第10話

「あの、それでヒューリュリ様。此方では狂犬病という病気はありますか?」


『ビョウキ、病気か?ご主人、先刻も申されておったが、それは、どのような病気なのだ?』

「え、えぇっと?」


あれ?

そういえば、狂犬病ってどんな病気でしょう。

たしか…誰彼構わすキスをしたくなる病気でしたか?

いや、それだと、ただのキス魔ですよね。

んん??


「その、専門家でないのでハッキリ覚えていないのですが、…誰彼構わず、キスしたくなるみたいな?」

『それは人間達の間で交わす、愛情表現的なものの事か?』


「多分?」

『ご主人、何故に疑問系なのだ?』


あらあらあら、どうしましょう。

本気で、狂犬病の症状が分かりません。

一歳にして、若年性アルツハイマーは困ります。

『キスをしたくなるやまいは知らぬが、噛んだり、殺されたりすると、やまいのように広がっていく、やまいより恐ろしいものがある』


「え、やまいよりも恐ろしいもの!?」

病気より怖いって、それは一体何でしょうか?

ネットショッピングのポイント失効より、怖い事なんでしょうか?


『怨念と魔力が融合した者達、スケルトンやリッチ、ゾンビの類いだ。奴らは、人間が使う魔法により 、けがれた たましいに成った者達。成仏出来ずにさ迷いだし、命ある生者を襲い、噛みつき、殺すのだ。奴らに殺された者のたましいは、同じようにけがれ、現世に留まり、さらに罪を犯していく事になる』


ひぃいいいーっ?!


想像していたものより、本気でホラーに怖いほうでした。

なんちゃらハザードじゃないですか。

私、お化けは、黒カサの次に怖いんです。

心拍数がAE86トレノして、峠を攻めまくっております。

勿論、愛原とうふです。


え?

黒カサが何かって?

そんなの、夏がくーれば思い出すっ、ですよ!

夏場、キッチンの風物詩です。

某殺虫剤メーカーのペーパーハウスには、大変お世話になりました。

あ、絶対、ペーパーハウスの中は見ないで、ゴミ箱に捨てましょう。

見ると、その夜は寝れませんよ?


ちょっと脱線しましたが、とにかくホラーは勘弁です。

「あの、すると、狂犬病になる方はいらしゃらないのでしょうか?」


『そのような病気、我は分からん。そもそも我は病気にはならん。聖獣だからな』


お胸を張って、自慢気に言われたヒューリュリ様で御座います。

病気にならない!?

なんですか、その某ラノベの如く、ご都合主義の権化みたいなものは。

あ、それなら【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】も似たようなものですか。

ゲームの内容だったので、普通に流しておりました。

そう考えると、とんでもないですね。

そういえば、ステイタス欄に【聖獣せいじゅうフェンリル】ってありましたね。

性獣せいじゅうでなくて良かったです。

別に欲求不満じゃないですからね。


『この森に住まう獣は、ほとんどが聖獣とその眷属。我の眷属である銀狼もな。ここは、神が最初に作り出した神の森。この世界のもっとも最古からある聖なる土地。そこに生きる動植物は、全て神が直接お作りになった聖なる生き物なのだ。だから、我ら聖獣は世界の最古から共に有る』


「最古から?ヒューリュリ様、お歳はおいくつなのですか?」

『わからぬ。数えた事もない。ただ、神からこの森を守るように言われ、長い年月を過ごしてきたのだ』


地球でいえば、恐竜がまだ生きていたくらいに、インパクトのあるお話です。

神から与えられた命令を、ただ、ひたすら、お一人で守られてこられたのですね。

なんとも、ブラックなお話です。

私?

18連勤はブラックだろうって?

転生前に教えて下さい。

どちらにせよ、ヒューリュリ様やこの森の動物達に、狂犬病にかかるものは居ないようです。

私の今までの心配は、まったくの無駄でしたね。

早く言って下さい、ヒューリュリ様。


『ところで、ご主人。ご主人は、一体何処から此方に来られたのだ?今まで、ご主人のような種族は、この森には居なかった筈』


さて、この質問に、私はどう答えたらよいのでしょうか。

VRゲームをしていたら、いつの間にか転生していたのです。

こんな事を言う者を果たして、ヒューリュリ様はお信じになられますでしょうか。

そもそもVRゲーム自体、説明出来るか分かりません。

取り敢えず実際の事は伏せて、外国から旅をして、道に迷ったくらいの話しにした方が良いのでしょうか。

けれど、何故か分かりませんが、ヒューリュリ様には嘘をつきたくありません。

話せる事だけ、お伝えしたく思います。


「正直、自分も未だに混乱しているのですが、気がついたら今の姿でここに居たのです。前は全く別の姿、別の世界の人間だった筈なのです」


『別の世界の人間……左様ですか。すると、ご主人は元はだったと?』


「はい、左様です。人畜無害な虫も殺せない、ごくごくありふれた一般のOLで御座いました」


何でしょう。

ヒューリュリ様の声のトーンが、僅かに下がった気がします。

やはり、本当の話をするべきではなかったのでしょうか。


『おーえる…とはなんですかな?』


「はい、OLとはオフィスレディの略語で、所謂いわゆる、職業の事です。主に計算ごとをして、書類作成をしておりました」


『……なるほど…………』


ヒューリュリ様が、私を見つめたまま、微動だにしません。

眉間に、シワを蓄えております。

ああ、やはり本当の話をするべきではなかったのですね。

こういうところが、コミ症ゆえの空気を読まない事なんです。

はぁ、ヒューリュリ様に嫌われてしまったかもしれません。

また、自己嫌悪案件が発生です。

だいたい、別の世界から来て、姿、形が変わったなんて荒唐無稽こうとうむけいな話、普通の感覚からすると、信じられる訳もありません。


『…ご主人、その話、信じましょう』


どうやらヒューリュリ様は、普通じゃない感覚の持ち主のようです…。


『ご主人。ご主人は、我がご主人の話しを信じた事を不思議に思っておられるのかな?』


ドキリンコッ、何でしょう!?

私の思っている事を、読まれた気がします。

「…はい……」


『我は今、ご主人と従魔の関係にある。従魔と主人との間は、怒り、嬉しい、悲しい、楽しい、等々のな感情の動きは、分かるようになっている。だから、ご主人の話しは、全て信じられるのだ』


ええーっ、私、サトラレになってました?!

ヒューリュリ様と、心が繋がってるという事でしょうか。

なんだか、大変恥ずかしい状況です。

私の、あれやこれやがヒューリュリ様に筒抜けになるという事でしょう。

あああ、私のプライバシーはいったい何処へ行ってしまったのでしょうか。


『ご主人、誤解をしている様だから、もう一度言うが我が感じるのは、意識の表層の部分だけだ。ご主人が何を考えているか、具体的に分かる訳ではないので、安心してほしい。先ほども言ったが、強い感情に左右されるような起伏きふくの部分が感じとれるだけなのだ』


「そうなのですね、分かりました。私は、ヒューリュリ様を信じます」


ヒューリュリ様が私を信じてくれている以上、私もヒューリュリ様のお話は、全て信じる事に致しましょう。



それこそが信頼であり、親愛に繋がる事ですから。

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