第45話 たった一つの俺の取り柄
「いや! 来ないで下さい!」
「いや! 来ないで下さい! それってつまり、オーケーって事だろ?」
ヘラヘラ笑いながら近づくと、ライオンみたいな金髪頭の男が乱暴にレインコートの袖を引っ張った。
スナップボタンがあっさり外れ、裸同然の身体が露になる。
「うひょ~! イイ身体! デカパイちゃんじゃん!」
「てかなに? こいつ変態?」
「あれだろ。最近噂になってる露出狂」
「なーる。そんじゃ、悪い子にはお仕置きしなきゃな」
ライオン男がチャックを下ろし、醜いモノを外に出した。
「ひぃ!? いや、やめて下さい!? 人を呼びますよ!?」
「好きにしろよ。俺達は露出狂の犯罪者を捕まえただけだから」
「そーそー。お巡りさんだって、その恰好見たら俺らの味方するっしょ」
「むしろ、困るのはそっちだろ? 会社にバレたらクビだぜクビ」
「そーいう事~」
力づくで幸子を壁に抑えつけると、ライオン男がフードを剥いだ。
「……なんだよ。冴えねぇ顔だな。エロいのは身体だけかよ」
「てかさ、結構ガキじゃね? もしかして、高校生とか?」
「ラッキーじゃん。ハメ撮りしてペットにしようぜ」
恐ろしいやり取りに、幸子は目の前が真っ暗になった。
確かに自分は悪い事をした。
けれど、それにしたってあんまりな報いじゃないか?
罰にしたってひど過ぎる。
きっとこの世には、神様なんかいないんだ。
「とりま、一発ヤラせろよ。そんな恰好でほっつき歩いてるんだ。本当はそういうの期待してるんだろ?」
「違います! お願いだから、許してください! なんでもしますから!」
「はい! なんでもします頂きました!」
「そんじゃ、言葉通りなんでもして貰おうか」
「俺車取って来るわ――がぁ!?」
その場を離れようとしたスキンヘッドの男が、突然悲鳴をあげて吹き飛んだ。
何事かと思ってそちらを見ると、悪魔がいた。
ぜぇはぁと息を荒げた黒川玲児が、文字通り地獄の憤怒を体現する悪魔のような恐ろしい形相で、ボキボキと拳を鳴らしている。
「はぁ、はぁ、はぁ……。クソ野郎共。その子に、手を……はぁ……出すんじゃねぇ!」
「……あぁ? なんだよてめぇ」
「てーか。なにうちのタッ君ボコしてくれちゃってんの? 慰謝料払えよ。まずは百万な」
幸子を離すと、二人のチンピラが黒川に向き直った。
二人して、同じ型の伸縮式警棒を取り出して先を伸ばす。
「黒川きゅん!? 危ないってば!?」
通りの方に連れがいるのか、どこかで聞いた事のある女の声が聞こえてきた。
「うるせぇ白崎! あぶねぇから引っ込んでろ!」
黒川がそちらに向かって叫ぶ。
その隙に、ライオン頭が警棒で殴りかかった。
「「黒川君! 危ない!?」」
幸子と白崎が同時に叫んだ。
ハッとして黒川が振り返るが、もろに頭を殴られる。
「黒川君!?」
白崎の悲鳴がビルの間に鋭く響く。
幸子は恐怖で声が出せなかった。
巷では、黒川玲児は悪魔の力だか催眠アプリだかセックステクだかで美少女達を手籠めにしている、大悪党だと噂されている。そんな彼が、どういうわけかこの場所を嗅ぎつけて、息が切れる程必死に駆けつけ、助けてくれた。
信じられない話だが、そんな事をするという事は、黒川玲児は噂とは違い、物凄く良い人に違いない。
そんな彼が、自分を庇って最低のクズ野郎に頭を殴られてしまった。
きっと大怪我をしただろう。
その事を思うと、幸子は罪悪感で死にたくなった。
この後自分の身に振りかかるだろう恐ろしい未来など、まったく気にならない程だ。
むしろ、彼をそんな目に合わせてしまった自分は、ひどい目に合ってぐちゃぐちゃになった方がいいとさえ思った。
「バーカ。よそ見してんじゃねぇ……よ……」
黒川の頭に警棒を叩きつけた格好のまま、ライオン頭が硬直する。
フルスイングで頭を殴られたにも関わらず、黒川の身体はほとんど動いていなかった。
鋼の像のように警棒を頭で受けたまま、悪魔のような形相でとライオン頭を睨みつけている。
そして唐突に、ライオン頭の鼻面に頭突きを放った。
メキャッ! 嫌な音がして、ライオン頭の身体がゴミクズみたいに吹っ飛んだ。
「クソッタレ。いてぇじゃねぇか!」
コブになっていないか気にするように頭に触れて、それだけだ。
「黒川君!? 大丈夫!?」
「このくらいなんともねぇよ! いいから隠れてろって!」
「いちいちこっち振り向かないでいいから!?」
黒川の言葉に、半泣きの白崎が答える。
その隙に最後に残ったドレッド頭が幸子を人質にした。
「う、動くな! これ以上暴れると、この女の顔を傷物にすんぞ!?」
「なっ!? てめぇ、卑怯だぞ!?」
「うるせぇ! オラ、退けよ! 早くしろ!」
このまま連れていかれたらなにをされるか分からない。
幸子は恐怖で頭が真っ白になった。
「わかった! てめぇは見逃してやる! だから、その子はここに置いてけ!」
「うるせぇ! ガキが命令してんじゃねぇよ!」
ドレッド頭が警棒を振るう。
黒川は避けもせずに頭で受け、平気な顔で言った。
「もう一度だけ言うぞ。その子は、ここに、置いてけ」
「だ、黙れっての!?」
ゾッとするような黒川の声に、ドレッド頭が再び警棒を振り上げる。
あぁ! お願いだからもうやめて!
直視できずに目を背けた先には、憤怒の涙目になった白崎が鬼のような形相で幸子を睨みつけていた。
「黙ってないで反撃して! 金玉!」
金玉!? 学校一の美少女が、なんて言葉を口にするんだ!
そう思いながら、幸子は白崎の言葉に操られるようにしてドレッド頭の股間を思いきり殴った。
「ふぐぅっ!?」
堪らずドレッド頭が前屈みになる。
「こっち! 早く!」
白崎に呼ばれて、幸子はそちらへ逃げ込んだ。
「ナイスだ白崎!」
黒川が叫ぶと、大きく振りかぶった右ストレートをドレッド頭の顔面に叩きこむ。
「――ッ」
悲鳴すらあがらず、ドレッド頭は数メートル吹っ飛んで動かなくなった。
「これで解決か? ちくしょう! コブになっちまった!? 母さんになんて言い訳すりゃいいんだよ!?」
絶対コブじゃ済まないと思うのだが、黒川はなんともなさそうにしている。
それで幸子は納得した。
やっぱりこの子、噂通りの悪魔なんだ。
だとしたら、良い悪魔だけど。
なんて思っていたら、いきなり白崎に頬を叩かれた。
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数メートル吹っ飛んだ事のある方はコメント欄にどうぞ。
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