第39話 噛めば噛むほど味の出る可愛い彼ピ
「――もう一度質問するよ。黒川君。君は、催眠アプリを持っているね?」
「……いいや。俺は催眠アプリなんか持っちゃいねぇ」
憮然として答える俺を、西園寺がじぃっと見つめる。
変態な上に小学生みたいな見た目だが、一応顔だけは美少女な西園寺だ。そんな奴に間近でガン見されたら、俺みたいな非モテの童貞野郎は穏やかじゃいられない。
そんな様子はおくびにも出さないよう努力はするが、緊張でジワリと汗が滲んだ。
そこに西園寺は、両手に持ったおかっぱ頭の外国人の頭部を模したウソ発見器、ブローノ君三号を近づける。
薄気味悪さに、俺はグッと奥歯を噛んだ。
ブローノ君三号の濡れた舌がベロンッと俺の頬を舐める。
ひぃぃぃ! 何度やっても気持ちわりぃい!
『この味は! ………ウソをついてない『味』だぜ……』
無駄に良い声の機械音声が結果を告げて、俺はホッと安堵する。
「ほらな。何度やっても無駄だっての。俺は嘘なんかついちゃいないんだよ」
「うぐぐぐ……そんなはずはない! 黒川君は絶対に催眠アプリを持っている筈なんだ! じゃないと、白崎君達が君の彼女になっている事の説明がつかない!」
「だからそれは、あいつらが変態だからだって言ってんだろ。頭がどうかしてるんだよ!」
「だとしても、二股はおかしいじゃないか! 確かに黒川君は見た目ほど嫌な奴じゃない。むしろ繊細で傷つきやすく、真面目で一生懸命な性格である事がここ数日の分析からもあはははははは!? やだぁ!? くすぐらないで!? でちゃう! おしっこちびっちゃうから!?」
「うるせぇ! 別に俺は、そんなんじゃねぇっての!」
「まったく! 白崎君の言う通り、君は凄まじく照れ屋――じゃないです!」
わきわきと虚空をくすぐるような真似をすると、西園寺が慌てて訂正する。
複雑な気持ちになり、俺はフンと鼻を鳴らした。
例のドラハン大号泣事件から一週間程が経っていた。
……結果から言えば、俺の日常はほとんど変わっていない。
鼻血を出してアヘアヘしていた白崎が回復した後、俺は白崎に付き添われ、恥を忍んで部室に戻った。白崎は何事もなかったような顔をしていたし、一ノ瀬は明らかに心配そうな顔をしていたが、その事に触れないように頑張っていた。
空気の読めない西園寺が「一体全体どうしたんだね? 急に泣きだして、びっくりするじゃないか!」とドストレートにぶっこんできたが、一ノ瀬に口を塞がれ、その後で色々言われたようで、それ以降は特に何も言われていない。
こいつらがそれを言い触らすような事もなく、そもそもそんな事自体なかったように……とはいかないが。白崎や一ノ瀬が俺をからかう時の語彙に、時々泣き虫が混じるようにはなってしまったが、被害と言えばそれくらいだ。
以前の俺なら舐められると焦り怒ったはずなのだが、どういうわけかそれ程腹はたたなかった。だからといって言い返さないわけではないが。ともかく俺は、なにかが変わったらしい。
それで、この度ついに超科学部の大掃除が完了したので、棚上げにしていたウソ発見器による俺が催眠アプリを持っていない事の証明実験を行っているのだった。
「ともかく! この結果には納得できない!」
「納得出来ないって、自分の作った機械だろ? それが信用できないんじゃ意味ねぇじゃねぇか」
「ブローノ君三号は汗に含まれる成分の変化で嘘を見抜いているんだ! 性能自体は悪くないが、そもそもこれは洒落で作ったジョークグッズみたいな物で、この測定方法は本人の体質やその時の体調によって誤差が出やすい。確度の高い結果を求めるなら、試行回数を増やすべきだ!」
「わかったわかった。元よりこっちはそのつもりで来てんだ。気が済むまでそいつに俺の汗を舐めさせろ」
西園寺が納得しなければ意味がない。だから俺は協力してやる事にした。催眠アプリを使って女共を洗脳しているなんて不名誉な噂は、いくら嫌われ者の俺でも願い下げだ。
「ううむ……。黒川君は甘い物を食べ過ぎているから、汗の成分がおかしくなっているのかもしれない。となると……ここは汗の量を増やす事で解決しよう。丁度ここに現在開発中の発汗薬がある。汗だけじゃなく尿や涙と言った体液が駄々洩れになるが、特に健康に害はないから、テストがてらグイっといって貰えるかな?」
「貰えるわけねぇだろ!? おもくそ健康に害が出てんじゃねぇか! てか、そんなヤバい薬を人に飲ませようとするんじゃねぇよ!?」
「そう興奮するな。黒川君とボクの仲じゃないか」
「どんな仲だ!?」
「そう言われると難しいが。とりあえず、ゲーム仲間という事で手を打っておこうか」
†
「……な~んかさ。黒川の奴、アレから変わったよね。ちょっとだけど、素直になったって言うか」
「うむ。黒川きゅん攻略作戦は順調に進行中だよ。前のもあれはあれで可愛かったけど、だからこそデレた姿が愛おしいって言うか……はぁ、たまらんばい……」
「…………桜さ、本当に黒川の事好きだよね」
「なにアンちゃん? また嫉妬してるの? 仕方ないにゃ~。ほら、お腹フニフニだよ~」
「ちょ、やだ、最近太ったから恥ずかしいし!」
「いーじゃん。アンちゃんはムチムチが売りなんだから。でもまぁ、確かにこれは結構きてるかも。黒川きゅんに対抗してお菓子ばっかり食べてるからだよ? アンちゃんは太りやすいんだから」
「だって、黒川がお菓子食ってるの見ると、あたしまで食べたくなっちゃうんだもん……」
「わかる~! あ~んな怖い顔して、リスみたいに必死になって食べてるから、かわいいよね~」
「……さり気なく話変えないでよ。あたしが言いたいのは、あの時桜が黒川になにかしたんじゃないかって事!」
「あの時? はて?」
「……分かってる癖にとぼけないでよ。黒川が泣いて出てった時。桜がなにかしたから……その、黒川も桜の事好きになって、それで素直になったんじゃないの?」
「実はそうなの。公園の封鎖された遊具の中で、くんずほぐれつ。私のはじめて、捧げちゃいました」
「……………………」
「ノックしてもしもお~~~し。冗談だから。アンちゃん、帰ってきて~」
「……はっ。危うく逝きかけたじゃん。もう、笑えない冗談やめてってば!」
「ていうか、そんな簡単な男の子なら苦労しないから。アンちゃんが思ってるような事はな~んにもないよ。ようやくやっとスタート地点に立てたって感じだもん」
「なにそれ。前進してんじゃん。これはいよいよあたしも黒川を寝取りにかかんないとやばいかな……」
「そ~だよ~? あと一ヵ月で夏休みだし。ぼ~っとしてたら私、本当に黒川きゅんに初めて捧げちゃうかも」
「絶対ヤダ! そんなのあたしが認めないし! 桜の初めてはあたしんだし!」
ファ〇マの入店音が部室に響いた。
西園寺の趣味で、インターホンのブザーに使っているのだ。
「白崎君! 今手が離せないから、代わりに相手をして貰えないか!」
「おっけ~」
白崎がパタパタと駆け、ドアホンのモニターを確認する。
そこにはオカルト同好会(大悪魔黒川教同好会)部長の枯井戸千草の姿があった。
「おりょ。チグちゃん、どったの?」
『はい。本日は黒川様に、緊急の用事があって参りました』
「ふむふむ。家主さんに確認するね。回路チン、そういう事なんだけど、チグちゃん入れてもいい~?」
「だ、ダメだ! 枯井戸君は僕の天敵だ! 彼女のせいでボクは公衆の面前で粗相をしてしまったんだぞ! ボクが開発した超高性能吸水パンツを履いていなかったら、大惨事になる所だったんだ!」
「なにそれオムツじゃん。チグちゃん、今開けるね~」
「白崎君!?」
「おい白崎! なんで開けてんだよ!」
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最近太った方はコメント欄にどうぞ。
新連載始めました。壁尻から始まるラブコメです。
親友の彼女を寝取ったイケメンの僕には彼女を作る権利なんかないとか言われても知りませんけど? うっかり彼女を作ったら学校中の女子に狙われました。
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