第24話 我は求め訴えたり
エロイムエッサイム。
エロイムエッサイム。
あぁ、お願いです。
この祈りが届いたならば、どうか、どうか。
あなた様のお力で悩める子山羊をお救い下さい。
†
「てめぇ黒川! 白崎さんだけじゃ飽き足らず、一ノ瀬まで洗脳するとは羨ま――許せん! このドスケベ二股野郎! 今日こそぶちのめしてやる――グワー!」
「そうだそうだ! 悪魔の力でハーレムを作るとか羨ま――けしからん! 俺の方が先に一ノ瀬に目ぇつけてたのに! その腐った野望! 俺の右手でぶち殺してやる――グワー!」
「クロカワ、ホウチスル、カワイイオンナ、ヒトリジメ、ウラヤマ――グワー!」
「はぁ? お前らマジ雑魚すぎ。黒川はもっと強かったし? てかその程度の実力であたしらに喧嘩売りに来るとか一億光年早いから。百万回転生して出直して来いっての(げしげし)」
「「「ちくしょう! 覚えてやがれ! (意訳)」」」
一ノ瀬にボコられたアホ共が捨て台詞を残して逃げていく。
いつも通りになってしまった昼休みの屋上だ。
毎度恒例の襲撃者の相手をなぜ俺ではなく一ノ瀬がしているかというと。
俺がアホ共を追い返す度、白崎が「すごい! 強い! かっこいい!」と褒めちぎるので、嫉妬した一ノ瀬が「それくらい、あたしだってできらぁ!」と謎に張り合ってきたからだ。
別に俺だって好きで貴重な昼休みを浪費してアホ共としばき合いをしているわけじゃない。楽をしてアホ共を追い返せるならその方がいいに決まっている。だから一ノ瀬に任せる事にした。
俺ほどじゃないが、一ノ瀬もそれなりに強い。アホ共なんか簡単に返り討ちだ。そしたらこの女、調子に乗って「見た桜! あたしの方が黒川より強いし!」とか言い出しやがる。なので次は俺が相手をして……。そんな事をしている内に、日替わりで相手するようになっていた。
「アンちゃんお疲れ様~。大丈夫? 怪我してない?」
戻ってきた一ノ瀬を、下手くそな似顔絵付きの小旗を振って応援していた白崎が出迎える。
「怪我なんかするわけないじゃん。黒川と違ってあの程度の雑魚、あたしの手にかかればよゆーだし? 当然ノーダメージ。やっつける時間もあたしの方が早かったし?」
白崎にご褒美のお菓子をあーんして貰うと、一ノ瀬が勝ち誇った顔をこちらに向ける。
確かに俺が相手をしていたら、怪我はしないまでも多少の攻撃は食らっていただろう。アホ共を追い払うのも、もう少し時間がかかったはずだ。だが、それは一ノ瀬の方が強いからじゃない。
「ばーか。女だから加減されてるだけだっての。勘違いすんな」
向こうは俺と喧嘩をするつもりで来ている。そこに一ノ瀬が出てきたら、まともに戦えるわけがない。まごまごしている内に一方的にボコられて終わりだ。
一ノ瀬もそれは分かっているのだろう。
「うぐっ」
と図星を突かれた顔をする。
が、すぐ開き直って下手くそなセクシーポーズを取って見せた。
「色気だって実力の内だし?」
「なにが色気だ。ガキ臭いパンツ丸出しにして無駄にデカい乳揺らしてるだけじゃねぇか。そんなもん本当の強さじゃねぇし。ガチンコなら俺の方が強い。だから俺の勝ちだ」
「黒川きゅん今チンコって言った!」
「言ってねぇよ!」
下らない茶々を入れる白崎に右手を伸ばす。
白崎はサッと一ノ瀬のデカ尻の後ろに隠れた。
一方の一ノ瀬は、俺の指摘に真っ赤になっている。
「あ、あたしだって見せたくて見せてるわけじゃないし! 胸だって勝手に揺れるんだから仕方ないじゃん!」
「そう思うんならせめて短パンくらい履いとけ! 見てるこっちが恥ずかしいっての!」
別に黒豚の一ノ瀬に色気なんか感じないが、ごく普通の常識として、高二の女がパンツ丸出しで暴れ回っていたらはしたない。
「あたし暑がりで汗っかきだし、短パンなんか履いたら蒸れちゃうじゃん」
「知るか! それぐらい我慢しとけ! てかな、お前がパンツ丸出しで戦ってるせいで昼休みの襲撃者が増えてんだよ! しかも俺が出てくと露骨にがっかりして謎に強くなりやがるし! もはやあいつらお前のパンツ見に襲いに来てるだろ!」
「いやいや、流石にそれはないっしょ」
「あるって! アンちゃん自覚無いけど、普通に超かわいいしドスケベボディなんだからね! 校内美少女ランキングの上位にも入ってるんだから、私の事ばっかりじゃなくて、ちゃんと自衛しないとだめだよ!」
珍しくまともな事を言う白崎に、一ノ瀬がポッと頬を赤らめる。
「桜だったらあたしの事、いくらでもエッチな目で見ていいし。ていうか見るだけじゃなく触って欲しいっていうか――」
パァン!
「あん!」
白崎に思いきり尻を引っ叩かれ、一ノ瀬が甘い悲鳴をあげる。
「も、もっと……」
「だぁ! 気色悪い! 物欲しそうに尻を振るんじゃねぇ!」
「それ以上したら今晩も無視だからね」
「それはやだぁ!?」
相変わらずのキモいやり取りに俺はげっそりとため息をつく。一ノ瀬の奴は前からキモかったが、俺にカミングアウトしてからは余計に悪化した気がする。
「てか一ノ瀬、前から言おうと思ってたが、お前は自分の教室で食えよ! さっきの奴らも言ってたが、屋上で三人で飯食ってるとお前まで彼女になったと思われるだろ! それだけじゃねぇ! いよいよ悪魔の力だの催眠アプリだのって馬鹿みたいな噂が広まってんだ! 迷惑なんだよ!」
「そんなの言わせとけばいいだろ! あたしも桜と一緒にお昼食べたいし! 桜と黒川二人っきりにするのも嫌だし!」
「そーだそーだ! アンちゃんだけ除け者とか可哀想だぞー!」
「うるせぇ白崎! お前はひっかき回して俺を困らせたいだけだろうが!」
「それもあります!」
本当にこのクソアマは!
悔しいが、白崎は相手にするだけ時間の無駄だ!
「てか一ノ瀬、お前だって俺と付き合ってるとか噂されたら嫌だろうが!」
「別に?」
「なんでだよ!?」
嫌がれよ! 俺は醜い嫌われ者だぞ! そうでなくとも、好きでもない相手と付き合ってるとか噂されたら普通は嫌だろうが!?
「だってあたし桜一筋だし。彼氏とか別に欲しくないし。てか、黒川と付き合ってるって事にしとけば身体目当てのスケベ野郎共に声かけられなくて済むからむしろ好都合みたいな?」
「ね~。私も黒川きゅんと付き合ってからそういうのなくなったし。大助かりです!」
「付き合ってねぇし! 人を便利な虫よけ扱いしてるんじゃねぇ!」
こっちは白崎だけでもヤバいってのに、一ノ瀬と二股してると思われて他の連中の視線が破壊光線並みになってんだぞ!? 男子は殺意混じりの嫉妬、女子は最低のゴミクズを見る目だっての!
「それであたしらみたいな極上の美少女二人もはべらせられるんならむしろアドっしょ」
「思いっきりマイナスだわ! 損しかしてねぇよ!」
「ていうか黒川きゅん、嫌われ者になりたいんでしょ? だったら別によくない?」
「よくねぇよ! 俺は他人と関わりたくないから嫌われ者やってんだよ! こんな風に学校中から注目されたくなんかねぇんだよ!」
俺の訴えにクソビッチツインズは目配せをして肩をすくめる。
そして同時に俺の肩を叩いた。
「「ドンマイ」」
「ぐぁああああああああああ!」
イラつきが限界に達し、俺は空に向かって吠えた。
「うっさ! マジ悪魔じゃん!」
「どーどー、あんまり興奮すると体に毒だよ?」
俺の背中を撫でながら白崎が保冷バッグからお菓子を取り出す。
この流れも日常化しており、俺は反射的に差し出されたお菓子をひったくって口に入れる。
「…………っ!?」
う、美味い! 美味すぎる!? なんだこりゃ!?
怒りも忘れて手の中のお菓子を注視する。
見た目からしてスイーツ力の高そうな菓子パンだ。上側には大粒のザラメがこれでもかとまぶされて、真ん中にはこってりとした生クリームがドカンと乗っている。それだけでもかなりの甘さなのだが、中にはなんと大量の砂糖が混ぜられたバタークリームがぎっしり詰まっている。ジャリジャリとした砂糖の食感とバタークリームのジューシーさがなんとも罪深い。例えるならスイーツ界のラーメン次郎だ!
あまりのスイーツ力に俺は一瞬でキマってしまい、ぼーっとしながらほぅっと甘い溜息をつく。
「……いや、そこまでいくともはやなんかの病気だろ」
「はぁ、お菓子一つであっさりおとなしくなっちゃう黒川きゅん、可愛すぎだよぉ……」
幸せな余韻に浸りながら、俺は考える。
こいつらのせいで俺のささやかな平穏はめちゃくちゃだ。だからせめて昼飯くらいは静かな屋上で食いたい。屋上はカップル以外お断りだし、どうあがいても白崎はついてくる。で、白崎がいるところには一ノ瀬もついてくる。クソッタレなアンハッピーセットだ。これはもうどうにもならない。言っても無駄。争うだけストレスが溜まるだけだ。
ならどうする? 考え方を変えるしかない。
クソビッチツインズもいつかは俺という玩具に飽きるだろう。あるいはその前に俺が決定的な弱みを握って形勢を逆転する。どっちにしろ、この状況は永遠には続かない。全てが終わった後、状況が俺に有利になっていればこの茶番も無駄ではなくなる。
そうとも! 俺が注目されているのはクソビッチツインズに絡まれているからだ。それが終われば悪評だけが残り、俺は悪魔的な力を持つ恐ろしい嫌われ者として末永く忌み嫌われる。もはや誰一人俺に近づこうとする者はいないはずだ。
そう考えれば、この状況は長期的に見ればマイナスではない。むしろプラスだ。そうか????? そうに決まっている!!! そう思わないとやってられるか!
「大丈夫だ俺は負けてない俺は負けてない俺は負けてない負けてないったら負けてないんだ……よし!」
「よしか?」
「黒川きゅんがいいんならいいんじゃない?」
「うるせぇ! お前らなんかに俺はぜってぇ――」
視界の端で人影が動き、俺は塔屋に視線を向ける。
「どうしたの?」
不思議そうに白崎が聞いてくる。
「……いや、そこの影から誰かがこっちを見てた気がしたんだが」
二人がそちらを見る。
「誰もいないよ?」
「気のせいじゃね? でなきゃいつもの野次馬っしょ」
「……かもな」
どちらも有り得る話だし、どちらだろうとどうでもいい話だ。
……それなのに、どうにも嫌な予感がするのはなぜだろう?
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