第55話 大▪中▪小

◆カーナ視点


ついについに、この日がきました。

ワクワクが止まりません。


今日はビールの熟成完了日。

ビールタンクのコックを捻る日になります。ビールの最終工程、濾過ろかを完了すれば、黄金のが手に入るのです。

これは幾つかの工程の集大成。

どれか一つでも落ち度があれば、それは直ぐに味に出る。

まさに天の恵みとはこの事ですね。

私は目の前にある、三メートルほどのビールタンクにお祈りを捧げました。


ビールの歴史は古く、紀元前4000年以上昔から。

メソポタミアで人類が農耕生活をはじめた頃、放置してあった麦の粥に酵母が入り込み、自然に発酵したのが起源とされています。

大麦と人類の発展に同時に存在した神の飲み物。それがビールだったのです。


そしてビールの神様がおります。


「口(カ)」を「満たす(シ)」、というのが名前の語源。

心身を満たすようにと、祝福されたビールの女神。

シュメールのビール製法の学説の中には、ニンカシ女神に捧げられた歌を元に再現しているものもあります。

ビールの造り方についての最も古い言説として、古代メソポタミアのニンカシ神話は比較的よく知られており、Ninkasi Brewingという醸造所がアメリカのオレゴン州にあるそうです。


因みに神話の一説に、それを裏付ける部分があります。

▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩

ニンカシよ、あなたがビールを濾して桶に注ぐ様は、あたかもティグリスとユーフラテスの奔流の如し。

▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩


メソポタミアの女神ニンカシ、まさにビールの神様ですね。

おお、ニンカシ、今こそ私に黄金のお恵みを!


『『『『『ニンカシ、オ恵ミヲ』』』』』

『『『『『ニンカシ、オ恵ミヲ』』』』』

『『『『『ニンカシ、オ恵ミヲ』』』』』

『『『『『ニンカシ、オ恵ミヲ』』』』』

『『『『『ニンカシ、オ恵ミヲ』』』』』

『『『『『ニンカシ、オ恵ミヲ』』』』』


はいぃ?!

何か、大勢の雪ウサギがちゅうジョッキを掲げて大合唱しておりますって、ちょっと待って!???

あんたら、その手に持っているちゅうジョッキはどっから手に入れたの!?


総勢1万羽はいる雪ウサギが全員、中ジョッキを両手前足で頭の上に乗せました。

ニンカシ、ニンカシと称えます。


このビールタンクじゃ、直ぐに無くなってしまうんじゃない!?


あるじ、諦めるのだ。前にも言ったが、そ奴らはあるじの思念を読んでおる。あるじの【好ましい】は、そ奴らの【好ましい】と同義になるのだ。だからあるじがやりたいと思う事、好きな事はそ奴らの性分しょうぶんになりつつある。もはやあるじの分身みたいなものだ。兄弟姉妹と思うしかない』


ヒューリュリ様がウンザリしながら首を振りました。

何ですか、その残念な考え方!?

私は、こんな迷惑メール兄弟姉妹を持った覚えは御座いません。


(気力が300削られました。マイナス200になります)

「ナビちゃん最近、私をデスってる?もしかして雪ウサギ達にジョッキ配ったの、ナビちゃんじゃないの?」


(………)

だんまりかい!」


くっ、こうなったらヤケノヤンパチ。

早いもの勝ちでジョッキ生を頂くしかありません!

私は直ぐに亜空間収納からだいジョッキを取り出すと、タンクのコックをひねったのでありました。


『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』

『『『タンクのコックをヒネッタ?!』』』


ここからはビール争奪、大ビール祭りの始まりです。

私は素早く雪ウサギのビール行列に割り込むと、すかさずコックの下にだいジョッキを置きました。

回りの雪ウサギから大ブーイングの嵐です。

ええい、このジョッキは私のよ!

渡すもんか!


「ふんが~っ、ビールは私の命だーっ」


私は一杯にビールを注ぐと、火事場の糞力で自分より大きく重いだいジョッキを空中に持ち上げました。

おりゃあああって、安全地帯にだいジョッキを運びました。


やりました。

無事に雪ウサギ集団を抜け出し、安全圏に離脱です。

ヒャッホー!


あとは高みの見物です。

私はサンクチュアリの端に陣取りタンクの方角を眺めれば、宙を舞うビールジョッキ、そして群がる雪ウサギ。

しかも雪ウサギ達の目が血しばって、もはや尋常ではありません。


ひえぇ、あと一歩遅れたら、あのカオスに巻き込まれているところでした。

私の機転が功を奏した形です。


ピロン

(割り込みは犯罪です)


ナビちゃん辛辣。

でも元々ナビちゃんが雪ウサギ全員に中ジョッキを配ったのが原因でしょ!?

私は悪くないんです!


ブー、ブー、ブー、ブー


雪ウサギ達からブーイングが来ました。

そりゃあね、何を言っても割り込みをした私が悪いのは消せません。

だけどね。

ビール造りの総指揮をした私が最初のビールを味わえないなんて、そんな理不尽はあってはナランのです!

開き直りで結構、もうビールはゲットしたもんねーっ




さて死守したビール、しかも大ジョッキ。

このサイズならビール風呂が楽しめそうです。

妖精特典ですかね。

まあ、しないけど。



タンクに群がる雪ウサギは、その愛らしい容姿とは正反対。

どっかのスーパー安売りに集まる主婦さながら、我も我もと次から次へ。

差し出すジョッキにビールが注がれます。


うは、こりゃ凄い!

飲んだ雪ウサギが周りに絡んでさあ、大変。駄犬が出てきて、こんにちわ。

ウサギさん、我もビールを頂戴ちょうだいなって!?


いつの間にか、ビール争奪戦にヒューリュリ様が参戦しておりました。

まさに争脱線!


「ヒューリュリ様?!」


あるじ、我も飲みたくなったのだ。従魔契約であるじから伝わるのだ。その【ゴキュゴキュ、プハー】がしたくなったのだ』


おおーっ【ゴキュゴキュ、プハー】はさっきから思ってましたが、そうですか。

ヒューリュリ様も飲みたくなりましたか。

私はうん、うん、と頷くと、ニッコリとヒューリュリ様に微笑みました。

そして亜空間収納から、しょうジョッキを取り出し、ヒューリュリ様の肉球に添えました。

はい、どうぞ🖤


『あ、あるじ、我のコップは雪ウサギのより小さいのだが!?』


「そんな事ありませんよ、ヒューリュリ様?気のせいです。ほら、早く注ぎにいかないと無くなってしまいますよ?」


『わ、分かったのだ?!お前達雪ウサギ、我にも欲しいのだ。飲みたいのだ!ちょっと退くのだ』


ピキーン


おおっと、タンクのコックに噛りついている雪ウサギの一団が一斉に振り返りました。

しかも、目が不気味に光っております。

ホラーじゃん!



何かが始まる予感がする、のは気のせい?

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