖精印ビールの販売員に言い知れぬ恐怖を感じた従業員達は、ことごとく皇国エール工房を辞めていき、レサ自身も余りの恐怖に、二度とその販売員を襲う事を止めたのである。
だが、手をこまねいていては、皇国エールは潰れてしまう。
レサは、たった一人でもギムレット商会に殴り込みを掛けた。
対等でない販売方式は、皇国エールをターゲットにした皇国エール工房潰しだとして、妖精印ビールの販売方法を断罪したのである。
しかし、ギムレット商会では門前払いで、中に入る事も出来なかった。
その後、あちこちにギムレット商会の不正を語ったが、たった10歳の少女の言い分に耳を貸す大人は居なかったのである。
皇国エール工房は、既に全ての従業員が辞めてしまい、覇気のあった父は力を失い工房に閉じ籠ってしまった。
もはや、レサ以外に皇国エール工房を立て直す考えを持っている者は居なかった。
全てが終わる前にレサは、妖精印ビールの悪事を暴かねばならない。
レサの使命感は今、めちゃくちゃ上昇していたのである。
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