第72話 スコープ
◆大型トラック運転手兼殺し屋の真似ごとをしている雪ウサギ視点(長)
ここは皇国と神の森を結ぶ街道。
そのとある街道端に妖精印マークの入った大型トラックが横付けして停車している。
どうやら配達を完了し此処で休んでいるらしい。
森に向かう街道。
行き交う人もほとんど無く、時折すれ違うのは、森に焚き火用の薪を採りに行く近隣の村の住人くらいか。
そんな地元民からしたら、見たことも無い大型トラックは、魔獣か何かと勘違いして大騒ぎになっていた事だろう。
だが、すれ違う人、すれ違う人、その誰も、そこに停車する大型トラックを気に止める者はいない。
何故なら例え気付いたとしても、認識阻害魔法により、只の古びた馬車にしか見えないようになっているからだ。
運転手はサングラスをかけたまま、タバコをふかして文字通り一服中。
何故か突然、アサルトライフル《アーマライトM16》モデルガンのスコープを覗く。
『フーっ……………』
タバコの煙を吐きながら、無言でスコープから目を離すサングラス運転手。
その動きはまるで、何かを待っているのか、何者かを監視しているかの様だ。
シャリシャリシャリシャリシャリシャリッ
その時トラックの横を、一台のソリタイプの馬車が通り過ぎていった。
その馬車は村も町も無い《神の森》方面からやって来て、これからテータニア皇国の皇都を目指している、そんな様子であった。
『…………』
運転手はサングラスを取ると、すれ違っていく馬車に鋭い視線を向けた。
その目は氷のように冷たい目で、しかも運転手は雪ウサギである?
『…………』
冷たい。
どこまでも冷たい目の雪ウサギ。
彼?は、再びサングラスを掛け直すと、今一度アサルトライフル【アーマライトM16】のモデルガンを掲げてスコープに目をやり、先ほど通りすぎた馬車をターゲットに、銃先がその後を追っていく。
カシャンッ
意味はない。
が、冷たい目の雪ウサギは、アサルトライフル【アーマライトM16】モデルガンの安全装置を外し狙撃体勢をアピールする。
しかしその行為に意味は無い。
全く意味は無いのである。
『…………』
これは、彼の癖であり趣味であり習性なのかも知れない。
そしてこの雪ウサギ。
相変わらずの無口である。
地球のウサギならば、無言は当たり前の事だったりする。
何故なら地球のウサギに、声帯と呼ばれる器官は無いからである。
たが、ここは異世界であり地球ではない。
だから、この世界のウサギが地球のウサギと違っていたとしても、それは何ら不思議ではないのだ。
例え、彼のウサギが大型トラックを運転し、ビールの配送業務に従事していたとしても。
街道の端でタバコを一服し、仕事の疲れを癒していたとしても。
彼がアサルトライフル【アーマライトM16】モデルガンの安全装置を外し、スコープを覗きながら、ストーカーもどきの事をやっているとしても。
その目が殺人者の如く、冷たい目をしていたとしても。
何ら不思議ではない。
そう、不思議ではないのだ。
「……………」
彼のウサギは相変わらず無言である。
でも、無言ウサギを眺めていてもつまらないので、ここで視点を変え、スコープの中を見てみよう。
スコープには先ほどの先行した馬車、つまり先ほどすれ違った筈のソリタイプの馬車が停車しており、その馬車の前には女の子がいる。
どうやら、走っていた馬車の前に女の子が飛び出し、その馬車を止めてしまった様だ。
『…………』ふぅーっ
スコープを外し、また無言で煙を吐き出す冷たい目の雪ウサギ。
彼は、そのタバコの煙で見事にドーナツを作っていた。それも10個以上。
いったい何がしたいのか。
本当に意味がない行動が多いウサギである。
その時である。
おもむろに集音器を取り出すと、片耳にヘッドホン付け耳を澄ました。
片耳だったのは、ウサギの長い耳にヘッドホンは付けられなかったからである。
ガガッ
スピーカーが雑音を捉え、冷たい目の雪ウサギは雑音を調整しつつ、クリアーな音質を再現する。
ガガガッ
ピュ~ゥ~ウッガガッ
『妖精だぁーーーーーーーーっ!???』
『まあ!?そんなオバケが出たみたいに言うなんて、この子は礼儀がなってないわね!』
『妖精が喋っ』
『あ、もう、それはいいから』
『もごっ!?』
『このホップでも頬張ってなさいな』
『に、苦ーーーーーーい!?』
『あら、失礼』
『カーナ様、この娘、私は見覚えがあります』
『ハンスさん、知ってるの?』
『先日、私のギムレット商会に殴り込んで来た子ですね』
『殴り込み!?やくざなの?』
『ヤクザ?は分かりませんが、その子は、とある皇国エール工房の娘ですね』
『エール工房?』
『そ、そうよ!あ、あんた、ギムレット商会のハンス商会長!?』
『はい、お久しぶりです。お嬢さん』
『そ、そうか。分かったわ。やっぱり、あんたが黒幕だったのね!』
『黒幕?』
『そこに居る妖精と結託して、皇国エールを潰そうとしてるのよ、許せない!』
『えーと?ハンスさん。話が見えないのだけど??皇国エールって何なの?』
『ああ、カーナ様。皇国エールは妖精印ビールが流行る前に皇国のメインビールだった銘柄です。カーナ様のビールが供給される前までは、その銘柄しか無かったもので』
『なるほど。いわゆるクラフトビールかしら?良いじゃない。美味しいよね、クラフトビール』
『な、何が良いのよ!あんた達のせいで、私達はもう、生活が出来なくなるほど追い込まれているのよ!』
『え、それはどうゆう事?』
『妖精ビールは、あるみ缶なる入れ物で長期保存が可能だったり、そのまま顧客に出せたり出来て、同じ値段でも顧客に喜ばれてるの。それに対して私達の皇国エールは、木製の大樽での納品を基本としているわ。だから、顧客からは敬遠されてしまったのよ!』
『まあ、顧客満足度が高いって事なのね』
『顧客満足度!?』
『あ、こっちの事よ。どちらにせよ、地場の生業を圧迫しちゃったのよね。それも、パッケージの良さで選ばれ過ぎたと』
『???』
『ハンスさん』
『はい、カーナ様』
『彼女の工房に向かうわ』
『はい、カーナ様』
『な、何をするつもり!?うちの息の根を止めるつもりなの!!』
『そんな事はしないわよ。まあ、見てなさい。本来クラフトなビールは、工場大量生産品より受けが良いのよ。実力はクラフトビールの方があるんだから』
『??????』
カチッ
『………………』
冷たい目の雪ウサギはアンプのスイッチを切ると、ゆったりと運転席に座り直した。
ふぅーっ
そして再びタバコを吸い出すと、今度はその煙で花の形を作った。
器用である。
彼にとっての監視対象?、に意外な展開があった様だが正直、ウサギにとってはどうでもよかった。
なぜなら、彼?は、此処で運転の疲れを癒す為に休んでいただけだったからである。
あとは、趣味のアサルトライフル【アーマライトM16】モデルガンで殺し屋ゴッコをしていたいだけであった。
こうして彼?の休憩は無事、完了した。
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