第41話 承認欲求の芽生え


 バカみたいな話だが、黒川教は宗教だ。少なくとも、枯井戸達はそのつもりで布教活動を行っている。で、宗教というからには、入信者は黒川教に入る事でなんらかのご利益を期待している。


 一つは恋愛成就だ。安藤が言っていたように、醜い嫌われ者の分際で学校一の美少女である白崎と、ムチムチボディの一ノ瀬を同時に彼女にしている俺は、学校中の非モテ達の希望の星になっているらしい。


 加えて俺は、図らずも冴えない根暗の安藤と、見た目だけはクールな清楚系美少女である枯井戸とのキューピッド役を演じてしまった。


 そしてこの二人は、お互いに俺が悪魔の力で片思いを成就させたのだと思い込んでおり、そのご利益を喧伝しながら布教活動を行っている。それらの諸々が合わさった結果の恋愛成就というわけだ。


 もちろん俺にそんな力は全くないのだが、謎に自信をつけ、勝手に俺の言葉を預かった気になっている預言者気取りの安藤の恋のアドバイスが、どういうわけか功を奏して片思いが実ったり、教団内でわいわいしている内に信者同士がくっついたりして、恋愛成就が現実のものとなってしまっているらしい。


「精一杯真心をこめて、相手が折れるまでしつこくアタックし続ければ、大体の恋は実るものなんだよ」


 というのは知らない間に教団内で俺の使徒兼アドバイザーになっていた白崎の談だが。数多の告白を片っ端から断ってきたお前が言うか? という感じがしないでもない。


 ともかく、そうしてくっついた奴らは自分たちの恋愛で忙しいので教団から去っていく。


 それについては正直どうでもいい。俺の名前を使って他人に迷惑をかけられたら困るが、そうでないなら勝手にしろという感じだ。もちろん、いろいろ問題がある事は俺だってわかっているが、黒川教に関してはもはや俺にはどうしようもない。


 素直に認めるのはまだ難しいが、俺は今のこの現状を気に入ってしまっている。どれだけ否定しようが、それは事実なのだ。ドラハンの一件で、俺はそれを理解した。


 白崎を恋人だと思うことなんてどう頑張っても無理だし、それどころかあいつらを友達と思うことすら今の俺には難しいが、それはそれとして、俺はこのよくわからない状況を楽しいと感じているし、楽しむことで忙しい。


 だから、わざわざわけのわからない教団に首を突っ込んで、嫌な思いをしたり面倒ごとに巻き込まれたくなかった。君子危うきに近寄らずという奴だ。


 で、そうこうしている内に、教団内には恋人の出来ない余り者が増え始める。チビだのデブだのブスだのオタクだの、とにかく冴えない連中だ。で、大抵の場合、そういった連中はいじめられっ子なのだが、ある時ふとこいつらは気づいたらしい。


 あれ? 僕たち最近いじめられてなくない? と。


 ここで思い出して欲しいのが、俺は泣く子も黙る醜い嫌われ者だという事だ。白崎のせいで最近は舐められっぱなしだが、それ以前の俺は尖りに尖っていた。触れるもの皆傷つける、抜き身の刃のような存在だったのだ。


 ……いや、本当にそうだったんだって!


 とにかく、基本的には俺みたいな醜い嫌われ者に絡もうとする物好きはいない。そんなのは精々粋がった不良ぐらいのものだ。


 俺は不良が大嫌いだ。好きな奴なんかいないと思うが。

 ともかくこいつらは、俺の平穏を乱す大敵なのだ。


 思い返せば、俺がいじめられていた頃、周りには常に不良共がいた。俺はこんな見た目だから、嫌でも悪目立ちしてしまう。それでいつも不良共に目を付けられ、その頃の平和主義で温和だった俺は、いいようにやられてしまった。


 不良共は俺の事を見掛け倒しの意気地なしだと舐め腐り、好き勝手いじめ出した。そうなると周りの連中も一緒になって俺をいじめだす。俺を庇ったり仲良くすると自分もいじめられるから、誰も助けてくれなかった。むしろ、いじめられないように率先していじめに加わる。くそったれな負の連鎖の出来上がりだ。


 だから俺はこの街に越してきて、今度は絶対に舐められないようにしようと心に誓っていた。特に、アホボケの不良共には。


 で、入学早々上級生の五人組に絡まれたからぶちのめした。幸い、表面上は大きな問題にはならなかった。母親が一生懸命庇ってくれたし、そもそも先に手を出したのは向こうで、俺はやり返しただけだ。数だって向こうが多い。十分正当防衛で通用する。不良共だって、五対一で一年坊主に負けたら恥ずかしい。その上ガタガタ騒いだら、恥の上塗りだ。


 それが功を奏したのか、不良が俺に絡んでくる事はほとんどなくなった。それでも時々、俺をぶちのめして名を上げようとする佐藤みたいなバカが喧嘩を吹っかけてくる事があったが、全員返り討ちにしている。


 とまぁ、そんな俺なので、どうやら不良共からは恐れられていたらしい。下手に手を出しても恥を掻くだけだから、放っておけと。それこそ、君子危うきに近寄らず、触らぬ黒川に祟りなしという事なのだろう。


 それが第二のご利益だった。


 黒川教に入れば不良にいじめられることがなくなる。それだけじゃなく、黒川教には同じようなボッチのはみ出し者が沢山いて、友達を作ることも出来る。中には恋人まで出来た者までいる、天国のような場所なのだ。そんな噂がまことしやかに囁かれるようになり、ささやかな平穏を求める子山羊達となって枯井戸のもとに押し寄せた。


 黒川教の部員増加には、そんなカラクリがあったらしい。


「だから私は、どうしても大悪魔黒川教同好会を部に昇格させたいのです!」


 そう訴える枯井戸の顔は真剣そのものだ。


 黒川教関連で変態的なイメージが先行しているが、元々はクラス委員長をやるような、真面目で世話好きな女なのである。信者の冴えない連中に、彼氏である安藤の姿を重ねたというのもあるかもしれない。教団内では悩める信者達の愚痴や相談なんかも聞いていて、黒の聖女ブラックマリアとか言われて慕われているそうだ。


 それで情が移ったというのもあるのだろう。今でさえ部室はかなり手狭なのだが、いじめられっ子の信者はまだまだ増えそうだ。黒川教の名に懸けて、迷える子山羊は余すことなく救ってあげたい。そういう事らしい。


 で、ここからが本題なのだが。


「それで先日、聖戦の甲斐あって、私達は生徒会から妥協案を引き出す事に成功したのです。大悪魔黒川教同好会を部として認める事は出来ないが、オカルト部の中でそういった活動を行う分には目を瞑ってやると」

「ならよかったじゃねぇか」


 と言っていいのかわからないが。

 生徒会とのもめ事が終わったのはいいことなのだろう。


 俺だって、そんな話を聞かされて今更教団を解散しろなんてことは言えない。いじめの辛さは俺だって知っている。一度手に入れた居場所を失う辛さもだ。行き場を失った冴えない連中がいじめを苦に自殺なんかしたら、きっと俺は一生後悔するだろう。そんなのは全然俺の責任じゃないのだが、だとしても、俺は気にしてしまうのだ。


 そんな風に言えるのは、最近毎日が楽しくて、ちょっとだけ心に余裕が生まれたせいかもしれない。


 ともかく、俺に被害が及ばなければどうでもいい。

 はっきり言って、報告だっていらないくらいだ。

 ……どうやら、話はそれだけでは済まないようだが。


「あの会長の事だから、なにか条件を付けてきたんでしょう?」


 無駄に顔の広い白崎だ。見透かすようにそんな事を言う。


「そうなんです。あのイケメン野郎は、オカルト同好会ならこれくらいの事件は解決して見せろと、部への昇格の条件に、最近巷で噂になっている妖怪騒ぎの真相解明を要求してきたのです!」


 ……おいおいマジかよ。勘弁してくれ。


「……まさか枯井戸、そいつを俺にやれって言い出すんじゃないよな?」


 まさかもなにも、この流れは絶対にそうに決まっている。


「あぁ、黒川様! 恥を忍んでお願い申し上げます! 私の身体と引き換えに、今一度、どうか悪魔のお力をお貸しください!」


 枯井戸が土下座する。

 どうせ安藤の入れ知恵だろう。

 くそ生意気な一年坊主め。

 今度見つけたら絶対殴ってやる。


 そんな事をする義理はないし、そもそも妖怪なんか存在しない。居たとしても、俺はそういうのが大嫌いだから関わりたくない。他にも両手いっぱい、断る理由は思いつく。


 けれどもだ。


 隣では、白崎が嫌がる俺を論破しようと、屁理屈を言いたそうな顔で待ち構えている。


 人見知りを発動して少し離れたところで見ている一ノ瀬は、枯井戸のお涙話に当てられて、助けてやろうよ……とウルウルしながら目で訴えている。


 西園寺は「面白い! ボクの科学で枯井戸君のオカルトを否定してやるいい機会だ! 黒川君、もちろん受けてくれるだろうね?」とすでにやる気満々だ。


 俺がこの頼みを断れる可能性は、どうあがいてもゼロパーセントだろう。

 そんな事は、天才じゃなくても計算できる。


 それに俺も、本当に少しだけ、小指の爪の先ほど、やってもいいかなという気持ちがあった。


 くそ生意気な一年坊主に言われた「ありがとう」の言葉が、俺の頭をちらつくのだ。


 俺は醜い嫌われ者だ。

 誰にも愛されず、褒められず、感謝される事のないダメな奴だった。

 母親だって、こんな息子では自慢出来ないだろう。


 そんな俺が人助けをしたと知ったら、ちょっとは不憫な母親を喜ばせる事が出来るかもしれない。


 もしかしたら俺だって、醜い嫌われ者の自分の事を、少しだけ見直してやることができるかもしれない。


 あとはまぁ、一応は俺の名を冠した団体なのだ。生徒会の連中に舐められたままにはしておけない。


 言い訳は、そんなところで十分だろう。


 俺はいかにも、嫌々、ウンザリ、不承不承、仕方なくという感じでため息をついた。

 そして言うのだ。


「お前の身体なんか欲しかねぇよ。甘い物だ。それも珍しくて美味しい奴。俺への貢ぎ物は、それ以外認めねぇ」

「あぁ、黒川様……ありがとうございます、ありがとうございます!」

「ほらチグちゃん、もういいから。黒川きゅうんも、土下座なんか喜ばないよ」


 むせび泣く枯井戸を白崎が立たせる。

 そして俺を振り返り、なにか言いたそうにニコニコする。


「……なんだよ」


 まぁ、散々ひねくれた事を言ってきた俺だ。

 急に人助けなんか始めたら、そりゃおかしいだろう。


「黒川君。普通に好き。好き好き好き。私、どんどん好きになっちゃう」

「……うるせぇ。まだなにもしてねぇっての」


 頼むから、あまり俺を困らせるな。


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