第4.5話 甘い罠
「だからなんで即答!? 私、可愛いよ? 面白いし、空気読めるし、付き合ったら絶対楽しいと思う! この通り、おっぱいだって大きいし! その上なんと、結構オタク! ね? 黒川君好みのいい女だと思わない?」
ツッコミどころは山ほどあるが。
「……なんでそこでオタクが出て来るんだよ」
不穏な気配を感じて俺は聞いた。
「調べたの」
「はぁ?」
調べたってなんだよ。
俺はウィキペディアにでも載ってんのか?
「告白する前に色々知っておきたいでしょ? 初めて好きになった人だから、絶対に失敗したくなかったし。だから友達とか色んな人にそれとなく聞いて、黒川君の情報を集めてみたの。黒川君、高校生になってこっちに引っ越して来たみたいだから、詳しく知ってる人はいなかったけど。友達ゼロの嫌われ者で、休み時間はいつも一人で携帯でゲームしたり漫画とかラノベ読んでニヤニヤしてるって。帰宅部だし、そんなの絶対オタクじゃん」
不意打ちのストレートがいい所に入った。
恥ずかしさに顔が火照り、胸が苦しくなる。
自分的には上手く誤魔化せているつもりだったんだが。
俺、ニヤニヤしてたのか……。
「……だからなんだよ。休み時間に俺がなにしてようが勝手だろうが」
内心の動揺を押し殺して白崎を睨む。
「別にバカにしてるわけじゃないんだよ? 私もそういうの好きだし! 付き合ったら一緒にゲームとか出来て楽しいだろうなって!」
「無駄だって言ってんだろ。なにを言われようが、騙されねぇよ」
「だーかーらー! 嘘じゃないってば! なんで信じてくれないの!? 私なにか黒川君に嫌われるような事した?」
「今まで俺は散々お前みたいな奴に騙されてきたんだよ」
「騙されたって、どういう事?」
「カマトトぶんなよ。そんなもん、嘘告に決まってんだろ」
白崎の目に同情が滲んだ。次いで、怒りも。
「ひどい……。そんな事、私しないもん!」
「そう言って俺を慰めた後に裏切った奴もいたぜ」
「そんな……黒川きゅん……キュンキュンじゃん!」
白崎は左胸を押さえ、うっとりした顔で俺を見た。
「……はぁ?」
「わかんない、自分でもわかんないよ……。でも、この気持ち、そうなのかな? もしかしたら私、不憫萌えなのかも!」
「ぶっ飛ばすぞ!」
なんだ不憫萌えって。
馬鹿にしてんのか?
「仕方ないじゃん! そういう性癖なんだから! 黒川きゅんだって人に言えない特殊性癖の六つや八つあるでしょ?」
「ねーよ!」
「ないわけないよ! 人間なんだから! 私の推理によると……。黒川きゅんはオギャりプレイが好きと見た!」
白崎が手を望遠鏡の形にして俺を見る。
「マジでぶっ飛ばすぞ!」
あんまりな言いがかりに、思わず腰を浮いた。
「ちなみに私、天邪鬼とか悪人面も性癖だったり」
照れ照れと胸元で指いじりをしながら言ってくるが。
「聞いてねぇよ!」
本当に聞いてない。
大体、そんな物好きがいてたまるか。
「ほら、息もぴったり? ねぇねぇ~、付き合おうよ~」
白崎が腕を揺さぶる。
「触んな! 嫌だって言ってるだろ! そっちこそいい加減に諦めろよ!」
「やだもん! ていうか黒川君、私が嘘告してるって思ってるんでしょ? そんなのノーカンだよ! だから付き合おう! そうすれば私が本気だって分かるから! 黒川君の心の傷が癒えちゃうくらいちょ~可愛がるから!」
「傷なんかねぇし、仮に本当でも俺はお前が嫌いだし、仮にもなにも絶対嘘に決まってる。以上! 終わり! 終了! これ以上お前と話す事なんか一つもねぇ!」
テーブルを叩いて話を断ち切る。
「むー! 黒川きゅんの分からず屋! そんな所も可愛いけど!」
むっすりとして白崎は言う。
俺は無視した。
白崎は何か言おうとして、諦めたように溜息をついた。
そこに店員が注文の品を持ってきた。
俺の前にはキツネ色のトーストとどす黒いコーヒー。
白崎の前には脚の長いグラスに入った純白のパフェ。
濃厚なクリームの甘い香りがふわふわと漂ってくる。
「ほ~れほれ、こっちのぱ~ふぇはあ~まいぞ~」
「……」
白崎が見せつけるようにパフェを揺らす。俺はプイっとそっぽを向いた。
そんなもんに釣られるか。正直ものすごく食べたいが、明日の放課後に一人で来ればいい話だ。一日くらい我慢できる。
とにかく、早く食って帰りたい。
手早くトーストを食いつくすと、俺は覚悟を決めてコーヒーに口をつけた。
「……っ!?」
にがっ! 嘘だろ! こんなの毒だっての!
想定外の苦さに、思わずカップから口を離す。
生暖かい視線を感じて前を見ると、白崎が微笑ましそうに俺を見ていた。
「むふ~。甘党な上に苦いのも駄目なんだ? 背伸びして頼んだのかにゃ? 全く、黒川きゅんはお子様だにゃ~」
ここぞとばかりに白崎が仕掛けてくる。
恥ずかしすぎて顔を隠したいが、ここで怯んだら負けだ。
俺はキッと白崎を睨み。
「うるせぇ。猫舌なんだよ」
「それはそれで可愛くない?」
あーいえばこういう! 本当大嫌いだ! もう、一言だって喋りたくない!
と、そこで俺は気づいた。
白崎は、全くパフェに手を付けていない。
カキ氷なんて無粋な水増しは入っていない、生クリームとソフトクリームとホワイトチョコだけで構成された、シンプルなパフェだ。それ故に、溶けるのも早い。そうなっては、せっかくのパフェが台無しだ。
「……おい、白崎。パフェ溶けてんぞ」
「そうだね」
動いたのは口だけで、白崎はスプーンを握る気配もない。
「……そうだねじゃねぇ。パフェ食えよ」
「実は私、甘いもの苦手なの」
「……じゃあ、なんで頼んだんだよ」
「黒川君が意地張るから、代わりに頼んであげたら食べるかなって」
そう言って、ニッコリと微笑む。
この女は、どこまで俺を馬鹿にしたら気が済むんだ?
「食わねぇって言ってんだろ」
「じゃあ、このパフェは残念ながらお残しという事で。南無南無」
澄ました顔で両手を擦り合わせる。
「ふざけんなよ。てめぇが頼んだんた、責任もってちゃんと食え!」
なんなんだこの女は。本当に、マジで、手が出そうだ。
「やだってば。そんなに気になるなら黒川君が食べてよ」
「だから俺は――」
「私は勇気を出して告白したの。初めての告白。なのに全然信じてもらえなくて嘘つき呼ばわり。このパフェだって、黒川君が食べたそうにしてるから頼んだのに」
白崎は哀しんでいた。
涙こそ流れていないが、流れていないのが逆に不思議に見える。
そんな顔をしていた。
「私の事、信じられないならそれでもいいよ。私だって沢山の人を振ってきたもん。自分だけ上手くいくなんて思ってない。でも、一つくらいは信じてくれてもいいでしょ? 私の選んだパフェ食べて。それで、美味しかったって言って。そしたら私も、黒川君の事諦めるから」
どれだけ真に迫っていても、嘘は嘘だ。
俺を形作る全ての歴史と経験が、騙されるなと叫んでいた。
勿論俺は騙されなかった。
「……勘違いするなよ。食い物を無駄にしたくないだけだ」
演技だと、嘘だと分かって食べるのだ。
だから、騙されたわけじゃない。
「どうぞどうぞ」
ニッコリ笑って、白崎はパフェとスプーンをこちら差し出した。
乱暴にそれをひったくり、パフェを掬って口に運ぶ。
その瞬間、地球が消し飛び、俺は真っ白い宇宙に放り出された。
甘いミルクの香りに包まれた、優しくて幸せな世界だ。
暫くの間、俺はその中を夢見るような気持ちで漂っていた。
やがてスプーンがグラスの底を叩き、俺は理不尽ばかりの現実に引き戻された。
「美味しかった?」
意地悪な声が俺に尋ねた。
他の人間には無邪気な声に聞こえるのかもしれないが、俺にはそうは聞こえなかった。
「……あぁ、美味かった」
グラスの底に声を落とした。
甘い物に嘘はつけない。
ただそれだけの話だ。
顔を上げると、白崎がニコニコしながら俺を見ていた。
小さな両手が、横向きになった携帯を構えている。
「じゃじゃ~ん」
白崎が画面を向ける。
そこには、我が子を食らうサトゥルヌスのような顔でパフェを食う、おぞましい俺の姿が動画に収められていた。
「黒川君。この動画をばら撒かれたくなかったら、私の彼氏になって下さい」
ほら見ろ。
また騙された。
「断る」
自分の愚かさを呪いながら、俺は席を立った。
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コーヒーが飲めない方はコメント欄にどうぞ。
(4話が長かったので、4話と4.5話に分割しました。追加エピソードではありません)
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