第4話 絶対に付き合いたい女VS絶対に付き合いたくない男
当然俺は逃げようとした。
でも、無駄だった。
白崎はタコみたいに四肢を絡ませ、意地でも離れようとしない。
人通りの少ない裏道とはいえ往来だ。年頃の男女がくんずほぐれつ抱き合っていたら具合が悪い。それに俺は、女との接触にはまるで耐性がない。
白崎なんか大嫌いだが、それはそれとして、人間には抗いがたい本能という物がある。
吐息がかかる程に近い愛嬌たっぷりの小さな顔、艶やかな黒髪から香るフルーティーなシャンプーの匂い、ミルクめいた甘い体臭と少し高い体温、軽すぎる体重と柔からな肌の感触、むにむにと押し付けられる不釣り合いに大きな胸。
その他諸々の白崎成分が津波のように押し寄せて、俺の理性を砕こうとする。
「とにかく離れろ!」
「やだ! 離れたらまた逃げちゃうもん! 私の話聞いてくれるまで離れない!」
「こんな状態で話なんか出来るかよ! 逃げねぇから、とにかく離れろ!」
「嘘ついたらやだからね!」
白崎が離れた瞬間、すかさず俺は逃げ出した。
そしてすぐに捕まった。
「嘘つき!」
「うるせぇ! 俺に構うなって言ってるだろ!」
「話聞いてって言ってるでしょ! 聞いてくれるまで、絶対に諦めないもん!」
「このクソアマ!」
男ならぶん殴って強引に引き剥がしている所だ。
相手が女ではそれも出来ない。抱きつかれた程度で殴ったら一発で停学だ。それが狙いの可能性だってある。
仕方なく俺は妥協した。
この女はイカレてる。
無理に逃げようものなら、家まで追いかけて来てもおかしくない。
そうなれば、母親を巻き込む事になる。それだけは避けたい。
話を聞くにしても、表では駄目だ。
事情を知らない奴が見たら、俺が白崎に告白していると勘違いするに決まっている。そして翌日には、醜い嫌われ者の俺が身の程知らずにも白崎に告白したというデマが拡散され笑い者にされる。人は信じたい事しか信じないから、先程の玄関先での騒動なんかなかった事にされてしまうだろう。
そんな事を懇切丁寧に話してやったら俺が不利になるだけだ。ここは一旦白崎の話に乗った振りをして、告白なら人目につかない所で聞いてやると言っておく。
「いい所があるの! 友達に教えてもらったお店なんだけど、カレーがちょ~美味しいんだよ? 今回は特別に、私が奢ってあげるね!」
そうして連れて来られたのは、商店街の裏道にひっそりと佇む、パルフェという名の古風な喫茶店だった。
昭和テイストとでも言うのだろうか、十席程の小さな店だ。
疎らな客は、全員が美味そうなパフェを食べていた。実際美味いのだろう。店内に甘く漂うクリームの香りだけでもそうとわかる。
「なに食べる? 私のおすすめは断然カレー!」
死角になった奥の席に陣取ると、白崎が革張りの洒落たメニューをこちらに向けた。
「いらねぇよ。用があるならとっとと話せ」
差し出されたメニューを突き返す。
「ダメだよ。お店なんだから、なにか頼まなきゃ失礼じゃん!」
子供を窘める母親みたいな顔で白崎は言う。
悔しいが、それはそうだ。
舌打ちをしてメニューを引き戻す。
「……トーストとコーヒー、ブラックで」
暫くメニュー眺めると、仏頂面で俺は言った。本当はパフェとメロンフロートを頼みたかった。ここだけの話、俺は大の甘党で、コーヒーなんか大嫌いだ。あんな苦いものを飲む奴の気が知れない。だが、そんな事を言っていたら舐められる。
「あれ? パフェじゃなくていいの?」
水を飲んでいる最中にそんな事を言われて、思わず噎せてしまった。
「は、はぁ? そんなもん、食うわけねぇだろ!」
「ほんとかなぁ? 他のお客さんがパフェ食べてるの、羨ましそうに見てたけど。さっきだって、パフェのメニューに釘付けだったし」
「…………」
そんな顔をしていたつもりはなかったのだが。
思わず俺は自分の顔に手を触れた。
「やっぱり。私、こう見えて結構気遣い屋さんだから。そういうの分かっちゃうんだよね~」
特技でも自慢するみたいに白崎は言う。
「……勘違いだろ」
「恥ずかしいんだ? 私は別に、黒川きゅんがパフェ食べても笑ったりしないよ? 可愛いな~とは思うけど」
「違うって言ってるだろ!」
思わず声が大きくなる。
この女、舐めやがって!
「ぶー。折角奢るなら、好きな物食べて欲しいんだけどな」
不貞腐れて呟くと。
「いーもん。それじゃ、私がパフェ頼んじゃうもんね~だ」
当てつけるように言って、白崎は二人分のメニューを注文した。
「……で、話ってなんだよ」
とっとと終わらせて帰りたい。
促すと、白崎はギクリと固まり、かぁーっと頬を赤くした。
落ち着かない様子で毛先を弄り、何度か深呼吸をして姿勢を正す。
「私ね、黒川君の事好きになっちゃったみたいなの。だから私と、付き合ってください!」
「断る」
即答すると、白崎の肩がカクンとコケた。
恨むように俺を睨み、「うぅぅ……」と喉の奥で唸り声をあげる。
「ちょっとは考えてよ!」
「うるせぇ。どうせ悪戯に決まってるんだ。考える余地なんかねぇだろうが」
「だから違うってば! なんで信じてくれないの?」
「逆に聞くが、そんなふざけた話、誰が信じるんだよ。お前は学校一の美少女で、みんなに愛されるモテ女だ。彼氏なんか選び放題で、今まで告ってきた相手の中には、俺より顔も中身もご立派な金持ちのイケメンが幾らでもいたはずだ。それを全部断って、なんで今更俺みたいな醜い嫌われ者に告白する? どう考えたっておかしいだろうが!」
思わず語気が強くなる。当然だ。俺は苛立っていた。白崎のしつこさに、無神経さに、性根の悪さに、存在そのものに。もはや完全にバレている嘘を押し通そうとする面の皮の厚さが腹立たしい。人を舐めるにもほどがある。
「おかしくないもん! 私は黒川君にビビッて来たの! 他の人は来なかったの! そういう事でしょ?」
「そんな説明で納得出来るか!」
アホらしい。騙すなら、もっとマシな言い訳を考えてこいってんだ!
「むー!」
白崎は分からず屋を見るような目で頬を膨らませた。
「じゃあ、こういうのはどう? 私はモテるから、告白されるのには慣れっこなの。かっこいい人も、面白い人も、優しい人も、お金持も、黒川君が言うような人は周りに幾らでもいて、飽き飽きなの。そんな人と付き合っても面白くないし、わざわざ付き合おうとも思わないの」
「最低の理由だな」
「黒川君が説明しろって言ったんじゃん!」
「言ってねぇよ。そんな説明で納得出来るかって言ったんだ」
「同じだもん」
「同じじゃねぇよ」
「でも説明したし、納得した?」
「するわけねぇだろ」
「むー!」
白崎がまた頬を膨らませる。
それが可愛いからまたムカつく。張り倒してやりたい。
「あとはなんだろ。私って可愛いし人気者だから、愛されたり大事にされるのは慣れてるんだよね。でも、恋愛ってそういうんじゃないじゃん? もっとこう、二人で喧嘩したり苦労したりして育てていくみたいな? ていうか、私的には愛されるより愛したいみたいな? でも私ってこんなだから無理かなーって思ってたの。そこに黒川君が現れたの! 私を見る冷たい目、ゾクゾクしちゃった! クソブスって言われた時なんかもう、色んな所がキュンキュンしちゃって……じゅるり」
遠い目をすると、白崎はものすごく気持ちの悪い顔で口元を拭った。
俺は普通にドン引きした。嘘にしたってキモ過ぎる。
「そういうわけでビビッて来たの! もしかして、これが噂の一目惚れ? 運命感じちゃったのかなって! ちゃんとね、一週間様子みたんだよ? 気持ちは冷めず、思いは日に日に強くなるばかり!」
ポッと頬を赤らめると、白崎は右手を差し出した。
「というわけで、付き合ってください!」
「断る」
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気遣い屋さんな方はコメント欄にどうぞ
(4話が長かったので、4話と4.5話に分割しました。追加エピソードではありません)
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