第59話 修羅に釘バット

「…………なんじゃこりゃあああ!?」


 愕然として叫ぶ。


 二年生になってから玲児の様子がおかしい事は玲子にも分かっていた。

 まさかまた、クソガキ共のイジメの標的にされているのでは……。


 そう思って心底心配した。


 そしたら玲児が友達に誘われたとか言ってパソコンでゲームをしだしたから、玲子は吐く程嬉しかった。


 ついにうちの息子にも友達が出来た!?

 いや、出来ないわけはないのだ。


 玲児は本来、正義感の強い心の優しい思い遣りに溢れた良い子なのだ。


 ただ、顔が旦那に似て悪魔的なだけ。

 そしてちょっと環境が悪かっただけなのだ。


 学校は閉鎖的な世界だ。同じ人間が集まっているから、一度出来てしまった悪い流れは簡単には変えられない。小学校でイジメられた中学校でもイジメられる。周りの人間が同じなのだから当然だ。そして、閉じた社会で生きるには玲児はあまりに純粋過ぎた。


 顔のせいで悪魔だなんて呼ばれていたから、その分正しい事をしよう、良い事をしようとして、クソガキ共に目をつけられたのだ。


 玲子が気付いた時にはどうしようもない状態だった。勿論、玲子なりに出来る限りの事はした。けれど、玲子も若かった。旦那には早くに先立たれ、一人息子という事もあり子育てのノウハウもない。


 なにより玲子は元ヤンだった。

 レディースでは当時最大のグループ、アマゾネスのヘッドだった。


 旦那ともその縁で知り合った。

 バリバリのスケ番である。


 目には目つぶし、歯には砂利を噛ませてぶん殴れがモットーだった。


 いじめられた事なんか一度もないし、いじめられっ子の気持ちも分からない。

 まさかそんな自分の息子がいじめの標的になっているなんて夢にも思わなかった。


 それでも体当たりで頑張ってみたが、旦那と同じで不器用な子だ。

 心配させまいと耐えに耐え、ある日ボカンと爆発してしまった。


 このままじゃ息子が殺される。


 ブチ切れてバット片手に学校に乗り込んでも、何の解決にもなりはしなかった。

 だから引っ越すことにしたのだ。


 今度はいじめられる事のないようにと、玲子なりに教育した。

 環境が変わり、玲児もイジメられる事はなくなったようだが、変わりに暗い人間になってしまった。


 そりゃそうだ。母親以外は全員敵、近づく者は皆殺しの抜き身の妖刀になるように教育したのだ。おかげで友達は一人もいない。クラスでは完全に孤立している。楽しみと言えば家でゲームをするくらいだ。


 バカだった。息子を救うつもりが、逆に未来を奪ってしまった。


 このままでは一生人と関わることなく寂しい人生を過ごしてしまう。愛を知らず、楽しい事を知らず、なんの為に生まれて来たのかと後悔しながら死ぬ事になる。


 孫だって抱けない。

 死んだ旦那にも合わせる顔がない。


 けれど、今更どうしろと言うのか。


 ここで方針を変えて玲児がまたいじめに遭ったらどうする?

 それこそ本末転倒だ。


 イジメに遭うよりはまだましじゃないか。待っていれば、いつかは息子の事を理解してくれる良い人間と巡り合えるかもしれない。


 そんな風に言い訳をして、玲子は玲児の抱える問題から逃げてしまった。酷い母親だ。罪悪感を埋めるようにして玲児を甘やかした。そんな事をしても、何の解決にもならないと分かっているのに。


 だから、玲児に友達が出来たと聞いた時は本当に嬉しかった。

 玲子を苛む罪の鎖が解けた気がした。


 なによりも、これから息子は人並みに幸せになれるのだと思えば、本当に涙が出る程嬉しかった。


 バカだった。


 罪悪感から逃れる為に都合よく目の前の現実を歪めていた。


 玲児はまたイジメられている。


 この前だって頭に大きなコブを作ってきた。


 玲児は電柱に頭を打ったなんて言っていたが、絶対に嘘だ。

 だって二個だ。どう転んだら頭に二個もコブが出来る!?


 そもそも、玲児の制服から女の匂いがする時点でなにかおかしいと思っていたのだ。


 中学生の頃、玲児はクソビッチに嘘告をされて心に深い傷を負った。

 女なんか大嫌いなはずなのだ。


 この前なんか、泳げない癖にプールに行くとか言って、服に血をつけて帰ってきた。


 心配して色々聞いても、わざとらしく誤魔化すだけだ。


 それで玲子は限界に達し、玲児の部屋を漁っていた。


 そして証拠を掴んだ。


 引き出しの奥に隠すように、女と撮ったプリクラが出てきた。


 見るからに腹黒オーラがプンプンの性悪そうな美少女と股の緩そうな肉食系の黒ギャルだった。


 学校一の美少女で、男どもを手玉に取って操っている悪の女王とその取り巻きにしか見えなかった。


 実際玲児は悪魔みたいな酷い落書きをされていた。


 横の二人もちょっと落書きをされていたが、そんなのはバレた時の言い訳作りだろう。


 だってこんな見た目だけは超かわいいクソビッチ共が玲児の友達になるはずがない。


 嘘告か弱みを握られるかしてイジメられているのだ。

 どうしてもっと早く気づいてやれなかったのか。


 思い返せば玲児がなにか言いたそうにしていた場面は何度もあった。

 心の中で、必死にSOSを発していたのに、またしても見逃してしまった。


 自分はバカだ。大バカだ。母親失格だ。

 けれど、悔やんでいる暇はない。


 こうしている間にも、大事な一人息子は陰湿ないじめで苦しんでいる。


 今日こそははっきり問いただそう。

 ガサ入れの痕跡を消しながら玲子は決意した。


 最悪の場合、また引っ越したって構わない。

 なんならもう、高校なんか通わなくていい。


 やろうと思えば通信教育でだって事は済む。

 玲子は自分の考えを改めた。


 この世界は醜い。玲児が生きるには、あまりにも醜すぎる。

 ならもう、友達なんか必要ない。


 玲児の寿命が尽きるまでなにがなんでも生き延びて、一生守ってあげればいい。

 それだけが母親である自分に出来る唯一の事だ。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。

 通販だろうか。


 ドアホンを覗くと、何故か玲児の顔があった。

 鍵ならちゃんと持たせているのに、なんて思ったのは一瞬だ。


「玲君!? その顔、どうしたの!?」


 玲児の顏は腫れていた。

 明らかに殴られた跡だ。


 今の玲児がただでやられるわけがない。

 つまり、集団にリンチされたのだ。


 殺す。ぶっ殺す。

 つま先からロードローラーで轢いて二次元にしてやる。


『お、落ち着いてよ母さん! その、これには色々事情があって。驚かないで欲しいんだけど、今日はその――』

『はじめまして! 玲児君の彼女の白崎桜です! 今日はお母様にお話があって参りました!』

『おいバカ白崎!? なに言ってんだ!?』

『だって折角だからお母様に私達の関係を報告しておこうと思って』


 玲子の意識が憤怒で飛びそうになった。


 そこには、玲児を苦しめる憎い売女の姿があった。


 ギリギリと歯軋りをすると、玲子は血を吐くような思いで深呼吸をした。


 そして、地獄の悪魔も泣き出すような恐ろしい表情で言った。


 向こうからこちらの顔が見えないのは幸いだった。


『まぁまぁ。それはそれは。玲君に彼女なんて、お母さん嬉しいわ。ゆっくりお話がしたいから、どうぞ上がって行って』


 取り繕った声を出すと、玲子は自室の奥にある鍵付きの物置に向かった。


 どす黒く染まった相棒血濡れの釘バットを握りしめ、決意する。


 返答次第じゃあのアマ、ただじゃおかねぇ。



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