第6話
「……………」
『………………』
うう、地面が冷たいですが、致し方有りません。
…早く立ち去って下さい。
私は死体です。
すでに腐りかけの死体です。
食べたら腹をこわしますので、さっさと立ち去って下さい。
「……………」
『………………』
しーん
たらたらたらっ
冷や汗が止まりません。
誰か、この張り詰めた空気を何とかして下さい。
何でしょう。
この無駄に続く静寂は?
うう、うつ伏せ状態ですので、背後の状況が判りません。
まだ居るのかな、雄犬さま?
ぱくっ
ひーっ、背中の羽根を噛まれました?!
そのまま空中に引き上げられて、足がぶらん、ぶらん、しております。
もう、駄目です。
死んだフリ作戦は、失敗でした。
い、嫌です、嫌だ、嫌ーーーーーーーっ!!
私は、足をバタバタさせて足掻きます。
こんなところで、死にたくありません。
まだまだ、やりたい事があるのです。
背中の羽根、引っ張られて痛いです。
ちゃんと、神経が通ってる事に初めて気付きました。
今さら気付いても遅い感、いっぱいです。
転生して、僅か数日の生涯でした。
「うえーん、うわーん、うわーん、うわーん、うえーん、うえーん、うわーん」
私は年甲斐もなく、泣き出してしまいました。
何だか、自分の感情を制御できません。
あとから、あとから、悲しい気持ちが込み上げて、どうにも止まらないのです。
ああ、せめて一思いに痛くしないで食べて頂けると助かります。
願わくば、ここで死んだら、病院で目を覚ますとかだったらいいのに。
せめて最後に、大好きだったイチゴのショートケーキを食べたかったです。
あ、そういえば、ケーキの食べ放題も行ってないし、ビアパパのシュークリームも食べてない!
銀座の高級カフェ店で、山盛り10000円パフェ、たらふく食べたかった。
うえーん、未練有り過ぎで死にきれないよぅーっ!
ポスッ
ん!?
あれ、ここは?
私は空中から無造作に落とされましたが、そこは雄犬さまの口の中ではありません。
でも、ここには見覚えがあります。
朝方に私が
まだ、お腹いっぱいで保存食という事でしょうか。
は?!
そうでした。
私は飛べるのでした。
でも、飛行可能時間は、余り長くはありません。
滞空時間は3分位でしょうか。
某怪獣退治の宇宙人と、活動限界が同じです。
それ以上は、羽根が痛くて飛べないのです。
うう、宇宙人みたいにシュワッチして、太陽光を浴びに飛んで行く事も出来ません。
その羽根は飾りかって?
仕方がないじゃないですか。
まだ、不慣れで上手く飛べないのです。
余計なところに、力を使ってしまっているのでしょうか。
どちらにしても、飛び続ける事が出来ない以上、飛び上がっても僅かに寿命が伸びるだけです。
…悩んでもしょうがないですね。
もう、なるようになれです。
『泣き止んだか?怖がらせてすまなかった』
はて?またまた幻聴が聞こえます。
しかも今度は、あの雄犬さまが振り返り、その口に合わせて誰かが腹話術をしてきます。
判りました!
この腹話術をしているのが、全ての黒幕ですね。
雄犬さまをけしかけ、私が窮地に陥るのを、何処ぞで見て、ほくそ笑んでいるのでしょう!
なんたる悪逆非道な黒幕でしょう。
『我は、そなたに決して危害は加えぬ。どうか、怖がらないでくれ。そなたが悲しむと、我はもっと悲しい。どうか、どうか、我を受け入れて欲しい。お願いだ、小さき尊き者よ』
ああ、雄犬さまが伏せの体制になりました。
微動だにしません。
え、まさか本物??
私は、雄犬さまの背中から降りると、恐る恐る、雄犬さまのお鼻の前に参ります。
そして、私がゆっくりと雄犬さまのお鼻を撫でると、雄犬さまは涙を流したではありませんか。
何という事?!
「あの…もしかしたら、私にお話しされておりましたか?」
『やっと、やっと、我の声を理解してくれたか。その通りだ。ずっと、そなたと声を交わしたくて、声をかけていたのだ』
何と、何と、そうだったのですか。
本当に、申し訳ありません。
ああああ、それにしても、真っ白ワンコの雄犬さまが、真っ赤な目をして泣いているので御座います。
なんと、胸を抉る光景でしょう。
はい?
皆様に伝わらない??
なら、なんちゃらエンディングストーリーに出てくるワンコ▪ドラゴンそのものが、目の前で泣いておられるのをご想像されれば、皆様もお分かりになるでしょう。
なんと、ディープインパクトに私の胸に突き刺さるのでしょうか。
しかも、この状況を作り出したのが私、本人というのも頂けません。
疑り深いのも良し悪しでしょうか。
全くもって、自己嫌悪の私です。
はぁ、とにかく誤解が解けたのですから、この雄犬さまともっと語り合いたく思います。
でも、何から話したらよいのでしょうか?
実は私、とんでもなくコミュ症なんです。
え?商社のOLが其でいいのかって?
しょうがないじゃないですか。
私の所属は、経理課ですよ。
お客様なんて、銀行のお偉いさんで、ほとんど糞上司と胡麻擦り課長が応対してるだけで、お茶汲みは若手OLがやってましたから、人との接点ないですよ。
朝6時に出勤して、夜22時までみっちりエクセル漬け。
そんで23時に帰宅して、その後はVRゲーム【フローラ▪フェアリー▪オン▪ライン】
そりゃ、コミ症になるでしょう。
『すまぬ。何か、悩ませてしまっただろうか?』
ああ、とうとうシビレを切らした雄犬さまが、私に話しかけてまいりました。
取り敢えず、何か話さなければなりません。
「あ、あの、その、いい
は?!
こんな
しかも、さっきまで虫の息だった雄犬さまに、『お元気』って聞くなんて、私のコミ症、ここに極まれりです。
もう私ったら、本当に空気が読めない人間なんです。
だって、会社の部長が社外取締役と懇談中に資料提出に伺った際、部長のカツラがいつもと逆になっているのが気になって、『部長、カツラが逆ですよ』って伝えたら、真っ赤な顔で部長に睨まれたんです。
その時は、その意味がわからず、社外取締役さんは、『プッ』って笑われたので、あ、良い雰囲気でお話し出来てるので良かったと思っていたのですが、後で部長に凄い怒られました。
接客の場でカツラの話しをしては、いけなかったんですね。
あ、それ以前に部長さん、自分がカツラだと周りに気づかれてないって思ってたらしく、私が暴露したみたいになっていた様でした。
いや、皆、知ってましたよ?
そんな私ですから、この場で気の効いた言葉を出せる訳もありません。
参りました。
ここから、何を話せばいいのでしょう?
「………………………………………………」
『………………………………………………』
雄犬さまを見上げて、愛想笑いのままフリーズしてる私です。
雄犬さまも、お顔に困惑の色が出ております。
早く、何かを喋らなければと思うのですが、頭の中が真っ白で何もありません。
そもそも、雄犬さまへの気の効いた話って何でしょう。
美味しい骨の見分け方とか、初めて食べたお肉は何のお肉とか、こんな事でよろしいのでしょうか。
それとも、次回発売の新しいドッグフードの話題に触れれば、お話しは弾むのでしょうか。
あ、そうだ!
肝心な事を聞いておりませんでした。
「あの、雄犬さま?狂犬病の予防接種は御済みでしょうか?」
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