第38話 佐藤何某は諦めない
ざぁざぁと雨の降る夜の住宅街。
出歩く者などほとんどいないそんな場所を、ランニングウェアを着た一人の少年が息を切らして走っていた。
いかにも不良然とした厳つい少年は、一部では佐藤の愛称で呼ばれている。
本名は別にあるのだが、今となってはその名を呼ぶ者も少なくなり、そもそもどうでもいいので割愛する。
ともかく佐藤は怒っていた。
本当なら、今頃自分は二年一組を統べる王となり、学校一の美少女である白崎桜を彼女に迎え、薔薇色のスクールライフを満喫していたはずなのだ。
それが今ではすっかりやられ役が板についた噛ませ犬の三下キャラ。
それもこれも、醜い嫌われ者にして憎いあん畜生、大悪魔黒川玲児のせいである。
これでも佐藤は、一年の頃はそこそこ腕の立つ不良としてそれなりに恐れられていた。このまま順当に不良としてのキャリアを積めば、ゆくゆくは春風高校を統べる四天王の一角に名を連ねるのも夢ではないと思っていた。そんな所に黒川と同じクラスになってしまい、全ての歯車が狂った。
春風高校内のどの派閥にも属さない、悪魔みたいな見た目をした醜いボッチの嫌われ者。入学早々絡んできた上級生の不良集団を返り討ちにした事で、『
痛い目を見たくなかったら、黒川には手を出すなというのが不良達の暗黙の了解である。だからこそ、佐藤はチャンスだと思った。黒川をボコって従える事が出来たら、一足飛びでキャリアアップが狙える。他のクラスや上級生の不良達も、佐藤はヤバいと一目置き、白崎だっていやん、かっこいい! と惚れるに違いない。
そう思って手を出した結果、コテンパンにやられてしまい、今では他のクラスメイトにすら黒川係の佐藤君とか言われて舐められている。
それだけではない。佐藤のような不良にとって、黒川の存在は非常に邪魔な目の上のたんこぶだった。不良は悪行を行う事でキャリアを積む。デカい顔をして周りに迷惑をかけ、冴えない奴をいじめてこその不良なのだ。
だが、黒川がいるとそれが出来ない。例えばクラスの中でローカーストの冴えないキモオタをいじめているとする。これは不良にとってスライム狩りみたいなもので、不良ポイントを貯める重要な行為なのだが、そういう事をしていると黒川が不機嫌そうな不気味顔でじっとこちらを睨んでくるのだ。
不良としては、そんな事をされたら黙ってはおけない。ガンをつけられて黙っていたら、逃げた事になって舐められてしまう。だから仕方なく、「なに見てんだよ!」といちゃもんをつけるのだが、そうなると黒川も「んだこらやんのか?」と立ち上がり、ボコられてしまうのだ。
これでは不良ポイントは目減りする一方なので、大人しくしている他ない。だが、不良ポイントというのは黙っていても勝手に減ってしまう。常に悪行を働き、俺はワルだぞ! と周りにアピールしていかなければいけない。それが出来ないから、佐藤の不良としての
ちなみにこの被害を被っているのは佐藤だけでなく、黒川の活動圏内に近い不良の多くが大なり小なり活動に支障をきたしている。そのせいで不良活動を行う場所の変更を余儀なくされ、不良同士のシマ争いが起きていたりするのだが、今回は関係ないので割愛する。
ともかく、不良達にとって黒川は厄介な存在であり、同じクラスに身を置いてる佐藤はもっとも大きな不利益を被っている被害者なのだった。
だが佐藤は諦めない。黒川にやられたその日から、地道に身体を鍛えてリベンジの機会を伺っているのである。
だから今も、雨降りの中「くろかわぁ~……くろかわぁ~……」と呪詛のように唸りながら、せっせと走り込みをしているのだった。
「黒川だ……。あいつさえ倒せば、下がりきった俺の株も回復して、誰もが恐れる不良の座に返り咲ける。俺は絶対に諦めねぇぞ!」
そんな事を夜の住宅街でブツブツ言っていたら完全に不審者だが、幸い辺りには人の影はなく、雨音で佐藤の戯言も掻き消されている。
と。
「……なんだぁ?」
雨に霞む通りの先に、ぼんやりと白い人影が浮かび上がった。
思わず佐藤が足を止めたのは、なにかこう、途方もなくヤバい感じがしたからである。
バカな! 何をビビってんだ! 黒川にはやられっぱなしだが、これでも俺は結構強い方なんだぞ!
内心で吐いた虚勢とは裏腹に、佐藤の中では急速に恐怖の感情が膨らんでいた。
どうして?
その理由に気付き、佐藤の背筋は凍り付いた。
デカいのだ。
降りしきる雨のせいで距離感を掴みかねていたが、よくよく見るとその影は、二メートルを優に超えていた。
それだけじゃない。
早いのだ。
正確な速度は分からないが、四、五十キロは出ているのではないだろうか。
ともかく、恐ろしいスピードでこちらに接近している。
距離が近づき、白い影の細部が露になる。
白のレインコートを着た、異様に脚の長いバケモノだ。
それが、バサバサとコートの裾をはためかせて、弾丸のようにこちらに向かってくる。
フードを目深に被っていて顔は見えないが、見たいとも思わなかった。
ノッポのテルテル坊主を思わせるそれは、明らかに人外のフォルムをしていた。
「ひぃ!?」
恐怖で腰が抜け、佐藤が尻餅を着く。
バケモノは佐藤の目の前でピタリと立ち止まると、おもむろにコートの前をはだけた。
「……アタシ、キレイ?」
夜の街に、佐藤の悲鳴が響き渡る。
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