第7話

『キョウケンビョウのヨボウセッシュとはなんだ?小さな尊き者よ』


「は?ご存知ない?!それは不味いですね」

『不味い?それは、何かの食べ物なのか?』


あらら、話しが噛み合いません。

もしかしたら雄犬さまは、狂犬病の予防接種をしていないかも知れません。

不味いです。

私、先ほど羽根を、雄犬さまに噛まれておりますよね?

あと、毛皮ベッドへの移動も、ヨダレたっぷりのあの口で、ご移動頂いたかと思います。


んーっ、でも【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】の中なら、あらゆる病気が無効になる効果がありますので、今は気にしなくても大丈夫ですか。

最近、心配症の私でしたね。

雄犬さま、気分を害されたのではありませんか…んん?一人、納得している私に首を捻ってるだけで、特段お怒りという訳ではない様です。

ただ今後の事もあるので、【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】の外で活動されるのであれば、狂犬病の予防接種は必要でしょう。

ここに来て、誰も居なかった私です。

せっかく見つけた話し相手を、狂犬病でみすみす死なせる訳にはいきません。

私?

勿論、私は【小さな箱庭グリーン▪サンクチュアリ】から出るつもりはありません。

だって、冷え症ですもの。

とにかく、雄犬さまの予防接種の為、あとで狂犬病抗ウイルス薬の生る木が必要ですから、また次の種を代償にしなければなりません。

はあ、頭が痛いですが仕方ありません。


『それで、小さな尊き者よ。悩み事は済んだであろうか?』


は?また私は、雄犬さまを放っておいて、1人で悩んでしまっていたようで御座います。

とにかく雄犬さまには、予防接種の重要性をお伝えしなければなりません。


ん?


「あの、雄犬さま?『小さな尊き者』とは誰の事ですか?」


『そなたの事だ。そなたは、かつてこの森を治めていた、尊き方に似ているのだ。だから、その呼び名しか思いつかなかった。気分を害したのであれば、申し訳ない』


「滅相も御座いません。私の名前が判らなかったのですから、仕方がない事です。私も、貴方様の事を、勝手に雄犬おいぬさまとお呼びしておりました。自己紹介がまだでしたね。私の事は、愛原あいはらかなえと申します」


『アイーハ、カーナ?』

愛原あいはらです」


『アイーハ、?』


はあ、どうやら日本語の発音は聞き取れない様ですね。

ん~っ、異世界あるある大辞典です。

仕方ありませんね。

ステイタス表示の通りにお伝えした方が、良いかも知れません。


「言い直します。カーナ▪アイーハです。どうぞ、宜しくお願い申し上げます」

『我は、ヒューリュリという。この森を守る守護者を務めている』


「ヒューリュリさんですね。どうぞよろしくお願い致します」


なんか、演歌の越冬えっとうなんちゃらの歌詞みたいな名前です。

私の冷え症的には感化出来ませんが、個人名をとやかく言うつもりはありません。


ピロン

『妖精の森の守護者、聖獣フェンリルの救出に成功しました。花妖精レベルがに上がります。フリージアの球根が召喚可能になりました』


▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩

名前▪▪▶カーナ▪アイーハ(異世界転生者)

レベル▪▶5(?)

種族▪▪▶花妖精(新種族)

羽根▪▪▶銅色

容姿▪▪▶金髪▪碧眼▪白い肌▪長耳

衣服▪▪▶春のワンピース(淡ピンク)

性別▪▪▶女

年齢▪▪▶1歳(寿命未設定)

身長▪▪▶10cm

体重▪▪▶秘密

バスト▪▶絶壁(成長次第)

ウエスト▶これから(さあ?)

ヒップ▪▶まだまだ(ガンバ)

特技▪▪▶タンバリン応援(?)

スキル▪▶亜空間収納

スキル▪▶銅鱗粉【成育空間システム化】

スキル▪▶種▪球根召喚

スキル▪▶テイマー

従魔▪▪▶聖獣フェンリル(個体名ヒューリュリ)

▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩▩


何故か、花妖精レベルが5に上がり、フリージアの種が召喚可能になりました。

この雄犬おいぬさま、いえ、ヒューリュリ様を助けた事は、イベントだった様です。

おまけに、勝手にステイタスが表示されました。

どういう事でしょうか。

んん!?


私の名前が、カーナ▪アイーハ(かなえ▪愛原あいはら)から、カーナ▪アイーハ(異世界転生者)に変わっています。


ガーン……。


異世界転生者…やはりVRMMO(仮想現実)の中では無いのですね…。

何という事でしょうか。

レベル上げでカンストすれば、ゲームクリアで現実世界に戻れるかもと、僅かな可能性にすがって自分を納得させてきましたが、やはりというか、完全に全ての希望を打ち砕かれました。

半ば、覚悟していた事とはいえ、こうやって実際に目にすると、かなり堪えるものですね。

はは、もはや言葉もありません。

私は、ガックシと膝から崩れ落ちました。


『カ、カーナ▪アイーハ、如何いかが致した?何処か、身体が悪いのか?』

「…大丈夫です、ヒューリュリ様。ちょっとだけ、時間を下さい。お願い…」


『あい分かった。…我の胸を貸そうか?』

「はい、お願い…します」


ああ、ヒューリュリ様。

貴方は男前ですね。

私の機微を感じ取って、適切な言葉をかけて頂けるとは…。

さっそく、胸を使わせて頂きます。

私は、伏せ状態からお顔だけ上に上げて空いた、ヒューリュリ様のお胸の部分にすがると、そのまま声を殺して泣きました。


覚悟はしていたのです。

でも、半分覚悟が足らなかったようです。

涙が止まりません。

後から、後から、止めどなく涙が滲み出て参ります。

走馬灯そうまとうごとく、両親や弟、妹達の事が頭に浮かんでまいります。

私、離れていたとはいえ、両親や弟、妹達には絶えず連絡を取り合っていたのです。

弟の就職相談や妹の恋ばななど、聞き上手という位置付けであったのかも知れませんが、よく話しておりました。

私としては、家族とは離れていても、愛し愛されていたと思っております。

勿論、長年の付き合いのある親友もおりました。

彼女は結婚しましたが、その後もメール、電話のやり取りは続いておりました。

そういった皆の顔が頭の中に浮かんでは消え、学生時代、子供時代の思い出と、その先にある大切な何かの光の思い出が通り過ぎていきました……。

そして……………………。



▩▩▩



ヒューリュリ視点


…どうやら、カーナは眠ってしまったようだ。

われは、眠っているカーナを優しく抱き込み、大切に保護をする。


間違いない。


この者は、あの方の再来なのだ。

だが、この事が知れれば、人間どもは我先にこの者を奪いにくるであろう。

この者を得る事は、世界を得る事と同義となるからだ。

これは恐らく、神が去る時に残した最後の希望。

もし、この者を守る事が敵わぬ時は、世界の終わりとなるであろう。



だから、我は守る。

この命尽きようと、あらゆる悪意からこの者を守ろう。

我が眷属とともに、全てを掛けて…。

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