第56話 いつまでも醜い嫌われ者ではいられない
「うわぁあああああ! 黒川様だ!」
「本物だ! やべぇ! 超怖え!」
「あぁ、なんて禍々しい御姿。その闇の威光で今日も私達をお守りください……」
「く、くくく、黒川様! さささ、サイン貰ってもいいですか!?」
新しいオカルト部の部室は、旧校舎の進路指導室とその隣の空き教室の二部屋になっていた。進路指導室は幹部室兼静かに勉強したい部員用の学習室になっており、問題を抱えている生徒の相談室にもなっているらしい。
基本的には空き教室をメインに使っているようで、俺もそちらに通されていた。見た所はオカルト部らしい怪しさは全くない。壁に「人に迷惑を書けない!」「人生の主役は自分!」「楽しいは正義!」「黒川様の威光に感謝!」等の標語が張り出してある事を除けば、なんの変哲もない普通の教室だ。
そこには一クラス分程の冴えない生徒が集まっており、楽しそうにお喋りをしたり、カードゲームやボードゲーム、勉強を教え合ったりとオカルト部らしからぬ健全な時間を過ごしていた。
で、俺の顔を見た途端大騒ぎである。
ピーッ!
「静粛に。黒川様の御前ですよ」
小暮先輩が笛を鳴らすと、部員たちは大人しくなって席に着いた。けれどその顔は、人気アイドルでもやって来たみたいに興奮して、中にはブツブツと謎の呪文を唱えながら両手を合わせてお祈りをしている者もいる。
面倒なのであれ以来オカルト部に顔を出した事は一度もなかったのだが、醜い嫌われ者の俺としてはなんとも妙な気分である。
ちなみに左腕には、小暮先輩を警戒するように気張った顔をした白崎がくっ付いてる。
恥ずかしいからやめて欲しいのだが、「いや!」と言われたのでどうしようもない。
一ノ瀬達は引き続き超科学部でダイエット中だ。
「お久しぶりです黒川先輩! いや~、すみませんね。忙しいのに呼び出しちゃって!」
ヘラヘラしながら声をかけてきたのは……あぁ?
「……お前、安藤か?」
「チョリーッス! 黒川教の預言者にして信者二号の安藤でーっす。いやぁその節は本当にお世話になりました! お陰様で千草ちゃんとは超ラブラブですよ。先輩を見習ってイメチェンしたら友達も出来て、今じゃクラスの人気者です。それもこれも全部黒川先輩のお陰ですよ! 本当に先輩には感謝してもし足りません。よ、救いの悪魔黒川様! あはははは!」
ちょっとウザいくらい爽やかに笑う安藤の顏には、根暗なチビの面影など微塵もない。
目元を隠していた前髪もスッキリして、チャラついた髪型になっている。身長まで伸びたように見えるのは猫背が直ったからだろう。いったい俺のどこを見習ったらこうなるのかと問い詰めたい。まぁ、上手くやっているならそれでいいが。
「……別に俺はなにもしてねぇよ。お前の誠意が枯井戸に届いた。それだけの話だろ」
一年坊主の大変身に俺は少し気後れしていた。大体、俺は我が身可愛さに適当な事を言っただけで、こいつに感謝されるような事はなにもしてないのだ。そう思うと、騙しているみたいでちょっと疚しい。
そんな俺を、安藤はキョトンとして見返す。
「なんか先輩、かっこよくなってないですか? 前は怖いだけだったのに……あぁ! わかった、ついに白崎先輩と一線を――いだぁ!? なんで殴るんですか!?」
「うるせぇ! てめぇが妙な事言うからだろうが!」
まったく、相変わらずクソ生意気な一年坊主だ。
「そうだよ安藤君! 黒川きゅんったら、まだ手も繋いでくれないんだから!」
「えー! それは流石にないっすよ黒川先輩! 白崎先輩が可哀想――いだぁ!? だからなんで殴るんですか!?」
「うるせぇ! 余計なお世話なんだよ!」
お前も変な事言うなよ! と白崎を睨みつけるが、ベーっと拗ねた顔で舌を出すだけだ。
……だってしょうがないだろ。別に俺達はそういうアレじゃないし。ただの友達だし。てか、手ならプールで散々繋いだし、腕だって勝手に組んでくるだろうが。今更そんな手を繋いだとか繋いでないとか言われても、俺は困る……。
なんにせよ、最初に小暮先輩の肩を持ったせいで、白崎はご機嫌斜めらしい。
悪かったとは思うが、小暮先輩も別にそこまで悪い事をしているわけじゃないし、なんとも扱いに困る所だ。
ちなみに部長の枯井戸は塾で休みらしい。
「それより、やるんなら早く始めようぜ。こいつらに強くなる方法を教えてやればいいんだろ?」
それが小暮先輩のお願いだった。
知っての通り俺は醜い嫌われ者だ。不良共に恐れられる、泣く子も黙る『
で、なんやかんやオカルト部で楽しく過ごす内、冴えない連中も俺みたいに心に余裕が出来たらしい。そうなると、色んな事を考えるものだ。例えば、三年の先輩は卒業した後の事、一年の後輩は俺が卒業した後の事。
つまり、俺がいなくなったらまた惨めないじめられっ子に逆戻りするのではと不安になったのだ。
それで色々相談して、俺に強くなる方法を教えてもらおうという事になったそうだ。
『絶対嘘! 小暮先輩が黒川きゅんに会いたいから、そうなるように会話を誘導したに決まってるよ!』
『そういう意見を出したのは否定ないですよ。実際、黒川君は私の目の前でチンピラを瞬殺したわけですし。そうでなくとも部員の中には黒川君に来て貰いたいという声が前からあったので』
『黒川君の手は煩わせないって約束でしょ!』
『はい。ですから、ただのお願いです。だめで元々、もしも暇なら、ちょっと顔を出して、可哀想ないじめられっ子達に勇気を与えて欲しい。そういう話です』
『ああもう! その言い方がもうずるいじゃん! 黒川君、聞いちゃだめ! 小暮先輩は黒川きゅんの良心につけ込もうとしてるだけなんだから! オカルト部は私も時々顔出しておかしくならないように指示してるから、黒川君が行かなくても大丈夫だから!』
白崎はそう言ってくれたのだが、結局俺は先輩のお願いを聞く事にした。
『なんで!?』
『だって……俺だって無関係じゃないし。いつまでも白崎一人に任せっきりじゃ悪いだろ?』
というか、本来ならこれは俺が向き合うはずの問題だったのだ。それを今までは全部白崎に押し付けてきた。冷静に考えれば、白崎にはそんな義理も義務もないのに。俺が困らないように、せっせとオカルト部に出向いて、道を踏み外さないようにあれこれ指示を出してくれていたのである。
それは本当にありがたい事なのだが、それにいつまでも甘えていては友達失格だろう。
『……それにさ。こんな俺でも頼ってくれる奴がいるなら、応えてやりたいと思うというか……』
それはまぁ、俺のエゴだ。正直に言おう。俺は安藤や小暮先輩の件で、少し味を占めていた。誰かの為に頑張って、それが奇跡的に上手くいって、感謝される。
恥ずかしい話だが、俺みたいな醜い嫌われ物には、それは蜜の味だった。
それは昔の俺が果たそうとして出来なかった事だ。
果たそうとして空回り、裏切られた事でもある。
でも本当は俺だって、人の為になにかをして、感謝されたい。
ありがとうと言われたい。
そして、立派な奴だと思われたい。
じゃないと、とてもではないが、なんでも出来る学校一の美少女の隣には並び立てない。
俺が本当の意味でこいつらの友達になる為には、俺はもっと自分を好きになる必要があった。
そして、周りの人間にも認めて貰う必要があるのだろう。
いつまでも、俺のせいで醜い嫌われ者の友達だとバカにされたら申し訳ない。
人気者とは言わないが、せめて醜い普通の奴くらいにはなりたかった。
その為の第一歩として、俺はここにやってきたのだ。
『もう黒川君!? それはすごい良い事だよ!? 本当にとっても良い事だよ!? でもでもだけど、なんかもう、なんかもう、なんでこうなっちゃうの!?』
なぜだか白崎は頭を抱えていたが。
まぁ、暴力以外に取り柄のない俺だ。
白崎は優しい奴だから、失敗しないか心配してくれているのだろう。
俺も上手くやれる自信はないが、お前が隣に居てくれるなら、失敗したって恥ずかしくない。
だってお前は、俺がどれだけ恥ずかしいダメ男でも、バカにしないで励まし続けてくれたんだから。
だから俺もいい加減、お前の期待に応えたいと思うんだ。
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