第25話 我が呼び声に応えよ悪魔

「いややっぱ気のせいじゃねぇって!」


 数日後の昼休み。

 ここ最近の出来事を思い返して俺は言う。


「なんの話?」

「あれじゃない? 最近誰かにつけられてる気がするって奴」

「あぁ、例の妄想ね」

「妄想じゃねぇよ! マジで誰かにストーカーされてんだって!」

「ストーカーって。誰がそんな事すんだし」


 小馬鹿にするように一ノ瀬が鼻で笑う。


「んなもん俺が知りてぇよ!」

「具体的にはどんな感じなの?」

「とにかくコソコソ俺を見てんだよ。廊下の角とか教室の窓とか。あと、便所の個室に入ったら扉の前で黙って立ってやがる。気味が悪くてしょうがねぇ!」

「黒川きゅん、学校でうんこしたんだ~」

「う、うるせぇ! したくなったんだから仕方ねぇだろ! お前だってうんこくらいすんだろうが!」


 この女は、隙あらば俺の事をからかいやがって!


「は? 桜はうんこなんかしないし」

「いやするけど」


 白崎が即答する。


「桜のうんこはうんこじゃないし! もっとこう、可愛くてファンシーな奴だし!」

「それってどんなうんこなの?」

「ピンクのマシュマロみたいな?」

「ヤバいねそれ」


 ヤバいのはお前らの会話だっての!


「んな事はどーでもいいんだよ! 昨日の夜なんかなんとなく窓の外覗いたら電柱の影からこっち見てやがったんだぞ! そんなのどう考えたってストーカーだろ!?」

「あぁ。だから昨日の黒川きゅん、普段の三割増しでおビビりさんだったんだ」

「あたしのクシャミでもビビってたし。本当黒川って怖がりだよな」

「び、ビビってねぇし! ちょっと驚いただけだし! てか、それはお前がおっさんみたいなクソデカクシャミするからだろ! しかも俺が驚いた声に死ぬほどビビってジュースこぼしてたじゃねぇか!」

「はぁ? ビビってないし? あれはただの欠伸だし」

「どこの世界にひぎゃああああああ!? なんて欠伸する奴がいるんだよ!」

「ここにいるし!」


 ずい! っと一ノ瀬が胸を突き出して張り合ってくる。

 この意地っ張りめ!


「二人が赤ちゃん級のクソビビりなのは今更だからその話はもういいよ。それより黒川きゅん、そのストーカー、捕まえようとしなかったの?」


 物凄く気になる物言いだが、気にしていたら話が進まないので見逃してやる。


「したに決まってんだろ。けど、俺が気付くとすぐにどっか逃げちまうんだよ。大体、お前らのせいで俺は学校中の晒し者だ。どいつもこいつも俺の事を変な目で見てやがるから、一瞬見ただけじゃどいつがストーカーかなんて見分けがつかねぇんだよ!」

「ふ~ん。それで怖いから、あたし等に助けを求めたってわけか?」


 ニヤニヤしながら一ノ瀬が言う。


「はぁ? 別に助けなんか求めてねぇし! お前が勘違いだって言うから違うって言っただけだっての!」

「はいはい。そういう事にしといてやるよ」

「彼女の私を差し置いて黒川きゅんをストーカーするなんて許せないよ! どういうつもりか捕まえて問いたださなくっちゃ!」

「どっかのアホが闇討ちのタイミング狙ってるって可能性もなくないしな」

「「そしてなにより」」


 クソビッチツインズが声を合わせる。


「ストーカー退治とか絶対面白いじゃん!」

「ストーカー退治とか絶対面白いもん!」


 ハイタッチで「「いぇ~い!」」

 こいつら、人の不幸をなんだと思ってんだ!


 †


「……こんな雑な作戦で本当に上手くいくのか?」

「相手だって素人なんだから大丈夫だよ。それより黒川きゅん、きょろきょろしないで自然に歩いて」

「……命令すんなっての」


 そういうわけで放課後。

 俺達はストーカー野郎を捕まえる為囮作戦を行っていた。

 と言っても大したことはしていない。


 俺と白崎がいつも通り帰る風を装って校内をぶらぶらし、それを遠くから一ノ瀬が見張っているというだけだ。

 とりあえずゲームの話でもしながら校内を一周する。


「捕まえた! お前が黒川の言ってたストーカーだろ!」


 一組の教室に戻ってきた辺りで一ノ瀬の声が聞こえてきた。

 振り返ると一ノ瀬が廊下の端で根暗そうなチビの男子を床に抑えつけている。


「アンちゃんナイス!」

「そのまま逃がすなよ!」

「こんなチビ、あたしが逃がすわけ――ぎゃあああああ!?」


 根暗が腕を振り回したかと思うと、突然一ノ瀬が悲鳴をあげて尻餅をついた。


「ひぃい!? いや、いやあああ!? だ、だじけで、だじ、やだあああああああ!?」


 一ノ瀬は半泣きの半狂乱だ。例のガキ臭いパンツを丸出しにして廊下の上で溺れるように転げ回っている。その間に根暗は逃げ出した。


「アンちゃん!?」

「おい一ノ瀬!? なにされた!」

「む、むし! むしいいい! 取って! 取ってえええええ!?」


 完全に腰を抜かした一ノ瀬が泣きついてくる。


「わーお」

「うげ!? マジかよ!」


 根暗の仕業だろう。一ノ瀬の制服や周囲の床には大量の虫が散らばっていた。芋虫、毛虫、ゴキブリにミミズ、ムカデにサソリまで!?

 ちくしょう! 俺は虫も大の苦手なんだぞ!?


 けど、そんな事は言ってられない。一ノ瀬にくっつく虫の中には明らかに毒を持っていそうなヤバい奴もいる。ヘタしたら命の危機だ!


「クソが! い、今取ってやる! 動くんじゃねぇぞ!」

「なんでもいいがらはやぐじでええええええ!?」


 もはや一ノ瀬は全泣きだ。俺だって泣きたい。

 ともかく、俺は覚悟を決めて一ノ瀬の身体についた虫共を引っぺがす。

 ひぃぃいい! き、気持ちわりぃ!


「ふぁ!? ちょ、そこ、胸!? はぅ!? へ、変なとこ触んなし!?」

「うるせぇ! そんな事言ってる場合か!?」


 仕方ねぇだろ! 虫がついてんだから!

 とにかく全ての虫を取り除くと、俺はそいつらをまとめてげしげしと踏みつぶし――


 むにょ。


「あぁ?」

「ど、どうしたの黒川?」


 廊下の隅に避難した一ノ瀬が不安そうに聞いてくる。

 俺は足元に転がったサソリの尻尾を引っ掴んで一ノ瀬の方に向けた。


「ちょ!? 黒川! そんなの触ったら危ないって!」

「……いやこれ、ゴムの玩具なんだが」

「……え」


 気まずい沈黙が流れる。


「そう都合よく生きてる虫なんかポケットに入れてるわけないし。考えるまでもなく玩具でしょ」


 廊下の向こうからやってきた白崎が呆れた顔で言う。


 一ノ瀬の服についた虫を取るのに必死で気づかなかったが、白崎はそのまま根暗を追いかけていたようだ。隣には無抵抗の根暗が立っている。別段拘束している様子もないが、逃げる気はないらしい。


「よく捕まえられたな」

「簡単だよ。その辺歩いてる人にその子捕まえて~! ってお願いしてそれで終わり」


 事もなげに白崎は言う。

 白崎にそんな事をされたら逃げる気も失せるだろう。

 美少女パワーを濫用しやがって。


「てめぇ! よくも恥かかせてくれたし!」

「ひぃ!? ご、ごめんなさい! 怖くなって、つい!」


 一ノ瀬に胸倉を掴まれて根暗が半泣きになる。


「なんで俺の事をこそこそつけ回しやがった! 理由次第じゃただじゃおかねぇぞ!」


 ぼきぼきと拳を鳴らしながら俺も参戦する。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 悪気はなかったんです! どうか、命だけはお助けを!?」


 いや命なんか取らねぇよ。

 俺をなんだと思ってんだ!


「だめだよ。黒川きゅんもアンちゃんもぱっと見だけは超怖いんだから。そんな風に脅したら怖くてまともにお話出来なくなっちゃうよ」

「し、白崎先輩っ!」


 根暗の顔に一筋の希望が差し込む。

 てか、先輩って事はこいつ一年か?


「で。一年君は誰の許可を得て私の彼ピのストーカーなんてしたのかな? かなかなかな? かなぁ~?」

「ぁひ、ぁ、ぁぅぁ……」


 白崎の一ミリも笑っていない凍てついたニコニコ顔に、根暗は腰を抜かしてへたり込んだ。

 ……こわっ! なにこいつ、こんな顔出来んのかよ!

 いつもヘラヘラしてる分余計に怖いわ!


「やめろって」

「桜が一番怖いから」

「えへへへ。だって私もこういうのやってみたかったんだも~ん」


 またこの女は仮面を付け替えるようにあっさり表情を変えやがる。

 本当に食えない女だ。


「で、結局の所お前はなんなんだよ」


 改めて尋ねる。

 根暗は伸びすぎた前髪の向こうで俺を見つめ、決心するように叫んだ。


「お、お願いします、黒川先輩! どうか僕に、悪魔の力をお貸しください!」


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