第58話 勇気の代償

「やばいやばいやばいやばい……」


 オカルト部での講演が終わり、白崎に軽く怒られた後。

 超科学部に戻った俺は冷静になって焦っていた。


「どったの黒川きゅん?」

「顏だよ! 武藤先輩にボコられて腫れちまった!? こんなん母親に見られたら心配される!?」


 小暮先輩の件でチンピラに殴られた時も誤魔化すのに苦労した。あの時は雨で濡れたマンホールに滑って転んで電柱に頭を打ったという事にしたのだが、正直苦しい言い訳だった。母親も半信半疑でまた俺がイジメらているんじゃないかと疑っている様子だった。


 そんな所にこの顔で帰ったら絶対に疑われる。

 なんて言い訳をすればいいのか。


 武藤先輩やオカルト部の連中に勇気を与える為には必要だったとはいえ、マズい事になってしまった。


「正直に話せばよくない? 黒川きゅんは良い事したんだし?」


 事情を知った一ノ瀬達も「だよな?」と頷く。


「それが出来ないから困ってんだよ! その、なんだ……俺はいじめられっ子だったって言っただろ? その事で母親は物凄く過保護になってんだ! 心配させると嫌だから、お前らや黒川教の事だってちゃんとは話してないんだ。今更そんな話したって信じてくれねぇよ!」


 母親は俺が男友達と仲良くゲームをしていると思っているのだ。いや、友達とゲームという点は間違っていないのだが。母親は俺が以前嘘告された事を知ってるし、女友達とか言ったら絶対に騙されていると怒るだろう。


 そうでなくとも黒川教とか意味不明過ぎて信じて貰えるわけがない。

 いじめっ子に脅されて下手な言い訳をしていると思われるのがオチだ。


「最悪釘バット持ってバイクで学校に乗り込んでくる! そうな事になったら大騒ぎだ!?」

「いや、どんな母親だよ……」

「なんか、色んな意味で黒川きゅんのママって感じだね」

「言ってる場合か! そろそろ帰んないと心配されるし……なぁ西園寺! 傷を隠せる便利道具とか持ってないか!?」

「黒川君。君はボクの事を未来から来た便利な猫型ロボットかなにかだと思ってないかね?」


 呆れた顔で西園寺が言う。


「うっ、だよな。そんな都合の良い物あるわけないか」

「いや、言ってみたかっただけだ。もちろんあるとも。演劇部の依頼で作ったラバーマスク製造機がある。3Dプリンターの応用だ。元の顔を複製するだけならデザインの必要はない。スキャンして成形するだけだ。専用の速乾ラテックスの乾燥込みで三時間もあれば完成する。この装置の凄い所は画像データからでもマスクのモデルを作れる事で――」

「えーなにそれ! 面白そう! 黒川きゅんのマスク作って部屋に飾りたい!」


 やめろ。悪趣味すぎる。

 てかあんのかよ! やっぱすげぇな西園寺は。

 けど。


「三時間か……急遽友達の家でドラハン会って事にすればギリギリ行けるか?」


 厳しい所だ。以前ならともかく、最近は母親も疑っているからそういったイレギュラーな行動は控えるように言われている。余計に怪しまれそうだし、そもそもいくら西園寺の発明でも実の息子の顏がマスクかどうかなんて流石に分かりそうだ。


「てか西園寺、それ大掃除の時に捨ててない? 脚本に口出ししたら演劇部と喧嘩になったんだとか言って怒ってたじゃん」

「そうだった。流石一ノ瀬君、ボクの第二のママなだけある。頼りにしているよ」

「勝手にママにすんなし!?」

「それくらい信頼しているという事だ」

「やったねアンちゃん! 娘が出来たよ!」

「嬉しくないって!」

「嬉しくないのかね……」

「いや、そうじゃないけど……。あぁもう、桜、ややこしくすんなってばぁ!?」

「えへへへ」

「いや、ないんじゃ意味ないだろ……」


 あとそれ、小暮先輩の時みたいに誰かが持ち去ってたらヤバくないか? 

 他人の顔を作れる機械とか、悪事の匂いしかしないんだが。

 心配だが、今はそれどころじゃない。


「じゃあ、メイクで隠してみるとか?」


 一ノ瀬が提案する。


「出来るのか?」

「うーーーん」


 少ししゅっとしてきた下顎をフニフニしながら、じぃっと一ノ瀬が俺を見つめる。


「あ、あんまり見るなよ。恥ずかしいだろ……――いでぇ!?」


 そして例によって白崎にお尻を叩かれる。


「浮気禁止!」

「してないだろ!?」


 もう、なんなんだ!? 

 最近ちょっと厳しすぎるぞ!


「だって黒川きゅん、普通にモテそうな感じになってきたんだもん。あたしの事、いまだに彼女だって認めてくれないし。不安になるのも当然でしょ!」


 下唇を尖らせて、拗ねた顔で言うのである。


「そ、それは、だって……」

「だってなに? 言い訳があるならいつでも聞くけど?」

「ご、ごめん……。その、白崎の気持ちは嬉しいんだけど……」


 急に白崎が泣きそうな顔になった。


「うそやだ聞きたくない!? ここまで来て振るなんてやだよ!?」


 いや、そんなつもりではなかったのだが。

 ……じゃあ、どういうつもりなのかという話だ。

 わからない。

 いや、それは嘘だ。

 現に俺は、罪悪感で胸が張り裂けそうになっている。


「……ごめん。もう少しだけ、時間をくれ……」


 あぁ、俺は醜い卑怯者だ。

 白崎の気持ちを分かっていて、いまだに逃げ回っている。


 でも、怖いんだ。


 こんな立派な奴の気持ちを受け止める事が出来るのか。

 こんなすごい奴の隣に立つ事が許されるのか。


 まだ俺は、こいつと対等な存在になれていない。


 そんな俺を、白崎はホッとした様子で睨みつける。


「あーびっくりした。もう! 脅かさないでよ!」


 そしてデュクシデュシと脇腹を突いてくる。


「うひゃは!? や、やめろって! ――いでぇ!? 今度はなんだよ!?」


 一ノ瀬が尻を抓ってきた。


「色んな意味でムカついたから」

「わ、悪かったよ!」


 一ノ瀬は白崎の事が好きなんだから、こんな煮え切らない態度を見せつけられたらそりゃムカつくだろう。それは本当、申し訳ないと思う。


「あと、やっぱメイクは無理だと思う。隠せなくはないけど、お母さんの目は誤魔化せないと思うし」

「……だよな――うぉ!? だからなんでだよ!?」


 西園寺にお尻をツンツンされ、びっくりして飛び上った。


「楽しそうだからボクも混ざりたかっただけだ!」


 ニッコリ幼児スマイルで言われては怒れない。

 俺はお前らの玩具じゃないんだぞ!?


 ともかく。


「どうすりゃいいんだ俺は……」

「もうさ、面倒だから全部正直に話しちゃえば?」

「それが出来れば苦労しないんだって!」


 頭を抱える俺に、白崎はドヤ顔でクイクイっと自分の顔を指さした。


「だからさ、私が一緒に行って嘘じゃないって説明してあげるよ」


――――――――――――――――――――――――――――


 デュクシした事のある方はコメント欄にどうぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る