第11話

こうして私とヒューリュリ様は、従魔契約のお陰もありますが、本当の意味で心が通じ合い、お互いの信頼を深める事が出来ました。


けれど私は、一つ、気がかりがあるのです。


ヒューリュリ様に、私の元の姿の事を話した時、ヒューリュリ様は一瞬、険しい表情になりました。

その時の事が、未だに私は気になるのです。

お顔が雄犬さまでも、慣れると、その機微きびまで判るものですね。



「あの、ヒューリュリ様。先ほどの話しの中で、私の元の姿をお伝えした時、ヒューリュリ様のお顔が一瞬、けわしく感じました。気のせいならばよろしいのですが、何か、私が粗相そそうをしておりましたでしょうか?」

ヒューリュリ様は、私の言葉に一瞬、目を見開きました。

その後に、悲しいお顔をしながら、ゆっくりした口調で話し始めたので御座います。


『すまぬ、ご主人。顔に出てしまっていたか。特に、ご主人に向けた感情ではなかったのだが、やはり隠しおおせぬか…』


「ヒューリュリ様…?」


ヒューリュリ様は、空を見上げると、感慨かんがい深げに目をしばつむり、それから再び私の方に向き直りました。

『ご主人、この世界は神に見捨てられた世界。そして、その原因を作った 諸悪しょあく根源こんげんなのだ』


??人間が諸悪しょあく根源こんげん!?」


『人間は、人間同士で昔からあらそっていた。そして、我らをそのあらそいの道具とする為に殺し、魔法の力としてきたのだ』

んん、なんか昔のアニメで、動物を主人公にした様な話しでしょうか?

人間の文明の発展による、自然破壊に対する いきどおりみたいな?


はっ、殺し!?


聞き違いでしょうか。

かなり、穏やかではありません。

「その、ヒューリュリ様。とはどういう事でしょうか!?」


『人間が魔法を使うには、まず、良質な魔石、そして魔石に入れる魔力の元が必要なのだ。そして、魔石は大地から採掘される物と、…魔物や聖獣の体内から取り出す物がある』

土の中から採掘…化石みたいなものですかね?

でも、魔物…は分からないですが、聖獣の体内からって、体内にそのような石?があるのも驚きですが、それを取り出すってどういう事でしょうか。


「あの、ヒューリュリ様。聖獣って、ヒューリュリ様の事ですよね?その、ヒューリュリ様の中に石?が有って、それを取り出して大丈夫なんですか?」

『大丈夫…な訳がない。いかに聖獣といえど、心臓である魔石を取られれば、生きていられる訳がない』


「心臓?!」


何という事でしょう。

ヒューリュリ様は淡々とおっしゃりますが、心臓を取られれば、聖獣でなくとも死んでしまいます。

魔物や聖獣は人間にとって、狩りの対象なのでしょうか?

動物的な生き物は止む終えないと思いますが、ヒューリュリ様のように人語を かいして、会話が可能な者を狩るのは、どうかと思います。


何でしょう。

ヒューリュリ様が狩りの対象になっていると聞いて、心の平静を保つ事が出来ません。

急に、怒りが込み上げて来ました。

許せない気持ちでいっぱいです。


「…許せない…です。そんな、自分達の都合で無闇むやみにヒューリュリ様達を襲うなんて、絶対に可笑しいです!」


『ご主人、我らの為に怒ってくれているのか?ご主人は優しいな』


ヒューリュリ様、口の端を上げてお笑いになりました。

悲壮感が無くて良かったです。

ですが、再び真顔になると、お話を続けます。


『人間共が我らを狙うのは、まだ理由がある。我らのような聖獣やその眷属は、聖なる気を持っている。それは、を払う力があるのだ。我らの血、肉、骨は、全てにおいて穢れが生み出すやまいを癒す効果がある。さらに生きた魔物や聖獣から取り出した魔石には、❪魔力の素❫を込めずともよく、最初から良質な魔法を行使出来る。人間にとって我らの身体は、大変都合が良いのだ』


聞いていて、吐き気をもようしてきました。

まるで捨てるところがない、利用価値が高い食材のような話です。

日本における、鯨やイルカを食べるような話でしょうか。

明らかに高い知能があると判っている彼らを、漁と称して殺し、食す。

テレビで時々ニュースになっていましたが、外国の鯨、イルカの保護団体が日本の伝統漁を批判して、抗議のプラカードを挙げる。

あんな気持ちでしょうか。

あのニュースの度に、鯨やイルカが人間の言葉を話せれば、こんな事にはならないのにって、私は何時も思っていたものです。

けれど、この世界の人間は、あのニュースの話より酷いものでした。

人語を話すヒューリュリ様を、食したり、利用する為に襲うとは、信じられない気持ちで一杯です。


ん?


「あの、ヒューリュリ様?お話の中で魔石は、大地から採掘するものがあるとおっしゃっておいででしたよね?」


『うむ』


「ならば、全ての魔石を大地から採掘するようにして貰えば、ヒューリュリ様達が襲われなくなるのではないでしょうか」


『その場合、魔石には❪魔力の素❫がからなのだ。だから、❪魔力の素❫を込めなければならない』


ああ、なるほど。

ヒューリュリ様達を襲った方が、何かと効率的な訳ですか。

何だか、くその論理です。


んん?


「あの、❪魔力の素❫とは何でしょうか?」


『❪魔力の素❫とは、生き物の【生命力】だ。奴らの魔法で生き物の【生命力】を魔石に注ぎ、魔力に変換する。【生命力】は、その代償になった生き物のたましいの力に比例して大きくなる。だから、代償に使う生き物は我らのような聖獣を使う方が、より多くの【生命力】を得られるのだ。そして、代償にされた者も命がない。たましいを奪われるのと同義なのだ。生きていられる訳がない。しかも、魔力は使えば減ってしまうし、魔石もある程度使用すると、割れて塵になってしまう。また、それを手に入れる為に我らを狙うという訳だ。当然、代償にされた者達の怨念は行き場を失い、穢れとなってこの世に害を成す。アンデットやゾンビ、やまいの素になるのだ』


魔法とは、なんと不経済で非効率、しかも罪深いものなんでしょうか。

そうまでして、魔法を使う意味があるのでしょうか。


「その、ヒューリュリ様?彼ら人間は、何故なにゆえ、其処までして魔法を使うのでしょうか」


『それは、この外の状態にある』


「外の状態?」


『ご主人、今、ご主人から見えている外は、御覧の通り、雪の積もった冬の状態だ。ある時から季節が止まり、一年を通して冬の世界になってしまった。原因はわからぬが、我らは神が、この世界を見捨てられたせいだと思っている。おそらく人間の争い事に呆れ、この世界を離れられたのだ。その為、この世界の人間は魔法で疑似的な春の空間を作り、その中に住まうようになった。その空間の中では、一年中を春の季節にする事ができ、そこで農耕や牧畜を行って生活する事が、普通の状態になっている。だが、それを維持する為には、絶えず大量の魔石と代償が必要になってくる。それを確保する為、人間達は我らを襲い、人間同士で奪い合うのだ』


ああ、何という世界に私は転生してしまったのでしょう。

この世界は、誰かの命を糧にしなければ、生活すら出来ない世界でした。

あまりの命の軽さに、恐怖と嫌悪と吐き気しかありません。

恐ろしい世界、何とか日本に帰れないものでしょうか。

もし、日本に帰る事が出来るなら、一番に家族にヒューリュリ様をご紹介致したく思います。

あの家族なら、直ぐに受け入れてくれるでしょう。

特に妹は、家犬を飼いたいと申しておりましたし、両親は最近物騒だし、運動不足なので、毎朝の散歩犬を欲しておりましたから、きっと大喜びでしょう。

勿論、お尻に狂犬病のお注射をブスッとして、注射完了犬シールを貰わないといけませんが。

は?

ヒューリュリ様は、人語を解する聖獣様。

雄犬さまのように扱っては、失礼で御座いました。

やはりタキシードを着せて、靴を履かせるべきでしょう。

某ケータイ回線会社の宣伝マスコットか、政治家に立候補出来そうです。

【聖獣の聖獣による、聖獣の為の政治】でしょうか。

私は差し詰さしづめ、その秘書でしょう。

なんか凄そうです。


『ご主人、如何いかが致した?』


は?!

また私ったら、有りもしない妄想にふけってヒューリュリ様を忘れておりました。



「その、ヒューリュリ様、とてもお話が恐ろしくて、少し現実逃避しておりました」

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