第42話 ターボ八尺女

「……てか、ターボ八尺女ってなんなんだよ」


 雨降りの中、レインコートに身を包み、夜の住宅街を白崎と一緒に歩いている。


 例の妖怪とやらは雨の日の夜にしか出ないそうなので、条件のあった翌日の晩に二組に分かれてパトロールの真似事をしている。


 言い出しっぺの枯井戸が不参加なのには事情があった。俺の所に話を持ってくる前に、自分達でどうにかしようと安藤と二人で夜の街を徘徊していたらしい。で、その事で親に怒られ、二人仲良く外出禁止。それで俺に泣きついたというわけらしい。


 ちなみにこの組み合わせは白崎の提案の結果だ。俺以外の三人は見た目だけは美少女だ。謎の妖怪以外にも、変質者にあったりしたら危ない。だからまず、腕っぷしに自信のある俺と一ノ瀬を別の組みに分け、その後白崎と西園寺がジャンケンをした。例によって白崎は口八丁の駆け引きを西園寺に仕掛けて、結果を操作していたようだが。


「ターボババァみたいに早くて、八尺様みたいに大きくて、口裂け女みたいにワタシ、キレイ? って聞いてくる妖怪だよ?」


 当たり前のように白崎が言ってくる。


「それは俺だって分かってる。枯井戸から説明されたからな。そういう事を言いたいんじゃなくて……なんかこう、色々おかしいだろ? 大体、口裂け女以外初耳だし」


 俺はホラーや怪談も大嫌いだ。だから出来るだけ耳に入れないようにしている。というか、そんな話をする友達がいなかったから知る機会もなかったが。


「じゃあ教えてあげる。その三つは都市伝説系の妖怪で、ターボババァは名前の通り、物凄く足の速いおばあちゃんなの。ひと気のない山道とかトンネルの中を車で走ってると、急に窓を叩かれて、見たらおばあちゃんが並走してるってオチ。他にも追い抜かれると交通事故に遭うとか色々あるけど。バリエーションも豊富で、ジェットエンジンを背負ったジェットババァとか、ダッシュシューズを履いたダッシュババァ、ジャンピングジジイなんてのもあるんだよ? ……って、どうしたの? 変な顔して」

「……いや、それ、嘘だろ。流石に騙されねぇっての」


 そんなわけのわからない妖怪がいてたまるか。


「本当だって。嘘だと思うなら調べてみてよ」


 言われた通り、携帯を取り出してネットで調べる。


「……え、マジかよ」

「ほらほらほら! だから言ったでしょ? あーあー! 私、傷ついちゃったなぁ~?」


 白崎は大袈裟に悲しむと、胸を押さえて何かを期待するようにちらちらと俺の顔色を伺う。


「…………悪かったよ」

「にゃんっ!」


 いきなり白崎が腕にしがみ付いてきた。


「だぁ! くっつくなよ! 濡れるだろ!」

「カッパ着てるから平気だもん。はぁ、デレに入った黒川きゅん、かわゆすなぁ……。でも、あんまりやるとありがたみが減っちゃうし、難しい所だよね?」

「う、うるせぇ! 別に、デレてなんかねぇし……変な事言うなよ!」

『……ちょっと二人とも。あたしがいないからってイチャイチャしないでくんない?』


 西園寺の用意したイヤホン型トランシーバーから不機嫌そうな一ノ瀬の声が響く。


「べ、別に、いちゃいちゃなんかしてねぇよ!」

『してんじゃん! だからあたしは桜と組みたかったんだよ! って、嘘嘘!? 西園寺が嫌とかそういう意味じゃないから、そんな悲しそうな顔すんなし!?』

『……別にボクは悲しい顔なんかしていない。天才とは常人には理解されない、孤独な存在なんだ。そういう扱いには慣れている……う、うぅぅ……』

『あ~も~! ごめんってば! ほら、高い高いしてやっから、泣くなし!』

『こ、子供扱いしないでくれ! 背は小さくてもボクは立派な――わー! 高いぞ! 巨人になった気分だ!』


 ……まぁ、よくわからんが向こうは向こうで仲良くやっているらしい。


 ちなみに八尺様というのは、田舎に現れる白いワンピースを着たデカい女の妖怪で、「ぽぽぽぽ」と鳴きながら目をつけた子供を攫うらしい。


 ……なにそれ怖い。


「……こ、高校生は子供じゃないよな?」

「未成年は子供じゃない?」


 ニヤニヤしながら白崎は言う。俺が怖がっているのを分かっていてそんな事を言うんだから、やっぱりこいつは意地悪だ。そういう所に関しては、やっぱりどうかと思う。


『妖怪なんて迷信だ。そんなもの、存在するわけがない』


 機嫌を直した西園寺が話に入ってくる。


「けど、現にそのなんとか女が現れて、雨の日の夜に一人で歩いてる男を襲ってるんだろ?」

『襲っているという表現は正しくない。枯井戸君の話によれば、レインコートの前をはだけさせて、際どい水着姿を見せつけているだけだ。状況だけを考えれば、ただの露出狂、痴女の類だろう』

「二メートル以上あって、物凄く足が速いって話だぞ」

『その手の話は伝聞によって誇張されていると考えるべきだ。ただ単に背が高くて足の速い痴女がいるのを、誰かが面白がって都市伝説に仕立て上げたというのが真相だろう』


 ……まぁ、一応は天才を自称するだけの事はあるのだろう。理路整然と言われて、確かにと俺も思った。妖怪の相手なんか絶対にしたくないから、その方が助かる。


「それは当然の話として。問題はなんで生徒会が噂の究明をオカルト同好会に依頼したのかって事だよ。変質者なら警察に任せておけばいい話でしょ?」

「それはまぁ、確かにな……」


 ていうか、当然だったのか。

 俺は結構マジで妖怪がいるんだと思ってビビっていたんだが。


『ねぇ桜、なにか気づいてるんでしょ? 勿体ぶらないで教えてよ』


 じれったそうに一ノ瀬が言う。


「だって、すぐに答えを言っちゃったらつまんないでしょ? 二人が怖がってる所見たかったし」

『もう、桜ぁ! 性格悪いって!』


 そうだそうだ! 一ノ瀬! もっと言ってやれ!


「じゃあ言うけど。多分生徒会は、その痴女が春高の生徒だって疑ってるんじゃないかな?」

「なんで生徒会がそんな事気にするんだよ」

「ん~。それは色々あると思うけど。うちの学校から犯罪者が出たら学校の評判が下がって良くないでしょ? 推薦枠とか、入学希望者とか。その子にとっても良くないし。うちの学校は自由な分、生徒会の権限が強いから、生徒会的にも経歴に傷が付くみたいで嫌なんじゃないかな。実際、裏で手を回して色んな事件を解決してるみたいだし」

「マジかよ……」

『本当黒川ってなんにも知らないのな。結構有名な話だし』

「うっせ!」


 白崎を取られて嫉妬しているのだろう。一ノ瀬が絡んでくる。

 まぁ、実際俺はボッチだから、みんなが当たり前のように知っている事を結構知らなかったりするのだが。


『なるほど。流石は白崎君だ。それならば生徒会の奇妙な要求にも説明がつく。が、一つ納得のいかない点がある。生徒会が件の露出狂を春高生だと疑っているとしてだ。妖怪扱いされるくらい背が高くて足の速い女生徒となると対象はかなり限定される事になる。わざわざ外部に頼る程の事でもないと思うのだが』

「そこは私も不思議なんだよね。そこまで噂になるくらい大きい子なんか、アンちゃんを入れても数人しかいないし。あの生徒会長なら身内で解決しちゃいそうな気もすけど」

『ちょっと桜ぁ! あたしはそんな事しないから!』

「安心しろ一ノ瀬。面会にはお菓子を持って行ってやるぞ」

『違うってば!?』


 そんなやり取りに、俺は内心、友達みたいだなとドキドキしていた。

 それに対する恐怖や忌避感はまだあるが、それ以上に楽しさが勝っていた。

 醜い嫌われ者の俺が、こんな事をしていてもいいのだろうか。

 わからない。

 だが、もう諦めた。

 どの道俺は、挽回不可能な程沢山の弱みをこいつらに見せてしまった。

 今更心配してもどうにもならない。

 なら、開き直って楽しんだ方がマシだ。


「その辺の謎は犯人を捕まえれば分かる事だよ。身元を確認して、春高生なら生徒会に、そうじゃなかったら適当にお説教して、やめないようなら警察にご報告という事で」


 たいして作戦会議もしていなかったが、白崎の中には既に青写真が出来ているらしい。

 頼もしいやら恐ろしいやら。これで学校一の美少女なのだから、恐れ入るばかりだ。


『てか問題は、そう都合よく変態女と出会えるかっしょ』

「大丈夫だろ。認めたくないが、俺はやたらと変態女を引きつける体質らしいからな」

「お、黒川きゅん、言うようになったねぇ」


 ニコニコと、嬉しそうに白崎が肘でついてくる。

 俺だって、バカみたいに噛みつくだけが能じゃない。

 余裕があれば、軽口だって叩けるのだ。


『あたしは変態じゃないし!』

「変態はみんなそう言うんだよ」


「私は変態だよ?」

「そんな事言う奴は変態に決まってる」


『ボクは変態じゃなく天才だ! 枯井戸君が生徒会から得た出没情報を分析し、ターボ八尺女と出会う確率の高い地域は割り出している。勿論今ボク達のいる場所がそうだ。それによれば、本日この時間の遭遇確率は、38パーセントだ!』

『いや、38パーセントって……』

「ドヤるんならせめて70パーセントからだろ」


『人間の行動予測はものすごく大変なんだぞ!? ここまで絞り込んだだけでも褒めてほしいくらいだよ!』

『はいはい、西園寺はすごいすごい。マジ天才』

『ふにゅ~……そうだそうだ! もっと褒めてボクの頭を撫でるがいい!』


 どうやら西園寺は頭を撫でられるのが好きらしくて、事あるごとに一ノ瀬に頭を撫でさせて幸せそうにしている。


 ……まぁ、俺も子供の頃は母親に頭を撫でて貰うのが好きだったから、その気持ちは分からないでもないが。

 なんて思っていると、例によって白崎が生暖かい目で俺を見ていた。


「ち、違う! 別に俺は、羨ましくなんかないからな!」

「私はなにも言ってないよ?」


 そう言われて、俺は恥ずかしくて赤くなった。

 絶対からかう気だったくせに!

 いつの間にか俺も、こいつの考えている事がなんとなくわかるようになってしまっていた。


「むはー。その照れ顔、百万点……。ものすごく母性が擽られちゃうよぉ。具体的には、膝枕して頭を撫でながらお昼寝させてあげたいなり」

「そ、そんな事、絶対しないからな!」

「という負けフラグは置いといて、どうやら回路チンの予測は当たったみたいだよ?」

「……ッ!?」


 ハッとして前を見ると、一本道の向こうから、あり得んデカさの白い人影が猛スピードでこちらに向かってきているのが見えた。


「……ターボ八尺女」


 ヤバいこれ。

 本物の妖怪だろ。


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 百満点の一般人お嬢様な方はコメント欄にどうぞ。

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