第40話 暗黒の聖戦

「まぁまぁ。チグちゃんは変わってるけど基本的にはいい子だから。なにかあったら仲裁するし、邪険にしないで楽しくやろうよ」


 というのが白崎の言い分だった。

 だったら聞くなという感じだが。


 なんにしろ、枯井戸が入って来たのでブローノ君三号を使った検証は一時中断だ。

 西園寺はビクビクして、小動物みたいに俺の後ろに隠れている。

 それを見て、枯井戸が言う。


「あぁ、黒川様。超科学部の部室に入り浸っていると聞いて心配していたのですが、杞憂だったようですね。既に悪魔のお力で西園寺さんを下僕に変えていたとは。流石です」

「なっ!? ボクは下僕になんかなってないぞ!?」

「俺もこんな奴を下僕になんかしてねぇよ!」


「はて? それではなぜこのような異教徒と一緒におられるのですか? まさか西園寺さん、またわけのわらかない事を言って黒川様のお手を煩わせているわけじゃありませんよね? だとしたら……拷問です……」

「ひぃっ!?」

「お、おい、枯井戸、落ち着けって……」


 言わんこっちゃない! 

 この女、俺の事になるとすぐに狂信者モードに変わるんだぞ!

 どうすんだよ白崎!


 視線を向けると、白崎は任せて! という顔でウィンクし、枯井戸に耳打ちする。


「チグちゃん。黒川君は回路チンが気付かないように洗脳したの。だからその事は言わないでおいて」

「まぁ! そうだったのですね! 私としたことが、申し訳ありません黒川様」

「お、おう……」


 なにを言ったのかは知らないが、どうせろくでもない屁理屈を並べたのだろう。

 が、枯井戸が大人しくなるのならこの際なんでもいい。

 俺のせいで西園寺と枯井戸が争っている所なんか見たくないからな。


 俺はボッチの嫌われ者だ。

 そういうわけのわからない修羅場には慣れていない。

 感じたくもない罪悪感で胸が苦しくなる。


「白崎君。君はこの女になにを言ったんだ?」


 西園寺は西園寺で、魔法使いでも見るような目で白崎を見ている。

 次に白崎は西園寺に耳打ちをした。


「普通に洗脳されてるって事にしておいたの。チグちゃんはちょっと思い込みが激しいところがあるから、そういう事にしておいて。その方が回路チンも拷問されなくていいでしょう?」

「むぅ……甚だ遺憾だが、枯井戸君には理屈が通じないからな。仕方あるまい」


 と、こちらも納得させてしまった。

 ……全く、大した奴だ。


「で、俺の事はどうやって言いくるめようってんだ?」


 試しに聞くと、白崎は執事みたいに恭しくお辞儀をした。


「黒川様の御命令通り、本日もバリエーション豊富な美少女を取り揃えてございます

「おいバカふざけんな!?」


 この女は本当に、なんて事を言いやがるんだ!


 おかげで西園寺と枯井戸は二人して、「やっぱり催眠アプリを使ってるんじゃないか!」とか、「やはり悪魔のお力で闇のサバトを催していらしたのですね」と盛大に勘違いしている。


「ふっ、勘違いを助長させる事で正妻ポジションを守りつつ、イロモノヒロインを集めて私の可愛さを際立たせる作戦だよ! ほら見て、私が一番かわいいでしょう?」


 ほっぺに指を当て、白崎がニパーと笑いかける。


「お前が一番のイロモノなんだよ!?」

「あ、可愛いは否定しないんだ」

「う、うるせぇ! そんなもん、学校一の美少女なんだから当たり前だろうが!」


 悔しいが、それは事実だ。だから認めるしかない。


 ていうか、一ノ瀬が物凄い顔で親指の爪を噛みながら俺の事睨んでるんだけど。

 勘弁してくれ! お前らとわいわいやるのはいい。正直言って、俺はずっとそういうのに憧れていた。だけど、こういう修羅場みたいなのは嫌だ! 俺は非モテでボッチで嫌われ者なんだ! デカい感情を向けられるとストレスで胃がキリキリするんだよ!


「はぁ……黒川きゅんが私色に染まっていくこの感じ、最高だよぉ……」


 白崎の相手をしていても埒が明かない。

 こういう時は話題を変えるに限る。


「てか枯井戸。急ぎの用事じゃないのかよ」

「そうでした。お喜びください下さい黒川様! 私とダーリンの地道な布教活動により、ついに大悪魔黒川教同好会の部員数が三十名を突破いたしました!」

「ながっ!?」


「ダーリンって安藤君の事だよね? い~ない~な~、チグちゃんの所はラブラブで。私もきゅんとダーリンハニーって呼び合いたいよ~」

「お陰様で、ダーリンとは仲良くさせて頂いております」


「ねぇねぇチグちゃん。ダーリンとはもうしたの?」

「白崎さんったら! こんな所で、恥ずかしいです……」


「い~じゃん! 聞かせてよぉ~。間接的に黒川君に聞かせたら、そういうのに興味持ってくれるかもしれないし」

「ならねぇよ! てか、女子が人前でそんな話するんじゃねぇ!」


 男子だって下品だと思うが。

 とにかく、俺はそういう話は苦手なんだ!


「もう、黒川きゅんは本当に初心なんだから」

「うるせぇ! それより、なんだよ三十人って! この学校はそんなにバカが多いのか!?」

「それだけ、間違いだらけのこの世界で、悪魔に救済を求める方が多いのでしょう。ともかく、これだけの人数が集まったのですから、いつまでもオカルト同好会(大悪魔黒川教同好会)というわけにはまいりません。ですので私は先日、生徒会に出向き、正式に大悪魔黒川教部の設立を申請してまいりました」


「なんて事しやがる!?」

「やったね黒川きゅん! なんか色々!」


 よくねぇし、ボケが雑なんだよ!


「ところがです。生徒会の分からず屋共は、そんなわけのわからない部は認められないと申請を却下したのです!」


 よかったあああああ! この学校にもまともな奴がいたあああああ! 

 生徒会、グッジョブ!


「ありゃ残念。それで、諦めちゃったの?」

「まさか。私は心からの願い事を黒川様に叶えて頂いたのです。この程度の事で諦めてしまっては教祖失格、黒川様にも申し訳が立ちません!」


 いや、頼むから普通に諦めてくれ。

 俺はそんなの全然望んでないから!


「そういうわけで、私達は日本国憲法によって保証された信仰の自由を盾に戦いました!」

「なんでだよおおおお!」

「わお! 宗教戦争勃発だね!」


 もう、本当勘弁してくれ! 

 俺の名前を使って生徒会と喧嘩とか、絶対ヤバいだろ!


「対する生徒会は、「信仰するのは君達の自由だ。それは認めよう。だが、部として認めるかは話が別だ。校内の一生徒、しかも学校中で噂になってる悪魔のような問題児を信仰する部なんか、常識的に考えて認められるわけないだろう?」とか屁理屈を言いやがるのです!」


 いや、ド正論もいい所だろ!


「それでそれで! チグちゃんはどうしたの?」


 白崎は寝物語をせがむ子供みたいに目をキラキラさせてるし。

 確実にこの状況を楽しんでるだろ!


「度重なる生徒会の横暴に、ついに私も堪忍袋の緒がブチ切れ、大悪魔黒川教教祖枯井戸千草の名の元に、暗黒の聖戦ダークジハード、オペレーションハルマゲドンを宣言いたしました。具体的には生徒会メンバーの下駄箱に虫の玩具を入れたり、生徒会室の前で集まって大声で魔導書の朗読会などを」

「馬鹿野郎! 他所様に迷惑をかけるんじゃねぇ!?」


 たまりかねて俺は叫んだ。

 バカ共が勝手に集まってバカバカしいお遊戯をやっている分には見逃してやる。けど、人に迷惑をかけるのはダメだろうが!


「あぁ、黒川様、なんとお優しいお言葉。仰る通り、預言者であるダーリン、安藤君の解釈した黒川教の教義ドグマにおいても、他者に迷惑をかける行為はタブーの一つとされています。けれど、それでも私は教祖として、迷える子山羊達の為に立たねばならなかったのです!」

「いや、大袈裟だろ。てか、安藤の作った教義って、相手の事を考えるなとか、ヤバい奴じゃなかったか?」


 以前話した時に、俺の言葉には千の意味があるとか言って勝手な事をほざいていた気がするんだが。


「ご安心ください。その文言は黒川様の使徒にして闇の堕天使である白崎さんのアドバイスに従って既に削除されています」

「は?」


 そんな話、聞いてないんだが。


「やび、バレたか」

「バレたかじゃねぇよ! どういう事だよ白崎!」

「だって~、元を正せば私が原因みたいな所あるし。そうでなくても私は黒川君の彼女だし。黒川君の名前を使うなら、ちゃんとして貰わないと困るでしょ?」


 悪戯でもバレたみたいな顔をして、白崎がチロっと舌を出す。


「……なんで言わなかったんだよ」

「だって聞かれてないし。言ったら黒川君、余計な事するなって怒っちゃうでしょ?」


 ……その通りだろう。


 以前の俺なら、白崎のやる事にはなんだって考えなしに噛みついていた。白崎だけじゃない。誰に対してもだ。そうする事で、俺は嫌われ者になって他人を遠ざけようとしていた。


 ……今は?

 ……悩んでしまう。それでいいのかと。なぜ? 諦めて捨てたはずの沢山の色々、その中の幾つかが、白崎のせいで墓穴から這い出していた。


 そして俺に問いかけるのだ。

 それがお前の本心なのかと。


「……そうだな」


 俺は素直にそれを認めた。実際その通りだし、別にそれは怒るような事でもない。そんな事をしても、お互いに嫌な気持ちになるだけだ。そう言い切るにはまだ抵抗があるが……。でも、そうなのだ。


 そして俺は言った。


「……ぁ」

「あ?」

「……あり、がと……」


 その瞬間、ピキリと部室の空気が凍った。

 一拍置いて、白崎がブシュッ! と鼻血を噴いて仰け反る。


「桜ぁ!?」

「だから、なんでお前は鼻血を噴くんだよ!?」


 わけがわからない。

 これは新手の嫌がらせなのか?


 一ノ瀬がティッシュ片手に大慌てで白崎の所に駆け寄り、西園寺は「黒川君がお礼を言うとは、珍しい事もあったものだ」と興味深げにしている。枯井戸は「甘酸っぱいですねぇ」と微笑ましそうそうだ。


「あ、あへへ、しょれ、反則だからぁ……」


 当の白崎は、真っ赤に茹で上がって堪らなそうにとろんとしていたが。


「し、知らねぇよ! 助けてもらったから、礼を言っただけだろうが!」


 ただそれだけの事だ。最低限の、人としての礼儀だろう。

 それすらも、以前の俺にはかなりの抵抗があったが。

 今はそれが、少しだけ軽くなったというだけの話だ。


 ……いや、だから一ノ瀬、そんな怖い顔で睨むなよ。

 白崎が鼻血を出したのは俺のせいじゃないだろ?


「ごめんね。話の腰折っちゃった。鼻血だけに」


 ひゅ~。

 おかげでいい感じに涼しくなった。


「なんでもいいが、とにかくだ。その教義ってのにもあるんだろ! 他人に迷惑をかけるんじゃねぇ! 別に、同好会のままだっていいじゃねぇか」

「お言葉ですが黒川様、三十人ですと、今の部室では手狭なのです! 私は黒川教の教祖として、行き場のない迷える子山羊達に安心して安らげる立派な部室を用意してあげたいのです!」


 切実に訴える枯井戸の言葉には、聞き捨てならないワードが入っていた。


「……行き場がないって、どういう事だよ」

「それは……」


 口止めでもされているのか、枯井戸がチラチラと白崎の顔色を伺う。


「うん。もう言っていいよ。今の黒君なら、きっと大丈夫だから」


 どうやら白崎は、まだ俺に隠し事があるらしい。

 お許しが出て、枯井戸は言うのである。


「……実は黒川教は、友達のいないいじめられっ子の避難場所になっているのです」



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