第26話 悪魔じゃない
「……なるほどなるほど。つまり安藤君はオカルト同好会の部員で、同じ部の部長さんに片思いをしていると。ところが部長さんは安藤君には不釣り合いなクール&ビューティーだから、告白した所で上手くいく見込みが全くない。そこで、学校一の美少女である私やアンちゃんをモノにした黒川きゅんの悪魔の力を貸して欲しいと。そういうわけなんだね?」
「そうなんです!」
したり顔で要約する白崎に、根暗な一年、
そこはマイナーな部や同好会がひとまとめにされた旧校舎の元科学準備室。
今ではオカルト同好会の部室となっている場所だ。
ちなみに部員は二人だけで、部長は塾で休みらしい。
名前通りと言っていいのかわからないが、それっぽい場所ではある。
窓は黒い遮光カーテンで閉ざされ、蝋燭風LEDライトの灯りが弱々しく揺れている。お香でも焚いているのか、室内は薄く煙って鼻の奥がむず痒くなるような甘い香りが充満していた。年季の入った棚の中には分厚い魔導書めいた本や謎のバケモノのホルマリン漬け、錬金術で使いそうな乾物やら薬草の入ったガラス瓶等々。そのほかにも雑多な不気味グッズの数々が悪趣味な雑貨屋みたいに部屋を飾っている。
……はっきり言って物凄く居心地が悪い。普通に怖いし。
なんで俺はこんな所にいるんだ?
いや、理由は分かっている。例によって白崎のせいだ。
最初俺は、問答無用で断ったのだ。
だってそうだろ?
どんな理由だろうが赤の他人の一年坊主を助けてやる義理なんか俺にはない。
そうでなくとも、俺は悪魔みたいな面をしているだけのただの普通の人間なのだ。お貸しくださいとか言われても、貸すような力なんて持ち合わせていない。
大体、真面目な顔で悪魔の力を貸してくれなんて言い出す奴はどう考えてもヤバいだろ。
関わり合いにならない方がいいに決まっている。
それなのにだ!
「え~! 可愛い後輩君のお願いだよ? 話くらい聞いてあげなきゃ可哀想だよ~」
俺を困らせる事が大好きな性悪悪魔が言うのである。
例によって、俺が幾ら嫌だと言っても聞きやしない。
「ねぇ黒川君、考えてみて。一年生の後輩君が、全然面識のない二年生の先輩にお願い事をするなんて、物凄く勇気のいる事だと思わない? しかも相手は、悪魔の力を意のままに操る最強の嫌われ者、泣く子も黙る黒川君なんだよ? 私は黒川君が本当は可愛くて優しい人だって分かってるけど、安藤君からしたら、ものすご~~~~~~く怖くて勇気のいる事だったと思うんだよね。実際声をかけられなくて、何日もストーカーしちゃったくらいだし。黒川君も男の子なら、安藤君の漢気に少しくらい応えてあげなきゃ、それこそ男が廃るってものだと思うんだけど。ネチネチ、クドクド、グチグチ、ナンタラカンタラ、ピーチクパーチク――」
で、そんな事になれば、一ノ瀬だって黙っちゃいない。
「ケチ臭い奴だな! 別にいいだろ! 話聞いてやるくらいさぁ!」
玩具の虫をばら撒かれた事も忘れて安藤の肩を持ちやがる。
咄嗟の事とはいえ、こんなことなら怖い思いをして虫を取ってやるんじゃなかったぜ!
俺はいつもそうだ。他人の為に良い事をしてやっても、これっぽっちも報われない。
むしろ損をして、嫌な思いをするばかりだ。
だから俺は絶対に嫌だと突っぱねるのだが。
「お願いします! お願いします! 黒川先輩! どうか、話だけでも聞いて下さい!」
安藤の奴、廊下のど真ん中で土下座まではじめやがる。それも大勢が見ている前でだ。
確かに俺は醜い嫌われ者だ。性格のねじ曲がった嫌な男だ。そんな事は俺自身よく分かっている。実際、佐藤みたいなムカつく馬鹿を這いつくばらせるのは悪い気分じゃない。
けど、これは違う。全然趣味じゃない。散々惨めにイジメられてきた俺だ。弱い者イジメなんかしたくない。そんな事をしたら、俺をイジメたクソアホのゲボカス共と同類になってしまう。
いや、別に俺は安藤をイジメているわけじゃないんだが。
それでもやはり、こんな見るからに弱そうな年下の後輩を公衆の面前で土下座させたら気分が悪い。どうしたってイジメているような気持ちになる。なってしまう。ならない方が無理な話だ。
だからつい、言ってしまったのだ。
「だぁ! 分かった! 話だけは聞いてやる! だから俺の前で土下座なんかするんじゃねぇ!」
「流石黒川きゅん! よ! 太っ腹! かっこいいね! ヒューヒュー!」
「てか、どうせそうなるんだから最初から素直に頷いとけって話じゃね?」
黙れクソビッチツインズ!
「黒川先輩っ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
で、安藤の奴は俺の足に縋りつき、まだなにもしてないのに泣きそうな顔で礼を言ってくる。
気持ち悪りぃ、勘弁してくれ!
で、嫌々ながら、渋々、不承不承、げっそりしながら、仕方なく、オカルト同好会の部室まできてやったわけなんだが……。
「……いや、そうなんですじゃねぇし。そもそもの話、俺は悪魔の力なんて持ってねぇんだよ!」
キラキラと、期待するような眼差しを向ける安藤に言う。
「またまたぁ~! そんな事言って、本当は持ってるんですよね? 悪魔の力」
「……いや、マジでねぇって」
「大丈夫です! 黒川先輩が悪魔族だって事は誰にも言いませんから! ていうか、もうみんな知ってますし!」
ブフッ! 白崎と一ノ瀬が同時に吹きだした。
とりあえずそっちはひと睨みしておき。
「誰が悪魔族だ誰が!」
安藤の頭を鷲掴みにする。
「いだだだだだ!? いだいです!? 黒川先輩!?」
「でたー! 黒川きゅんの48の悪魔技の一つ、デビルクローだ!」
「うるせぇ白崎! 勝手な設定つけるんじゃねぇ!」
「ひぃいい! 生贄なら用意しますから! 魂だけは取らないで下さい!?」
「取るか!?」
勢いでぶん投げる。
マジでこの学校にはバカしかいないのか!?
「おい安藤! オカルト同好会で普段どんな活動をしてるのか知らないが、この世には悪魔なんか存在しねぇ! だから、悪魔の力も存在しねぇ! 分かるか?」
「分かりません! だって、おかしいじゃないですか! 悪魔の力じゃないんだったら、どうやって黒川先輩は学校一の美少女の白崎先輩やエチエチな一ノ瀬先輩と同時にお付き合いしてるんですか! そんなの、お一人だってすごい事なのに、二人もですよ! 当然のように二股して、なんなら一ノ瀬先輩をボディーガードに使ってるじゃないですか! そんな事、悪魔の力で洗脳でもしない限り不可能ですよ!」
熱弁する安藤に、俺はパクパクと空を噛む。
……まさか、性悪女の嘘告で玩具にされているとは言えない。
そんな事を言ったら嫌われ者としての俺の権威はガタ落ちだ。この見るからに弱そうな一年坊主にすら舐められて、惨めないじめられっ子に逆戻りだろう。
それだけは絶対に避けなければいけない!
けど、なんて答えたらいいんだ?
困っていると、白崎と目が合った。
オーケー! ここは私にお任せあれ! そんな顔で親指を立てている。
やめろ。
頼むから黙っててくれ。
全力で念じるが、勿論通じるわけはない。
いや、むしろ通じたからこそ黙らないのだろう。
「安藤君。黒川きゅんの言う通り、きゅんは悪魔の力なんか持ってないよ? 私達はね、洗脳されて彼女になったわけじゃないの。そんな事、全然ないの。黒川きゅんだってそんな、相手の人格を無視するような酷い事しないもん。私はね、黒川きゅんが魅力的な男の子だから好きになったの。ただそれだけ。アンちゃんもそうだよね?」
「へ?」
完全に気を抜いて携帯でゲームをしていた一ノ瀬がマヌケ顔で振り返る。
「私達、純粋に黒川きゅんの事が好きで彼女になったんだよねって話」
一ノ瀬は「え?」という顔をしたが、白崎に目配せをされてニンマリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「そうそう。こう見えてあたしら、黒川にメロメロだし? 本当こいつ、やべー奴なんだって」
なんだそのふわっとした褒め言葉は。
褒めるならちゃんと褒めろよ。
「そんな、信じられない……」
クソビッチツインズの言葉に、安藤は言葉通り信じられないという顔をして俺の顔をガン見する。いや、普通に失礼だからなそれ? 殴ってやろうかと思ったが、状況が状況だ。俺が逆の立場でも同じ事をするだろう。だって普通に嘘だし。だから今回は見逃してやる。
と、不意に安藤の視線が俺の股間に移った。
「……なるほど。そういう事か――いで!? なんで殴るんですか!?」
「うるせぇ! 今お前、物凄く失礼な想像しやがっただろ!?」
「だ、だって他に考えられないですし……」
安藤の視線を受けて、白崎が恥じらうようなポーズを取る。
「……黒川きゅんなしじゃ、私もう生きていけないっ」
「だぁ! だからお前は! 誤解を、招くような事を、言うんじゃねぇ!」
そのせいで一ノ瀬に襲われたってのに、この女全然反省してねぇ!
「マジ、悪魔顔だけあってあっちの方もデーモン級だし。本当まいっちゃうよね~」
「だからやめろっての!」
「うぎゃああああああ!?」
こんな事もあろうかとくすねておいた玩具のゴキブリを投げつける。分かっていても嫌なようで、一ノ瀬はクソデカ悲鳴をあげながら椅子から転げ落ちた。
ちなみにこの玩具はオカルト部の備品で、悪魔の儀式をするのに使うらしい。それでいいのかという感じだが、本物の虫はキモいし無駄な殺生はしない方針なのだそうだ。クソどうでもいい。
「とにかく! 俺が悪魔の力なんか持ってないって事は納得したか!」
「……はい」
こんな台詞を吐く奴なんか世界中探しても俺くらいの物だろう。全く嬉しくないが。
なんにせよ、安藤は落胆した様子だった。
「でもそれじゃあ、僕はいったいどうすれば……」
「知らねぇよ! そんなもん、自分でどうにかしろ! 大体、好きな女モノにするのに悪魔の力で洗脳しようとか、男として恥ずかしくねぇのか?」
普通に犯罪だろ。いや、悪魔の力を取り締まる法律があるかは謎だが。
少なくとも真っ当な行いとは言えない。
それなのに、安藤は逆ギレをかましてきやがった。
「そんな事、僕だってわかってますよ! かっこ悪い、情けない、最低の行いだって思います! だけど、仕方ないじゃないですか! そうでもしなきゃ、僕みたいな冴えない奴が部長と付き合うなんて、絶対に無理なんです! どれだけ望もうが、どれだけ恋焦がれようが、不可能なんですよ! だったらもう、悪魔の力にだって縋るしかないじゃないですか!」
魂が叫ぶような剣幕に、思わず俺は呆気にとられる。
「……すみませんでした。でも、僕の気持ちは、モテモテの黒川先輩には分かりませんよ。分かるはずがありません。学校一の美少女の白崎先輩とエチエチな一ノ瀬先輩をはべらせて、当たり前みたいな顔をしている黒川先輩には絶対に!」
安藤は泣いていた。涙こそ流れていないが、その心からは血の涙が溢れているように俺には見えた。背景には、嫉妬の炎が燃えさかっている。
……いや、俺だってモテないし。
……むしろ俺の方がモテないまであるし。
……てかなんで俺がキレられてんだよ。
……理不尽すぎるだろ。
……泣きたいのは俺の方だっての。
居た堪れない空気の中、気まずい沈黙がドシンと横たわる。
例によって白崎はそんなもの物ともせず、あっさりと静寂を破って見せたが。
「安藤君、諦めちゃうの?」
「白崎先輩?」
「好きなんでしょ? 部長さんの事。悪魔の力を借りたくなっちゃうくらい、どうしようもなく好きなんでしょ? それなのに、諦めちゃうの?」
「でも、僕なんかじゃどう頑張ったって部長を振り向かせるのは無理ですよ……」
「そんな事、分かんないじゃん」
自分自身を慰めるように、白崎は安藤を励ました。
そして一瞬俺を見て、また安藤に向き直る。
「先輩からのありがた~い恋の助言。諦めちゃったら、そこで失恋だよ」
白崎らしい、しょうもない屁理屈だ。
そんなもん、それこそストーカーの発想だと俺は思うが。
安藤にはなんらかの啓示になったらしい。
しょぼくれた顔にみるみる力が満ち溢れ、希望の色で輝きだす。
きっと、こんな時にそんな言葉を吐けるから、白崎は学校一の美少女なんて言われているのだろう。全く、人を騙すのが上手い悪女だ。
気に入らない。気に食わない。大嫌いだ。
「やめとけやめとけ。女なら他に幾らでもいるだろうが。夢なんか見ないで、相応の相手で妥協しとけっての」
これでも俺は、善意で言ってやったのだ。
屁理屈を言った所で、部長とやらが高嶺の花である事には変わりがない。
どれだけ努力しようが、無理な物は無理なのだ。
そして人間、無理をすれば必ずその報いを受ける。
俺がそうだった。
不相応にも人に好かれようなどと思い上がった事を考えて、こてんぱんにイジメられた。
安藤だって、ここでやめておけば少なくとも今まで通りの関係は維持できる。
ヘタに欲張って嫌われてオカルト同好会にいられなくなっても、俺は責任なんか取れない。取るつもりもない。取りようがない。
だからこれが、俺に出来る精一杯の先輩らしさだ。
まぁ、例によって無駄なのだが。
そんな事は分かっていた。
俺が仏心を出したところで、ろくな目には合わないのだ。
「全く、黒川きゅんはな~んにもわかってないんだから」
「本当それな。黒川さぁ、本気で誰かを好きになった事ないっしょ?」
「ねーよ。だからどうした」
忌々しいクソビッチツインズに鼻を鳴らす。
「安藤君」
「言ってやれよ」
安藤は頷き、俺に言うのだ。
「黒川先輩。確かに女の人は沢山います。でも僕には、部長しかいないんです!」
クソ生意気な一年生め。
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