第66話 とあるエール製造業者の話

◆ある少女の視点


「あの、取引を止めるって、どうゆう事ですか?」

「どうゆうって、アンタだって分かってるだろ?申し訳ないけど、客が求めるものを売らなきゃ商売になんないのさ。そりゃあ、アンタのところと長年の付き合いは大事だったさ。けど、その看板を出さなきゃ客が来ないんだよ、すまないねぇ」

「……はい、分かりました」


バタンッ


はぁ

閉められたドアに溜め息をした。

断られて何度目だろう。

20軒目までは数えたと思う。


なんでこんな事になったのか。

私は店の出口に掲げてある看板を見て、ガックシと肩を落とした。



【妖精印あります】



妖精印ビール。

先々月から皇国の町や村で販売され、350メルがウチのエールと同じ中銅貨 3枚で売られている新興の蔵元だ。


けど、ウチが木製の10リットル大樽のみの納品に対し、妖精印ビールはアルミカン?なる金属の入れ物に、350メルで小分けにされて入ってくる。


しかもこのアルミカン、店は一々小分けに出す必要はなく、そのアルミカンのまま客に出せて効率的に販売できるらしく、店側の手間を減らす画期的入れ物なのだそうだ。


そして飲み終わって不要になったアルミカン?は、サングラス?を掛けた雪ウサギのような??丸っこい奉公人が回収にくる。


おまけにウチのエールのように雑味がなく、スッキリとした味わいと評判の妖精印は、たちまち皇都人の心を掴んでしまった。



「かーっ、旨い!やっぱり、妖精印のビールは最高だよなぁ」

「そうだ、そうだ、アレ飲んだら、エールなんて不味くて飲めたもんじゃねぇ!」

「はは、じゃあ、今夜も夜店で妖精印、一杯行きますか」

「いいねぇ、行きますか。はははは」



ヒュウッ


私の足元を冷たい風が吹いていく。

すれ違う人々から聞こえるのは決まって、妖精印ビールを褒める話。


昔から皇国の大衆酒は、皇国エールビールと決まっていた。

なのに突然、先月から売り出された妖精印ビールは、あっという間に皇国じゅうの酒屋を席巻せっけんした。


そりゃ旨くて取り回しがよくて、しかもウチのエールより数ヶ月も長期保存が効くなんて敵うハズがない。



でも、おかしいじゃない。



あんなに梱包やら入れ物やらにお金コストがかかっている筈なのに、なんでウチと同じ値段なの?

これ、絶対ウチを潰す為に安値販売してるよね!?


売ってるのは昔からあるギムレット商会だけど、皇国の片隅にある小さな商会だった筈。


それが僅か1ヶ月で大商会の仲間入りだ。

絶対、おかしいよね!?



ギィッ

「父さん、只今。また、断られたよ……」

「そうか、しょうがねぇ」


家に帰ると、父さんが一人でエールの仕込みをしていた。


このエール工房で作業していた職人は先月まで10人が従事していた。

けど、妖精印が出てからは給与も満足に出せなくなって、皆工房を辞めていった。



「レサ、これで仕込みは終わりだ。他のタンクは開けなくていい」

「いいの?仕込みは1タンクだけ?」

「どうせ売れやしねぇんだ。これで十分だ」

「父さん……」



黙々と仕込みをする父さん。

最近はやたら、エールを深酒するようになった。


最初は売れ残るエールが勿体ないって、奉公人や近所に配っていた。

でも奉公人が辞めていき、近所さんも遠慮して断られるようになり、最近は生産量を減らして残るエールを調整していたが、それでも売れ残る日が増えていった。


父さんは根っからの職人堅気。

先代祖父から引き継いだエール蒸留樽を守る為、日々の努力を惜しむ事はなかった人だ。

だから、エール屋が酒に飲まれたら笑い者だって、まったく酒なんて飲んだ事はなかったのに………。



私はまだ大人じゃない。

現在は10歳、成人まであと5年だ。

そして皇国では成人前の飲酒は禁じられている。

だから妖精印ビールも、ウチのエールも飲んだ事は無い。

なので味の違いなんて分からないのだけど、そんなに味に差があるのだろうか?


でも、このままではその5年を待たずして、この皇国エールは潰れてしまうだろう。


だから今日、父さんにナイショで妖精印とウチのエールを各々コップに入れている。

いわゆる飲み比べだ。



「まずは、ウチのエール」

ゴクッ

「ぶふっ!?な、なんか苦い?けど、ちょっといろんな味を感じる?」


なんか果物みたいな味も?

よく分かんないけどコレが、父さんが私にも教えない皇国エール秘伝の味、というものなのだろうか。


昔からエール屋は、各々の店の味を誇りとしてきたって、父が言っていた事があった。

ならこれがウチの、皇国エール蔵元の味なのだろう。


だけど苦い。

苦い味に独特な味や風味がある感じで、粗悪な薬を飲んでるみたいな感じがする。


なんで大人はこんな物が美味しんだろう?

少し喉もヒリヒリするし、あ、なんか頭が熱くなってきた!?


うう、まだ妖精印を飲んでないのに大丈夫かな?

ええい、ままよ!

今度は妖精印のコップを取ると、それを一気に飲み干した。


「ぎゃ!?に、苦い、苦い、ウチのエールより苦いだけ。でも、口の中がシュワシュワが強い?辛さもある?うえ~っ、でも、どっちも美味しくない!」


あああ、目が回る。

なんなの、これ!?

ふええっ、立ってられない。

ドタンッ


結局その日、私は父さんに起こされるまで、自分の部屋で眠りこけてたらしい。

これも妖精印ビールのせいだ。

おのれ妖精印、許すまじ!!


ガタガタガタッ


「あら、地震かしら?」



◆◇◆



◇ナレーター視点



ブロロロッ



皇国エール蔵元の娘、レサが自宅で手を振り上げていた頃、その自宅の前を一台の10tトラックが通り過ぎていた。


ただこのトラック、人間には普通の馬車にしか見えない。

モルト君特製の大型10tトラックは認識阻害魔法が標準装備されており、余程の事がない限りギムレット商会の馬車にしか見えないのだ。




「…………」



運転手はタバコをふかしつつ、辺りに殺気を振り撒いている。

その正体は、全身黒のスーツを纏うサングラスを掛けた雪ウサギ。

何故か、アサルトライフル【アーマライトM16】のモデルガンを持っていた。


ギロリッ


サングラスの奥から感じる無情な眼差し。

それは人を射殺すような冷たい目である。


まさに殺し屋のオーラを持った雪ウサギであった。



注(特に意味はございません)

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