第57話 隙あらばモテる男

「……あー。そういうわけで、黒川玲児だ。今日はお前らに……皆さんに――」

「いつも通りで大丈夫です。むしろ、ちょっと威張って貰った方がいいと思います。威厳の問題もあるので」


 小暮先輩が耳打ちしてくる。

 三年の先輩もいるからと気を使ったのだが、そういう事なら従っておく。


「がうがう!」


 白崎が近づき過ぎ! と吠えたてる。

 珍しい光景に、俺はちょっと可愛いなと思ってしまった。

 いつもは余裕ぶった姿しか見せないから、ギャップという奴なのだろう。

 ともかく、講義を続ける。


「お前らに強くなる方法を教える。つっても、難しい事はなにもない。大事なのは二つだけだ。一つ、身体を鍛えろ。二つ、不良にビビるな。以上だ」


 俺の言葉に部員たちが顔を見合わせる。


「……あの、それだけですか?」


 部員の一人が手を挙げて言う。


「それだけだ。身体を鍛えれば誰だって強くなる。けど、いくら鍛えたって不良相手にビビってたら意味がない。やられたらやり返す。そうすりゃ向こうもビビって手を出さなくなる。不良だって同じ人間だ。殴られたら怖い。逆に殴られないなら怖くない。簡単な話だろ?」


 俺なりに精一杯分かりやすく伝えたつもりだが、部員達は腑に落ちない様子だ。どことなく落胆した顔で俯いている。


 それで俺も焦るのだが、なんとなく横を見ると白崎が励ますように頷くので持ち直した。


「質問があるなら遠慮なく聞いてくれ。俺はお前らの味方だ」


 俺は醜い嫌われ者だ。黒川様とか呼ばれていても、実際は一度も話した事のない相手だ。こいつらだって内心じゃ怖いのだろう。なのでまず、話しやすい雰囲気作りから始める事にした。


「……黒川様の言う通りだとは思うんですけど。僕達みたいないじめられっ子にはそういうのは無理というか……」

「なんでそう思うんだ?」

「……だって、僕達は黒川様みたいにすごい人じゃないから……。運動だって出来ないし、弱虫の臆病者で、だからいじめられてるわけだし……」


 外の部員達も力なく頷く。


 俺がすごい人だって? おかしくて俺は鼻で笑ってしまった。


 そしたら部員達は傷ついた顔をした。

 自分達が笑われたのだと思ったのだろう。

 こいつらの考える事は手に取るように分かった。


 だって俺もそうだったんだから。


「勘違いしないでくれ。今のはお前らを笑ったわけじゃない。俺の事をすごい人なんて言うもんだから、おかしかっただけだ」

「どうしてですか? 黒川様は喧嘩も強いし、彼女も沢山いるし、すごい人だと思うんですけど……」


 うっ……。ハーレムの件は完全に誤解なのだが、それについては説明できないので聞かなかった事にしておく。ともあれ、俺の言葉をこいつらに響かせるには、俺は手の届かないすごい人ではなく、こいつらと同じただの弱い人間である事を分かって貰う必要がありそうだ。


「どうもこうもねぇよ。小中学校の頃は、俺は情けない泣き虫のいじめられっ子だったんだ」


 俺の告白に、その場の全員が騒然となる。

 白崎すら、えぇ!? それ、言っちゃっていいの!? って顔で驚いている。


「もういいんだ。今の俺には友達が出来て、オカルト部の連中もいる。今更バレたって、どうって事ねぇよ」


 俺がその事をひた隠しにしていたのは、俺が誰も信じる事の出来ないボッチの嫌われ者だったからだ。母親以外の全員が敵に見えていた。でも、今は違う。


 白崎達は言うまでもなく、枯井戸や安藤、小暮先輩だって俺の味方と言っていい存在だろう。オカルト部の連中もまぁ、面識はないが俺の事を慕ってくれている。


 いつの間にか俺は、人を信じる事が出来るようになっていた。

 誰のおかげかは分かっている。白崎のおかげだ。


 仮にこの事が広まっていじめを受けても、こいつらとならどうにか出来る。そんな確信があったから、俺はそれを打ち明ける事が出来た。


 不思議な気分だ。胸に絡みついた重い鎖ががちゃりと落ちたような開放感がある。


「信じられねぇって顔をしてるな? けど事実だ。言っとくが俺は、お前ら全員が束になっても敵わないくらい酷いいじめを受けてた自信がある。なんてったって、学校中の人間にいじめられてたんだからな」

「ど、どうしてですか? そんなに怖くて強いのに!」


 不思議そうに部員が聞く。


「やり返さなかったからだ。それで不良に目をつけられた。想像してみろ。俺みたいな奴がだ、ヘラヘラ笑ってみんなの言いなりになってたらどう思う? 舐められてカモにされるに決まってるだろ」


 部員達が確かにと頷く。


「じゃあ、どうやって不良に勝ったんですか!」

「だから、やり返したんだよ。まぁ、詳しい事は言いたくねぇが、プッツンするくらい酷い事をされたんだ。それでキレちまって大暴れだ。で、そん時の周りのビビった顔を見て悟ったわけだ。なんだ、やり返せばよかったんだってな。で、俺は身体を鍛えて強くなった。まぁ、そっちは元々鍛えてたわけだが。そういうわけだ。俺に出来てお前らに出来ない理由があるか?」


 部員達が俯く。

 うーむ。今のは言い方がよくなかった。

 やっぱり、他人を乗せる時は白崎を見習うべきなのだろう。


「言い直す。お前らなら出来る。絶対にな」

「……無理ですよ」

「なんでだ? 身体を鍛えるなんて簡単だ。今ならその手のゲームで楽しくやれる。その気になれば道具だっていらねぇ。お前らには友達だっているんだろ。励ましながら一緒に頑張れ。なんなら部活のメニューに取り入れろ。マッチョになったらモテるかもしれないぜ」


 まぁ、モテるかどうかは知らんのだが。

 デブやひょろガリよりはモテるのは確かだろう。


「身体はそうですけど……喧嘩なんか無理ですよ。怖くて、相手の目だって見れないのに……」


 そう告げる部員は今も俺の足元に向かって話している。


「無理じゃねぇ。証明してやる。立て。こっちに来い」

「ひぃっ……か、勘弁してください……」

「いいから来い。お前を男にしてやる」


 その言葉に、白崎と小暮先輩と安藤と女子部員がハッとする。


「そういう意味じゃねぇからな!?」


 なにを想像したのか知らないが、絶対に違うと思うので釘を刺した。


 昔の安藤みたいな根暗のチビと対峙する。


「お前、名前は」

「……三年一組の武藤玄己むとう げんきです……」


 ……えー、先輩かよ。

 ま、まじで? 超気まずいんだけど……。

 けど、今更どうにもならん。

 こいつらを強くする為にも、心を鬼にしないと!


「よし武藤。俺にビンタしろ」

「え。む、無理ですよ!?」

「無理じゃねぇ。手があるだろうが」

「だ、だってそんな、黒川様にそんな事出来ませんって!」

「その黒川様がいいって言ってるんだ。いや、これは命令だ! やらなきゃ破門だ! オカルト部永久追放だ! それでもいいのか!」

「そ、それだけは勘弁してください!?」


 武藤先輩が泣きそうになった。そりゃそうだろう。先輩にとって、オカルト部はこの学校で唯一心の安らぐ場所なのだ。友達だっている。それを追い出すなんて、残酷すぎる。人でなしのする事だ。俺だって物凄く心が痛い。でも、それくらいしないと武藤先輩は俺を殴れないだろう。目を見た瞬間分かる。武藤先輩は優しい人だ。そして、優しさは暴力と対極にある。だから舐められる。殴られた相手の心配をするような人間に、どうして人を殴れるだろうか。


 そんな人間に暴力を振るわせるには、厳しいけれど追い詰めるしかない。

 かつての俺がそうであったようにだ。


「ならやれ! 思いきり俺の頬を殴れ!」

「う、く、じゃあ、失礼します!」


 涙目になった武藤先輩が俺の頬をビンタする。

 ペシ。腰の引けた腑抜けビンタだ。


「なんだ今のは? 舐めてんのか?」

「だ、だって……」

「アホらしい。やめだやめだ! こんな腑抜け野郎に教えるだけ時間の無駄。気紛れで今日まで面倒を見てやったが、黒川教も解散だ。今日限り、俺の名前を使うんじゃねぇ!」

「そ、そんなぁ!?」

「お前のせいだぞ! それが嫌なら、本気で俺の頬を殴れ! さもないと、お前のせいで他の奴らまでいじめられるぞ!」


 胸倉を掴んで武藤先輩を脅しつける。頼むからキレてくれ! これ以上は俺の良心が耐えられない。胃がキリキリして爆発しそうだ!?


「う、う、う、うぁああああああああ!?」


 キレた武藤先輩がグーパンで俺に殴りかかった。いや、俺はビンタと言ったんだが、こうなってはもはや制御不能だろう。俺は大げさに倒れてやり、武藤先輩の気が済むまで殴られる事にした。


「黒川君!? 武藤先輩! やめてください!?」


 心配した小暮先輩が止めに入る。

 黙って見ててくれと言いたいが、今喋ると確実に口の中がズタボロになる。


「だめ! 邪魔しないで見てて!」

「なんで止めるんですか!?」

「黒川君が頑張ってるからだよ!?」


 こんな時、というか、どんな時でも頼りになるのは白崎だ。

 興奮する小暮先輩を羽交い絞めにして押さえてくれた。

 グッジョブだぞ! 白崎!

 と、思ったのも束の間。目の合った白崎に凄まじい顔で睨まれた。


 これはやばい。繁華街の路地裏でナンパ野郎をボコった時みたいに怒っている。下唇をぎゅっと噛み、おめめうるうる、ま~~~~た勝手に無茶して!? とお叱りの声が聞こえてきそうだ。


 そりゃそうだろう。白崎的にはこんな俺を彼氏だと言って、気にかけてくれているのだ。相手がヒョロガリでも、馬乗りでボコられたら心配にもなる。

 でも、これは武藤先輩が男になる為に必要な儀式なのだ。


 わかって欲しい。というか、分かっているから助けてくれたわけで、そはそれとして俺は後で怒られるのだろう。それもまた、仕方ない事である。


「――はぁ、はぁ、はぁ……ご、ごめんなさい! ぼ、僕!?」


 怒りが収まったのか、武藤先輩がハッとして泣きそうになる。

 先輩が土下座の気配を見せたので、俺は力づくで先輩を抱きしめた。


「謝んなよ先輩。よくやった、出来たじゃねぇか。この俺に立ち向かってボコボコにして、みんなを守ったんだ。不良なんか楽勝だろ。だから、胸を張ろうぜ。先輩にだってちゃんと勇気はあるんだ。後は身体を鍛えれば、不良とだって戦えるさ」

「う、うぅ、ぅあああああ、黒川様ぁあああ!」


 男泣きする武藤先輩の背中を、俺は励ますように優しく撫でた。

 いつか、白崎が俺にしてくれたように。


 これで多分、武藤先輩も勇気を持てるだろう。暴力は慣れだ。最初は怖いが、一度振るっちまえば案外大したことはない。あとはまぁ、部員同士で頬の張り合いでもしていれば、ある程度は慣れるんじゃないかと思う。


 暴力を振るう事になれ、振るわれる事になれれば、後は少しの筋肉があればいい。別に格闘技の大会で優勝しようと言うわけではないのだ。クラスのカスみたいにイジメっ子に抗うには、その程度で十分だろう。


 カシャ、カシャ、カシャカシャカシャカシャ。


「あぁ?」


 気が付けば、ツーっと鼻血を垂らした白崎や目玉をおっぴろげた小暮先輩、その他女子部員に安藤が混じって、一心不乱に携帯で画像を撮っている。


「な、なんだよお前ら!? どういうつもりだ!?」

「だってエッチなんだもん!?」

「そうですよ! こんなおいしい物を見せつけられたら、そりゃ画像に納めたくなりますよ!」

「BLって奴ですよ先輩。あ、ちなみに僕は千草ちゃんが喜ぶと思って撮ってるだけなんで」

「知るか!? よせ、やめろって! 武藤先輩にも失礼だろ!?」


 そう思って視線を下げると、武藤先輩がうっとりした顔で俺を見上げていた。


 ……おいおい、嘘だろ!?


「黒川様……好きです。漢として惚れました……。ぼ、僕を黒川様の舎弟にして下さい!」

「なんでだよ!?」


 カシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャ。



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 武×黒派の方はコメント欄にどうぞ。

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