第44話 魔法使いは言いました。「さぁ灰かぶり、ガラスの靴で踊りなさい」
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
繁華街の裏通り、雑居ビルの間の物陰に身を潜め、
魔法使いがくれたガラスの靴の調子が悪いことは幸子も気づいていた。
こんな事は、いつまでも続けられるはずがない。
十二時の鐘は鳴り、魔法は解け、醜い灰かぶりに戻る時がやってきたのだ。
勉強の息抜きなら、もう十分したじゃないか。
だから、これで最後にしよう。
そう思って部屋を抜け出すのだが、一度知ったイケナイ遊びをやめる事が出来ず、雨が降る度、あと一回だけ、もう一回だけと続けてしまった。
そしてついに先程、ガラスの靴は砕けてしまった。
怪我をしなかったのは不幸中の幸いだが、おかげで幸子は立往生だ。
夜の繁華街は治安が悪いと聞いている。
ガラスの靴を脱いだせいで今は裸足だし、レインコートの下はこっそり通販で買ったあられもない水着姿だ。
そして幸子は、顔は冴えない地味子だが、身体は結構エロいのだ。
クラスの男子の下品な猥談や、舐めるような周りの視線でその事には気づいている。
だからつい、こんな事をしてしまったのだが。
こんな所を変な輩に見つかったら、なにをされるか分かった物じゃない。
変じゃない輩に見つかっても、それはそれでマズい。
今の幸子は言い逃れの余地がないくらい完璧に変質者だ。
補導なんかされた日には全てが終わる。
勉強の事しか頭にない親は、失望して幸子を見捨てるだろう。
学校も退学になって、今まで遊びもせずに机に齧りついていたのが全て無駄になる。
そして一生、冴えない地味子のくせに露出狂に走った恥ずかしい女として笑い者になるのだ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
それだけは絶対嫌だ!
そんな事にはならないように、幸子なりに注意はしていたのに、なんでこんな事になってしまったのか!
ガリガリと爪を噛みながら、幸子は責任を押し付ける相手を探した。
頭に浮かんだのは、悪魔のようなあの男だった。
今となっては知らぬ者のいない、学校一の有名人。不良達に恐れられ、黒川教なる勢力を拡大させ、名だたる美少女を次々とハーレムに加える謎の男、黒川玲児だ。
彼を夜道で見つけた時、幸子は正直、やったと思た。
だって黒川は、学校一の美少女達をはべらせているのだ。
白崎や一ノ瀬、西園寺の裸だって見た事があるだろう。
そんな男に裸を見せつけ、うっとり見惚れさせることが出来たなら、冴えない地味子の自分でも、身体だけは学校一の美少女達に勝ったと思える。
想像するだけで、幸子は背筋がゾクゾクした。
歪んでいる? そんな事は分かっている。
貴重な青春をずっと机に向かって浪費してきたのだ。歪まない方がどうかしている!
だから自分は悪くない。悪いのは優等生である事を強いて私を歪ませた親の方だ。
そして、毎日こんなに頑張っている自分には、これくらいのご褒美を得る権利がある!
そんな思いで幸子は黒川の前に裸同然の姿を晒した。
さぁ見なさい! 私の身体はエロいでしょう! 顔は冴えない地味子だけど、身体には自信があるんだから! 男子はみんな、こういう身体が好きなのよ! 影でこそこそ、おかずにしたとか言ってるの知ってるんだから!
幸子は勝利を確信していた。
今まで何人もの男に裸同然の姿を晒してきたが、一人として幸子の身体を見てエロい顔にならない男はいなかった。
幸子はバカな男共がみっともなく鼻の下を伸ばした顔を見るのが好きだった。その瞬間だけは、自分が鉛色の青春を送るパッとしない寂しい地味子であるという事実を忘れられた。
それなのに、黒川は全くそんな顔にはならなかった。
むしろ逆に、とんでもなく醜いものを前にしたように顔をしかめて怯えていた。
そして言うのだ。
「お前なんか、綺麗じゃねぇって言ったんだ! この、化け物のクソブスがぁ!」
ガラスの靴が壊れたのは、本当はその瞬間だったのだろう。
幸子にかかった
いったい自分はなにをやっているんだろう。
魔法使いを名乗るどこの誰かも分からない人物が一方的に送り付けてきた、わけのわからないヘンテコな機械を脚に装着し、雨の夜ごとに露出行為を繰り返す変質者じゃないか。
醜い。醜すぎる。
顔だけじゃなく、その歪んだ精神が反吐が出る程醜くて仕方がない。
こんな事をしても、学校一の美少女に勝てるわけがないのに。
こんな事をしても、過ぎ去ってしまった青春を取り戻せるわけがないのに。
よりにもよってその事を、こんな醜い悪魔のような男子に指摘されるなんて。
最低も最低、最悪も最悪。
それで幸子はキレてしまった。
今まで目を背けていた現実が一気に押し寄せ、悲鳴をあげながらめちゃくちゃに街を走り回り、ガラスの靴はついに壊れ、気がついたら繁華街の裏通り。
だからこれは、全部、全部……。
「……全部、私のせいじゃない……」
唇を噛むように呟いて、幸子はついに泣き出した。
最後の最後で黒川のせいに出来なかったのは、そこまで堕ちたら本当に醜いバケモノになってしまう気がしたからだ。
これは全部、百パーセント自分が悪い。
勉強だって、親に褒められたくて自分から始めた事なのだ。
それで勝手に引っ込みがつかなくなり、優等生ぶっていただけじゃないか。
友達を作らなかったのは自分から話しかけるのが怖かっただけだ。
部活に入らなかったのも、好きな男の子に告白できなかったのも、ただそうする事が怖かっただけ。
全部臆病な自分が悪いのに、勉強のせいにして被害者ぶってきた。
これはその報いなのだろう。
認めると、幸子は少しだけ気持ちが楽になった。
そうとも。
今ならまだやり直せる。
ガラスの靴を脱いで、醜い灰かぶりなりに頑張ろう。
そしたら、黒川みたいになにかの間違いで素敵な王子様に見初めて貰えるかもしれない。
とりあえず今はここに身を潜めよう。もう少し遅くなれば繁華街の人も減って、誰にも見つからないように家まで帰れるかもしれない。
それで、両親とも話し合って、今からでも高校生活を楽しもう。
三年生じゃ遅すぎるけど、探せばそういうのを気にしないテキトーな部や同好会が一つくらいあるはずだ。それで、この身体でぐいぐい行って、夏休みまでに彼氏を作っていっぱい遊ぶんだ!
前向きになれたのは、どん底まで落ちたからだろう。
一番下まで落ちたら、後は上がるだけだ。
幸子はすぐに自分の間違いに気づいた。
ここはまだ、どん底じゃない。
「あらら~? こんな時間にこんな場所で女の子が一人でいたら、ヤバい奴らに見つかって危ないよ~ん」
「そうそう。例えば俺らとか。ぎゃははは!」
「てかこいつ、なんで裸足なんだよ」
さっきまでの前向きな気持ちは粉々に砕け、どす黒い絶望が幸子の胸に広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。