第46話 普通に修羅場

「白崎!? なにしてんだよ!?」

「黙ってて! 私は今、最高に怒ってるんだから!」


 恐ろしい表情で黒川を黙らせると、学校一の美少女は学校一の般若顔を幸子に向けた。


「あなたのせいで黒川君が殴られたんだよ! しかも二回も! 反省して!」

「ご、ごめんなさい……」

「黒川君にも!」

「ごめんなさい!」

「お、おぅ……」


 気まずそうに黒川が軽く会釈する。


 なんだろう。

 さっきまで悪魔みたいで怖い顔だと思ってたのに、急に格好よく見えて来ちゃった。


「ちょっと! 黒川君は私の彼氏だから! 色目使わないで!」


 意識を戻すように、幸子の鼻先で白崎が指を鳴らす。


「い、色目なんか、使ってないですけど……」

「嘘つかないで! こんな事されて、惚れない子なんかいないでしょ! あなた、春高生?」

「そ、そうですけど……」


 バカ!? なんで答えちゃったの!? ゾッとして、幸子は慌てて口を押さえた。

 そんな事をしても後の祭りだが。


 あぁ、終わった。

 グッバイ、私の人生。グッバイ、私の高校生活。


「はい、一々落ち込まない! 理由は省くけど、私達はあなたの味方! 言い触らしたりしないから、逃げたりしないでここで待ってて! 詳しい話はあとで聞くから! 分かった?」

「は、はい……」

「絶対だよ! 顔覚えたから。逃げたって無駄だからね!」


 ぐりぐりと胸元に指を押し付けると、白崎は鼻息を荒げて黒川の方へと歩いていく。


「お、おい白崎、勝手に飛び出したのは悪かったって! けど、緊急事態だ、ああするしかなかっただろ!?」


 白崎の剣幕に、黒川もすっかり怯えている。


「そんな事は分かってるよ! 黒川君がした事は正しい! もう超最高に格好よかったし超最高に惚れ直したけど、それはそれとして彼女の私はハラハラで心配だったの! もう、こんな気持ちになったのなんか久しぶりだよ!」

「し、白崎? お前、泣いてんのか?」

「泣くでしょそりゃ! 大事な彼ピが警棒で頭殴られたんだよ!? 私は別に、鋼の心を持つ最強のサイボーグヒロインじゃないの!? 私だってねぇ、そんな無茶されたら普通じゃいられないよ!」

「ご、ごめん。悪かったって」

「謝らないで! 黒川君は悪くないんだから! でも反省して! 二度とこんな事しないで!」

「わ、わかったって」

「わかんないで! そんな約束しなくていいの! 心配で怒ってるだけなんだから!」

「どうすりゃいんだよ……」

「ほっといて! その内落ち着くから!」


 喚き散らすと、白崎はのしのしと地面に倒れたチンピラの元に歩いていき、とにかくもうめちゃくちゃに蹴り始めた。


「し、白崎!? なにやってんだよ!?」

「制裁だよ! 女の子レイプしようとして、黒川君にも暴力振るったんだよ!? アレくらいじゃ全然足りないでしょ!?」

「そ、そうだけど。そういうのは警察に任せておけばいいだろ……」

「警察に任せられないから私がやってるの! 警察呼んだら、その子の事も話さないといけなくなるでしょ!?」

「あ、そっか……」

「わかったら黒川君も手伝って! こいつらは加害者だから警察には言えないし、遠慮しないで骨折っちゃって!」

「いや、グロいのは嫌なんだけど……」

「じゃあいいよ! 私がやるから! これは私の分! これも私の分! これもこれもこれも! 全部私の分! もう最悪! 死んじゃえ! 女の敵!」


 ボロボロ泣きながら、白崎がチンピラ共を蹴りまくり踏みまくる。


 学校一の美少女らしからぬ光景に唖然としていると、困った顔をした黒川が気まずそうにこちらにやってきた。


「……その、危ない所を助けていただいて、ありがとうございました!」


 とりあえず、幸子は全力で頭を下げた。

 なぜなのかは分からないが、とにかく黒川は助けてくれた。

 命の恩人と言っても大袈裟ではない。


「お、おぅ……。その、なんだ。あいつらに、妙な事されてねぇか」


 視線を外して、もごもごと黒川が言う。


「……はい。おかげさまで」

「……そうか。なにもなけりゃ、それでいいんだが」


 お互いに言葉がなくなり、気まずい沈黙が流れる。

 どうしたものかと思っていると、黒川が意を決したように言ってきた。


「……服、直せよ。風邪ひくぞ」


 ハッとして、幸子は乱れた衣服を整えた。

 さっきまで露出行為を行っていた自分が嘘みたいに恥ずかしい。


 どうやら黒川も、幸子の水着姿を恥ずかしがっていたらしいが。


 ほっとした様子でこちらを向くと、黒川は幸子の顔をまじまじと見つめた。


 それで幸子は冷めてしまった。

 やっぱりこの子も、私の顔を見てがっかりするんだ。


 仕方がない。だって私は、ものすごくエロい身体をした、冴えない顔の地味子なのだ。


 そういう扱いは慣れている……とは言えないが、いつもの事だ。

 一方の黒川は、肩透かしを食らったみたいに鼻を鳴らした。


「クソブスって言ったのは訂正だ。てか、そもそも顔なんか見えてなかったし、普通に可愛いじゃねぇか。口裂け女の仲間だと思って、適当な事言ったんだよ。だから、顔の事は気にすんな。てか、気にする程の顔じゃねぇだろ! 俺の方が、よっぽど酷い顔だっての!」


 もじもじと恥ずかしそう、けれど大真面目な様子で黒川は言ってくる。


 その瞬間、幸子の中で風が吹いた。

 少女漫画にあるアレだ。


 恋に落ちる瞬間って、こういう事なんだ。

 奇妙に納得して、幸子は言った。


「好きです。私も彼女にして下さい」

「……なんでだよ!? おかしいだろ!? 白崎!? これもお前の差し金か!?」

「なわけないでしょ。あと、その子は駄目。本気で黒川君の事好きになってるから。黒川ハーレムには入れてあげません」

「なんでですか!? 私、四番目でも平気です! なんだったら、五番目でも!」

「そんな事言って本気で四番目で満足する女の子なんかいるわけないの。結局最後はみんな一番が欲しくなるんだから。で、それは私。この白崎桜以外にあり得ないの。やっとの事でここまで育てたんだから。今更出て来て美味しい所だけ持って行こうなんて、そんなの許しません。諦めてください」


 それはそうだ。白崎は黒川の最初の彼女で、ハーレムを管理する正妻と言われている。彼女が駄目というのなら駄目なのだろう。


 ……でも、諦めたくない! だって、やっと見つけた本当の恋なのだ!


「じゃあ、友達でもいいです! 私もそばにおいてください!」

「ダメったらダメ! あなたみたいな普通の子が一番怖いんだから! 黒川君的にも手頃な感じの丁度いい顔だし、その癖身体はアンちゃん並にエチエチだし! モテない雰囲気なだけで実はめちゃくちゃモテるタイプだもん! 私には分かるんだから!」

「いや、俺抜きでそういう話をされても困るんだが……」

「そーですよ! ハーレムのメンバーを選ぶ権利は黒川君にあるはずです! 私、白崎さんみたいに可愛くないですけど、その分一生懸命尽くしますから、彼女にして下さい!」

「いやいや。私は可愛さに胡坐をかいて逆転される負けヒロインじゃないから。むしろ誰よりも黒川きゅんに尽くして尽くして尽くしまくってるから。舐めないで欲しいんだけど」


 こうなったら奥の手だ。


「……私の方がおっぱい大きいですよ?」


 黒川の手を取って、そっと胸元に押し当てる。


「な、なにしやがる!? 女の子がそういう事するんじゃねぇ!?」

「ちょっと雌豚さん! 私の彼氏に色仕掛けしないで!?」


 白崎に胸を思いきり掴まれて、仕方なく黒川の手をはなす。


「でも私、諦めませんから!?」

「もう! 最悪! 黒川君のバカ! ジゴロ! わけわかんない所でモテないで!」

「俺のせいじゃないだろ!?」

「黒川君のせいですよ! あなたが私を恋に落したんです!」

「あーもー! わかったから盛らないで! それより、雌豚さんもこいつらに制裁して。今やらないと、後で絶対後悔するよ」


 それもそうだ。


 はぁ。学校一の美少女の時点で勝ち目がないのに、性格まで強キャラだ。自分みたいなエロい身体だけが取り柄の地味子じゃどうあがいても太刀打ちできない。


 でも、どうしても諦められないよ~!


 悶々とする想いを、とりあえず幸子は足元のチンピラ共にぶつけた。


 えいや!


 ボキッ。


――――――――――――――――――――――――――――


四番目でもいい方はコメント欄にどうぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る