第67話 使節団の巻

さて、順調なスベり出しを見せたビール事業は、私の意図しない方向に拡大の一途を辿り、いまや数ヵ国に股がる一大ビールシンジケートを作り上げてしまいました。


本来なら喜ばしい事なのですが、社長業をスベった私は、心ここに有らずであります。


『ホラ、キリキリ働ケ、コノ従業員メガ』


何故なら、最近はこのように28号にこき使われる毎日。

前世の社畜に逆戻りしてしまい、私の背中の羽根もボロボロです。

ああ、せめて前世と同じくネットゲームに埋没したい、そう思う今日この頃であります。



『アラ、アンタ何ソンナ所デ一人黄昏たそがれテルノ?コッチ二オ入ンナサイヨ。オ煎餅、持ッテ来タノヨ』


休憩室の端で佇んでいたら、いつものパート雪ウサギおばちゃん達に呼ばれました。

このおばちゃん達、いつも三羽で集まっていて、時折私を仲間に加えます。


「有り難う御座います。あ、鬼煎餅だ。好物なんですコレ」

『アラー、良カッタワ。持ッテキタかいガアッタワヨ。ソレデ、ドコマデ話タッケ?』

『実ハ、トナリノ雪穴ニ、かっぷるガ越シテ来タンダケド、コレガ馬鹿っぷるデネ。毎日声ガ聞コエテ寝不足デ困ルワ』

「ぶはっ!?」

『アラ、汚イ。つわり?オ腹ハ大事ニシナイトネ』

「つ、つわりじゃありません!」

『ソウ?最近、オ腹、出テキタ気ガシタカラ、てっきりオメデタカト思ッタワ』

「え、ええーっ!?そんな太りました私?」

『ソウネェ、家ノ旦那ナンカ、ビールばっかデ、スッカリ太クナッタワ。モウスグ出産カシラ?』

「それ、ビールっ腹です」

『ソウナノ?テッキリ妊娠シテルカト思ッタワ』

「あの、旦那さん、男性ですよね?」

『アラアラ私ッタラ、間違ッテタワ。雄ガ子ヲ産メル訳ガ無イモノネ』

「……………」



こうして今日も、パート雪ウサギおばちゃん達との井戸端会議は弾みます。

これが日常。


私の最近の風景です。



◆◇◆



「はい、ハンスさん、これ」

「あ、有り難う御座います。これでまた、皇后様にせっつかれずに済みます」

「皇后様?」

「あ、オ、オルデアン様です」


何でしょう?

何時ものようにオルデアンちゃん向けに、スキルご褒美セットから出した【ピチピチプリン三割増量お得特大6個パックセット】を1個も抜かずに渡したのに、急に慌てていました。

最近はオルデアンちゃんの要求が強く、前は五日に1回だったのに、今は五日に4回になってしまってます。

最後の一日分は死守しなければ、私の食べる分がありません。


「あの、カーナ様?明日も頂く訳にはいかないでしょうか?」

「はい!?」


あした?アシタ?明日!?

明日は貴重な私のピチピチプリンの日です。あり得ません!!


「やだぁ、ハンスさん。冗談は顔だけにして下さい」


私はニコニコしながら青筋を立て、ちゃぶ台をひっくり返しすと、飛び上がってハンスさんのほっぺを、ピチピチと、そりゃあ、もう、思いっきりヒッパタイテやりました。

まあ、この体格差。

向こうは、そよ風程度しか感じてませんが。



「カ、カーナ様、冗談な顔って、どんな顔何ですか!?あ、い、いや、冗談じゃなく……これはお願いでして」


ハンスさんは、負けじと私に交渉するつもりのようです。

ですがジョーダンじゃありません。

ダンクシュートを決められても負けるもんですか!


「交渉は余地があるから交渉できます。余地もないのに交渉するなら、商人として失格です。ヨチヨチ歩きの赤ん坊からやり直して下さい」


私は、ハンスさんの目線でホバリングしながら、腕をくんで背中を見せました。


「あ、う、そうですよね。その、今日、お城にある国から使節団がくるのですが、そのオモテナシにピチピチプリンを出したかったんです。それで、他の日の分を前倒しで頂けないかと思いまして……」



ぬぬ、前倒し……これは確かに交渉の余地はありますね。

さて、どうしましょうか。



「使節団……どちら様?」

「ああ、あのガルシア帝国の姫さん向けだそうで、オルデアン様とは仲良しとか……」

「ガルシア帝国……皇国とは敵対関係じゃなかったの?」

「帝国の正当政府の方です。ガルシア帝国は今、二つに分裂して争っておりまして、王室のあるガルシア帝国と、反王室を掲げる真ガルシア帝国に別れて内戦中なのです。勿論、皇国はガルシア帝国王室を援助してますし、私が商売しているのもガルシア帝国の方なのです」


ありゃりゃ、何かと複雑なんですね。

いわゆる、反政府組織が立ち上げたのが、真ガルシア帝国という訳ですか。

すると、あのイケオジ率いる、オルデアンちゃん達を襲った連中はソッチですね。

もう、どこの世界もいますね。

困ったちゃんが。



「と、いう事で、カーナ様。宜しくお願い致します」


こらこら、ハンスさん?

勝手に、確定事項のように言われても困るんですが!?



「はぁ、しょうがないですね。お友達よしみで了承しましょう。ですが、あくまでも前倒しです。なし崩しはっしですよ!」

「はああ、助かりました。有り難う御座います」

「で」

「で!?」

「前々からお願いの世界漫遊の旅、あれでふ」モフッ

「ふ?」


うう、最後まで言い切る事ができませんでした。

理由は、瞬間的にお顔を28号が肉球サンドしたからです。

何してくれてんじゃ、お前!?



『従業員ガ勝手ニ油売ルトハいい度胸ダ。今日ノ残業ハ長イゾ』

まふほふまふへほやふへまだ昼休み中では?」

『トックニ仕事ノ時間ダ。サッサト業務ニツクンダ』



そうでした。

操業中にこっそりと、早上りの雪ウサギおばちゃん達に紛れ、工場から外に出てたのでした。

私は、目が点のハンスさんの前から28号に連行されると、その日は工場内に缶詰めと相成りました。



労働基準監督所は何処ですか。

絶対に訴えてやるわ!

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