第23話 そんな寝取られがあってたまるか!!!

「…………告白ってお前、女だろ?」


 そういうのがある事は俺だって知っている。妙な偏見はないつもりだったが、それでも知っている人間にカミングアウトされると戸惑う。


「別に、女の子が好きってわけじゃないし。好きになった相手がたまたま女の子だったってだけ」


 一ノ瀬が恥ずかしそうに俯く。


「……で、どうなったんだ?」


 流石に俺も気になった。


「それ聞く? 振られたに決まってんじゃん!」


 一ノ瀬は涙目になって返してきた。

 まぁ、そうだろうとは思ったが。


「……振られたのに親友なのかよ」


 それが俺には不思議だった。


「あたしだってそう思うよ。普通、そんな事したら友情なんかおしまいだし。実際あたしもそう思って、桜から距離取ったし。てか、普通にショックで学校休んだし」


 一ノ瀬が思い出したようにパフェを頬張る。


「でもさ、桜は許してくんないの。休んだその日に家に来て、あたしが会いたくないって言っても聞かないで部屋ん中入ってきてお説教。私と付き合えなかったら友達やめちゃうの? 私達の友情ってその程度だったの? って。あたしだってそう思うけど、こんな気持ちのまま一緒にいてもつらいだけじゃん?」


 俺にはとても理解出来ない話だ。

 それでも、一ノ瀬の話にはなんとなく頷ける所がある。


「で、桜は逆ギレ。別に付き合えなくたっていいじゃん、女の子同士で子供作れるわけじゃないし! 親友だって同じでしょ? って。あたしの気持ちなんかおかまないなしでさ。それより友達でいたいって。人生は長いから、友達でいればそういうのもその内なんとかなるかもしれないし。こんなのでお別れなんて絶対嫌だって。それであたしが桜の事好きでも平気なのって聞いたら、なんて答えたと思う?」

「さぁな。どうせろくでもない事だろ」


 一ノ瀬は苦笑いで肩をすくめた。

「そんなの、アンちゃんが自分でなんとかして! って。ひどいっしょ」

「最低だな」

「本当最低。でも、あたしはその言葉に救われたんだ。だってそうでしょ? 桜はあたしの気持ちを否定しなかった。他の男どもみたいにエッチな目で見てたのに、私は可愛いから仕方ないって許してくれたし。あたしは桜の事好きなまま、このままの自分で友達でいていいんだって許してくれた。まぁ、変な事すると普通に怒られるけど、怒るだけで嫌ったりしないし。つまりそれって、親友って事っしょ? だからあたしも、ありのままの桜を否定したくないし。不満は色々あるけど、とりあえず応援する事にしたってわけ」

「……いや、そう言われても」


 なんだかすごい話を聞かされて、俺は混乱しながら水を飲んだ。


「黒川さ、あたしの話全然理解してないっしょ? 桜とお前をくっつける為に、あたしも全力で応援するって事だから。覚悟しとけって話」

「……つまり、宣戦布告か?」


 カクンと一ノ瀬が肩でコケる。


「なんでそうなるし! まぁ……それでいいよ。とにかくそういう事。そういう意思表明。桜の気持ちに向き合うのは勿論だけど、黒川には桜に相応しい立派な彼氏になって貰わないと困るから。そこんとこよろしく」

「知るか! つまり、そういうていでお前も白崎と一緒に俺を玩具にしたいってだけだろ!」


 大層な話をしてきたが、そんなもん作り話に決まっている。

 仮に本当だとしても、好きな相手が別の人間と結ばれる為に頑張る奴なんかいるわけがない! つまり嘘だ。


「はぁ~……。まずはその捻くれまくった根性を叩き直す所からだけど。桜と出会ってなかったら、あたしも黒川みたいになってたのかね。お~怖っ」


 身震いをすると一ノ瀬は席を立った。


「どこ行くんだよ」

「パフェ食ったから帰るし。親友に内緒でいつまでも彼氏と二人っきりでいたらマズいっしょ。ああ見えて桜、結構嫉妬深いし。そんじゃ明日な~。てか夜にゲームで? 家具染めたいから、早く染料育ててよ」

「うるせぇ! 帰るんならさっさと帰れ!」


 イー! と白い歯を剥き出して一ノ瀬が去って行く。

 帰り際、また真姫に「やっぱ彼氏じゃん」とからかわれていたが。


 勘弁してくれ。

 誰があんなクソデブ変態女と付き合うか!


 なんだか訳の分からない話をされたが、これでようやく静かになった。


 程なくして真姫がパフェとメロンフロートを持ってきて、俺は思う存分至福の時間を楽しんだ。


 やはりこの店のパフェは美味い。クリームが違う。シンプルながら、一つ一つの素材が和を乱すことなくお互いを引き立て合っている。パフェというのはなんでもかんでも美味そうなものをのせればいいというわけではない。そこの所を、ここのマスターはよく分かっている。


 一ノ瀬に出会ったのは誤算だったが、十分に元が取れたと言える。

 満足して帰ろうとするのだが、伝票が見当たらない。

 机の下やソファーの上を探していると真姫が話しかけてきた。


「会計ならアンナがまとめて済ましてったよ」

「はぁ?」

「慰謝料だって。彼氏君、アンナに手ぇ出してボコられた? あいつ、口だけでいざとなるとヘタレだから。抱きたいならゆっくり時間かけなよ」

「な、がっ、か、彼氏じゃねぇよ!?」

「その反応、童貞君だ」

「うるせぇよ!」


 なんだこの店員は!?

 くそ、一ノ瀬のせいで変な奴に目をつけられた!

 この店は俺の心のオアシスになるはずだったのに!


 ともかく、会計が済んでいるなら用はない。

 店を出ると、俺は雑談部屋にメッセージを投げる。


『余計な真似すんな!』

『黒川食べ過ぎ。差し引きで貸し1な』

『ふざけんな!』

『……まさかとは思うけど、私がお家でお勉強してる間にこっそり二人だけで会ってたわけじゃないよね?』


 ぁ、やべ。


『待って桜違うからこれには深い事情があるんだって』


 慌てる一ノ瀬を見て、俺はニタリと悪魔的な笑みを浮かべる。


『一ノ瀬に誘われて二人でパフェ食ってきた。しかも奢りで。ちょ~美味かった。また行こうな!』

『おいバカ黒川ふざけんな!』

『アンちゃん』

『違うって! こいつが嘘ついてるだけ! パルフェに行ったらたまたま偶然会っただけだから!』

『でも会ったんでしょ? なんで教えてくれなかったの?』

『それは、その……ごめんじゃん……』


 女同士の醜い修羅場だ。

 ざまぁみろ!


『黒川君も、なんでそんな嘘ついたの?』


 うっ、矛先がこっち向いたか。

 けど、ライン越しだ。なにが出来るわけでもない。

 勿論、対面だって白崎なんか怖くはないが。


『うるせぇ! お前だって普段から俺に嘘つきまくってるだろ! これでおあいこだ!』

『……ふ~ん。そういう事言っちゃうんだ』

『バカ黒川! 謝っとけ! どうなってもしらないぞ!』

『う、うるせぇ! 誰が謝るか!』


 どうしよう。ちょっと怖くなってきた。


 白崎なら俺が苦労して作った拠点や牧場をゴミのように破壊しかねない。それは困る。普通に凹む。だからと言ってこんな奴に謝るわけにはいかない。そんな事をしたら弱みを握られる事になる。


『黒川きゅん、私を嫉妬させたくてそんな嘘ついちゃったんだ? 可愛いんだ~! 今日は構ってあげられなくてごめんね? 夜のゲームまでには頑張ってお勉強終わらせるから安心してね。私の可愛い寂しん坊さん、チュッ!』

「ひぃっ!?」


 以前屋上で見たキモいキス顔を思い出し、俺は全身に鳥肌が立った。


『ふざけんな! 誰がお前なんかに嫉妬するか!』

『おい白崎! 聞いてんのか!』

『おい! おいって!』

『言っとくけど、桜の仕返しはマジで陰険だから』


 だ、だからどうした!

 そんな脅し、全然怖くねぇし!


 †


 その日の夜のゲームタイム、白崎は一ノ瀬を完全に無視して、俺に対しては普段にも増して可愛いを連発した。しかも赤ちゃん言葉で。


『も~、こんな事で怖がるなんて、黒川きゅんは本当に可愛いでちゅね~。メンタルが赤ちゃんでちゅか~? ばぶばぶ~』

『う、うるせぇ! 可愛い動物を見つけたとか言ってこんな真っ暗な洞窟の奥まで連れて来やがって!? これのどこが可愛い動物だ!? 人間の顔をしたクソキモい皮膚病のニワトリモドキだろうが!?』

『お口が悪いでちゅね~? そんなにイキリ散らかしてると一人で置いて帰っちゃいいまちゅよ~?』

『か、勝手にしろ!? どうせ死んでも拠点のベッドで復活できるんだ! そうだ! こんな場所、死に戻りで帰ってやる!』

『残念でちゅね~。黒川きゅんのリスポーンベッドは事前に私がこの洞窟の最深部に移動させておいたんでちゅよ~?』

『……なん……だ、と……』

『こまりまちたねぇ~? 黒川きゅんが拠点に帰れないとぉ~、可愛い可愛い鳥さんや牛さん達がお腹を減らして苦しみもがいて死んじゃうかもちれないでちゅね~? それとも~、謎の侵入者に殺されて食べられちゃうかも!』

『てめぇ、白崎! 卑怯だぞ!』


 謎の侵入者とかどう考えてもお前だろ!


『くやちぃでちゅか~? くやちぃでちゅね~? でも、黒川君が悪いんだよ? 私の見てない所でアンちゃんと二人きりでパフェ食べて。しかもそれを秘密にして。そんなの浮気じゃん』

『浮気じゃねぇし! 誰があんなデカ女好きになるか!』

『わかんないじゃん! アンちゃんはおっぱい大きくてむっちりムチムチの黒ギャルデカ女なんだよ!? 足だって臭いし、特定の趣味の人にはぶっささりまくりじゃん!』

『そんな趣味ねぇよ!?』

『うえぇぇえええ、あたしだって好きで足臭いんじゃないし! 体質なんだから仕方ないじゃんか~!』


 一ノ瀬の泣く声が響いてくる。

 最初からずっと響いている。


『大丈夫だよ。アンちゃんの足が臭くても私達の友情は変わらないから。でもあと一時間は口利かないから』

『やだやだやだ~! 黒川ばっかりと話しちゃヤダ~! あたしとも喋ってよ~!』

『だぁ! うるせぇ! 子供みたいに泣くんじゃねぇ! なんとかしろ白崎! お前の親友だろうが!』

『黒川君こそアンちゃんじゃなくて私を見て。私だけを見て。っていうか普通にアンちゃんと黒川きゅん趣味も性格も似すぎてて危機感あるし。親友に彼氏寝取られるとか洒落にならないから』

『うわぁあああああああん、桜ぁああああああああ!』

『いやマジで足臭い女とか普通に無理だし、流石に可哀想だから喋ってやれよ!』


 高二の女がマジでギャン泣きしてたら俺だって流石に引くぞ。


『いーの。アンちゃんはなんだかんだこういうの好きなんだから。これが私とアンちゃんの友情、私に出来る精一杯の愛情表現なの』

『さ、桜ぁ……』

『話しかけないで。無視三十分延長ね』

『びぇえええええええ!』

『うるせええええええ!』

『ねぇ黒川きゅん。どう? オタク君の好きなヤンデレだよ? それともツンデレの方がよかった? クーデレでも妹系でものじゃロリでも僕っ子でも、黒川きゅんの好きなタイプの彼女になってあげるよ?』

『普通はねぇのか普通は!』

『普通になったら付き合ってくれるんですか!』

『ならねぇよ!』

『じゃあ無し! そんなのつまんないし! ていうかマジで反省して! アンちゃんと遊んでもいいけど連絡だけはして! それくらい出来るでしょ!』

『うるせぇ! 彼女ぶんな!』

『彼女だもん!』

『やだああああああ! 桜はあたしのだもん! 男となんか付き合っちゃやだああ!』

『いや、お前は白崎を応援するんじゃなかったのか?』

『そう思ったけど、素直に納得できないじゃん! てか、黒川に取られるくらいならあたしが黒川を誘惑して桜から寝取ってやるし!』

『アンちゃん!?』

『なんでそうなるんだよ!』

『あたしだって桜と付き合いたいし! フリーの桜にアタック続ければいつかあたしのものになるかもしれないじゃん!』

『まぁ、可能性はゼロじゃないかな』

『否定しろよ!?』

『だってそうだもん。それに、寝取られは嫌だけど三角関係はなんか燃えるし。やったね黒川きゅん、彼女が増えるよ!』

『よくねぇよ!』


 彼女じゃねぇし!


『黒川。あたしの彼氏になるんならデリカシーを身につけろし。デカいとか臭いとか問題外だから。あと一夫多妻の国の国籍を取って桜とも結婚して。そうすれば合法的に桜と結婚できるし』

『わーお。アンちゃん、いい感じに湧いてるね』

『伊達に桜の親友やってないし?』

『もう三十分延長ね』

『なんでし!?』

『そもそもお前らみたいなクソビッチツインズの彼氏になる気はこれっぽっちもねぇからな!』


 二人して俺の事をからかいやがって!

 お前らみたいな美少女が俺みたいな醜い嫌われ者と本気で付き合うはずないだろうが!


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