第14話

『キョウセイ?』


「キョウセイではなく、共生きょうせい。共に生きるの意味です」


あらら、ヒューリュリ様のお顔が、苦虫を噛み潰したように、くしゃくしゃとなってしまいました。

私、そんなに嫌な事を言ったのでしょうか。


『ご主人、ご主人の理想は理解したが、その話しは此処ここだけにさせて欲しい。人間と共に生きるなど、我ら聖獣にとって、到底受け入れられるものではない。皆、一族を、大事な者を人間に奪われている。この森に住む者にとって、その憎しみを今日明日きょうあしたに捨てられるものではないのだ』


ああ、そうでした。

憎しみ、怒り、そういった事に囚われているならば、私の提案は、なんとデリカシーの無いものに写ったでしょうか。

やっぱり私、コミ症なんですね。

まったく未だに、空気を読む事ができてません。

はあ、また自己嫌悪ラッシュです。

もう一度、【ゼロから考え直し】が必要ですね。

どちらにしても、襲ったり、襲われたりの負の連鎖は、何処かで立ち切らなければ、双方ともに未来は無い様な気がします。


私が ロダン考え中をしていると、ヒューリュリ様が立ち上がりました。

ある方向を見つめたまま、無言で固まっております。

一体、どうしたというのでしょう?


グルルルルッ


なんと、ヒューリュリ様が唸り出しました。

まるで何かを威嚇している様です。

私は訳が分からないので、ヒューリュリ様に声をかけてみます。

「ヒューリュリ様、如何いかがされましたか?」


『グルル、人間の血の臭いだ。ご主人!』

「血!?」


ひいっ、ち、血ですか!?

穏やかではありません。

献血中なら別でしょうが、こんな森の中でトマトジュースやTシャツ欲しさに献血をする変わり者が居るとも思えません。


私がおろおろしていると、ヒューリュリ様は一歩前に出て、私を隠します。

何事でしょう!?

「あの…ヒューリュリ様?」


『何かが近づく。風上で近づく迄、分からなかった!』

「?!」


ガサッ


茂みが揺らぎ、何者かが現れるようです。

ヒューリュリ様は身体を低くし、完全に臨戦態勢りんせんたいせいです。

来ます!


ザザッ、ドサッ「!!」


『人間!ニンゲン!殺す、コロス!!!』

「待って!!!」


ぐっ、危ういところでした。

ヒューリュリ様は、前身に漲らせていたオーラの様なものを止めました。

私がヒューリュリ様を止めなければ、この方は完全にあの子を殺していたでしょう。

あの子…そうです。

茂みから現れたのは、豪華なドレスを血に染めた、6歳前後の小さな女の子でした。

女の子は茂みから出た途端、雪の中に倒れ込みました。

何ということ…意識が無い様です!?

いけない、緊急事態です!

私は慌てて駆け寄ろうと、ヒューリュリ様の前に出て、ハタッと足を止めました。


ああ!?

失念しておりました。

この【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】の外は、極寒の冬!

私の冷え症が再燃します。

ヤバいです。

どうしましょう。

ですが、ひと一人の命には代えられません。

私は決心し、ハチマキを頭にぎゅっと巻く素振りをして、一歩、一歩、前にでます。


『いけない、ご主人!それは人間だ。害悪にしかならない。近づいてはならない。今、我が処分する!』

ヒューリュリ様が私の前を塞いで、あの子の間に割り込みます。

しょぶん?ショブン?処分?!

処分って、処分殺すって事!?

こんな小さな幼い子供を、それも意識がなく倒れ込んでいる子を処分殺すですって!!!



◆◆◆



◆ヒューリュリ視点


『いけない、ご主人!それは人間だ。害悪にしかならない。近づいてはならない。今、我が処分する!』


いけない!

これ以上、ご主人を あれ人間の子供に近づけてはならない。

人間は害悪で必ずや、厄災を呼び込む。

ご主人があれ人間の子供に近づく前に、処分殺すしなければ!!

先ほど、ご主人に止められたが、もう躊躇ちゅうちょしない。

このまま飛びかかり、一思いに首筋を引きちぎれば、ご主人も諦めて下さるだろう。

そうしよう!

我は、再び飛びかからんと、風の加護を発動する。

この加護を使えば、原型を止めず、あれ人間の子供を細切れに出来る。

この方が、ご主人の目に触れなくなって良いな!

そうしよう!


は?!

な、何だ?

ご主人の背中からあがる強い力、う、ぐあ?

立ってられない!?

頭ゴナシに力づくで押さえつけられるような、巨大な威圧を感じる。



『アがアアアア!』ザシャッ

ぐっ、ご主人が言葉を発すると、地面に張り付けられた???!

身動き一つ取れないだと?!

一体何が起きているのだ?

あ、ご主人が我に振り向く。

ぐああ、さらに地面に身体が押さえ付けられる。

く、苦しい。

あああ、ご主人が我を睨んでいる。

ご主人から激しい怒りが、分かる、激しい怒り、憤り、理想を理解しない我にたいする失望、も、申し訳ありません。

これは、とても耐えられない。


『ご主人…お許しを。ご主人の意向を無視してあの者を殺そうとした事、深く御詫び致します。どうか、その怒りを収めて下さい』



◆◆◆



雄犬さま、いえ、ヒューリュリ様が私の【伏せ】で、地面にお伏せになっておいでです。


ふう、なんとかなりました。

やっぱり、ワンワンには【伏せ】が有効ですね。

でないと、今にもあの子に襲い掛かりそうでした。

多分、ヒューリュリ様は分かっておいでにならないでしょうが、あの時のヒューリュリ様のお顔は、某映画のモノノ○姫に出でくる母さん狼ソックリでしたよ。

おもわず、赤い絵の具を自分の顔に塗りたぐりそうになってしまいました。


さて、あの子のところまで行かなければなりません。

ハードル冷え症は高めですが、何とか飛び越えてまいりましょう。

あの子迄の距離は、【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】から3メートルくらいしか離れておりません。

普通の方なら大丈夫でしょうが、冷え症の私には、きっと地球の反対側に行くくらいの大冒険になるでしょう。

でも、頑張って今だけ私は勇者になります。

なんちゃらストラッシュです。

なんちゃらストラーーーーーーーシュッ!

ジャンプッ、は▪じ▪め▪の▪いーっぽ!


ぽすっ


うまく両足を揃えて、初めて【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】の外に出る事が出来ました。

ほら、何ともない。

足は膝上まで雪に埋もれましたが、何とかなりそうで………………っ


ヒュウッ、ひんやり


ぎゃああああ、さ、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い

シャレにならない寒さ、まさに極悪の冬!

マジヤバい。

急がないと、八甲田山はっこうださん

二重遭難にじゅうそうなんごめんです。

でも、雪が重くて足が前に進んでくれません。

あ、そうだ。

私には羽根があるのでした。

飛んでしまえば、直ぐの筈です。

こなくそ、でえぇーいです!!


パタパタパタパタパタパタパタパタパタッ


やりました。

上手く飛び上がれました。

これで、あっという間にあの子の元へ着け


ビュウーーーーーッ


あぐあああ、空中の方が寒い風が吹いてます。

あああ、鼻水が出たのですが、垂れた状態で氷柱つららになってしまいました。

このままでは、私自身が氷柱つららになってしまいます。

某映画では、歌いながら氷のお城を作っていましたが、私が作れるのは 鼻水氷柱つららだけです。

現実では、あんな事ができる訳もありません。

やはり、アニメと現実は違います。

アニメは氷の城、私は鼻水の 氷柱つらら…………っ


でも、負けません。

さあ行こう、無限の …………寒ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ


ずぼっ


はあ、はあ、はあ、はあ、何とか、女の子の側に りる事が出来ました。

今にも死にそうです。



私がね!

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