第12話 ASS

 小学校の真ん中くらいまで、あたしは不良と呼ばれていじめられていた。


 なんて言ったら、不良なのにいじめられてたの?

 と不思議に思う人もいると思う。


 当時のあたしを知ってる人だって、え? アンナはいじめられてないでしょ?

 と首を傾げるかもしれない。


 でも、そういうのって本人の感じ方次第だと思うし、あたしはいじめられていると感じていて、見えない所で何度も泣いていた。パパやママにも言った事がある。どうしてあたしだけみんなと違うの? って。今思えば、悪い事をしたと思うけど。


 あたしのおじいちゃんはアメリカ人で、あたしにもその血が四分の一入っている。そしてあたしはその四分の一を引き当てて、見事に日本人らしからぬ日本人として生まれてしまった。


 周りの子はみんな黒髪なのに、あたしだけ染めたみたいに鮮やかな金髪。身体つきもみんなと違って、あたしはなんか骨太で大きかった。特にそれくらいの年頃は女の子の方が成長が早いから、あたしはいつもクラスで一番の巨体で、それが本当に嫌で仕方なかった。


 馬鹿な男子達はその事でいっつもあたしをからかってきて。その頃から負けず嫌いだったあたしは、腕力でそれに抗った。そしたらなぜかあたしが悪いみたいになって、怖がられて、女子にも避けられて、一人ぼっちになっちゃって。そんな風になったら、あたしも自分の事不良なんだって思うようになって、ますます乱暴になった。

 四年生に進級してもそれは同じで、あたしはこの先一生一人ぼっちなんだって絶望してた。


 桜と出会ったのはそんな時だった。


 あたしとは骨格からして違う、お人形さんみたいに可愛い女の子。いっつも沢山の友達に囲まれて、そこには笑顔が溢れてて、別世界の住人って感じ。その時初めて、あたしは嫉妬の感情に目覚めた。


 桜はその頃からモテモテで、あたしとは違う意味で一部の男子にイジメられていた。好きな子に意地悪しちゃう男子特有の馬鹿なアレ。クラスのガキ大将も桜にぞっこんで、しょっちゅう桜にちょっかい出しては泣かせていた。


 あたしが桜を助けたのは優しさなんかじゃない。その逆で、あたしの強さをひけらかして、このいか好かない子の鼻を明かしてやろうと思ったからだ。あとはまぁ、そのガキ大将の男の子をとっちめて、あたしがクラスで最強だってことを分からせようって魂胆もあったけど。とにかく、桜の為なんかじゃなかったことだけは確か。


 実際あたしは桜の事、ボロクソに言ったと思う。恥ずかしくて忘れちゃったけど、本当に酷いこと言ったと思う。


 でも、桜は全然気にしなかった。って言うか、聞いてなかった。その辺は今も同じ。それで、あたしの話なんか無視して、目をキラキラ輝かせて言うわけ。


「すご~い! アンナちゃんかっくぃ~! ヒーローみたい!」

「……ヒーローって、あたしが?」

「うん! だって意地悪されてるあたしを助けてくれたでしょ?」


 呆気にとられるあたしに抱きついて、甘えるように頭をぐりぐりしてきて、なんだかほっとするような、嬉しいような、泣きたくなるような、そんな気持ちにあたしはなって、何も言えなくなった。


「ね、アンナちゃん、お友達になろ? けってー!」

「ちょ、勝手に決めんなし!」

「だめ~。もう決めちゃったもん!」


 そう言って、桜は他の子にあたしを紹介して、あたしは一人じゃなくなった。

 それ以来、あたしはずっと桜の事を守ってる。

 これまでも、これからも、桜を傷つける奴はあたしが許さない。


 だって桜はあたしの大切な――

 

 †


 朝の教室。


「……くっそ眠ぃ」


 と、思わず独り言を吐いてしまうくらい眠かった。

 白崎の嘘告に巻き込まれて一週間。


 結局俺は、あれから毎晩白崎のゲームに付き合わされている。

 不本意だ。あんなグロくて殺伐としたゲームは全く好みじゃない。

 それでも毎晩付き合ってやっているのは、一つに、途中でやめようとすると白崎が「黒川君、このゲーム怖いんだぁ?」と煽ってくるからだ。


 実際、あのゲームはサバイバルとは名ばかりのホラーゲームだった。夜になると真っ暗になり、どこからともなくおぞましい姿をした食人族が襲ってくる。というか、あいつらもはや人ではない。四足歩行で追いかけてくるし、時々明らかに人間じゃない姿をしたバケモノが混じっている。胴体が口みたいに開いた四本腕のオバケとか、六本足ののっぺらぼうとか、人間と豚と鶏を合体させたキメラみたいなのとか。もう本当勘弁して欲しい。


 俺はそういうグロイのとか怖いのとかが大嫌いなのだ。だが、そんな事を言っていたら白崎に舐められるから、仕方なく付き合っている。


 もう一つ、むしろこちらが本命なのだが、この世でただ一人、こんな醜い嫌われ者の俺を愛してくれる優しい母親が、ボッチの俺に友達が出来たと勘違いして、俺が白崎とゲームをするのを毎日物凄く楽しみにしているのだ。


 なんなら、白崎と遊ぶそぶりを見せないと、俺が友達に嫌われたんじゃないかと物凄く心配する。具体的にはそいつの住所を聞きだして、釘バットを片手にバイクで襲撃しようと試みる。

 そんな優しい母親の笑顔を曇らせたくなくて犯罪者にしたくなくて嫌々遊んでいるというのが本当の所だ。


 まぁ、グロイ要素を抜かせばそれ程悪いゲームではない。リアルなアニ森は言い過ぎだが、建築系のシステムは結構充実していて、それなりに遊べはする。


 そういうわけで、白崎は血生臭い狩りや食人族との戦争に精を出し、俺はせっせと拠点を作っている。土を耕し種を植え、かつて食人族だった肥料を撒き、作物なんかを育てている。


 植物を育てたら動物にやる飼料が賄えるので、牧場を作れる。鳥さんだってたくさん飼える。食人族も好きで人間なんか食べているわけじゃないだろう。俺が巨大農場を建設して飯を用意してやれば、あの島も平和になり、めでたしめでたしのハッピーエンドになるはずだ。


 バケモノはまぁ、白崎の遊び相手をやらせておけばいい。あの女はサバイバルとか言って、斧を振り回す事しか考えていないのだ。そういうわけでなんだかんだやる事は多く、毎晩遅くまで遊んでしまい、寝不足に陥っているのだった。


「黒川きゅ~ん! おはよ~!」


 一週間程度では、俺と白崎が付き合っているという荒唐無稽な話を信じる異常者は多くない。いまだに大半の連中が疑っていて、様々な憶測が飛び交っている。流石に初日程の勢いはないが、それでもいまだに俺のいる教室には大勢の野次馬が押し掛けており迷惑している。


 そんな連中を納得させる為とか言って、白崎は朝、昼、帰りと教室にやってきて、見せつけるように俺に絡んでくる。その度に周囲の人間から殺意の混じった視線を向けられるのだから、たまったものじゃない。白崎は俺を苦しめるのが目的だから、分かっていてわざと煽っているのだろう。本当に嫌な女だ。


 だから俺も、いちいち相手をしたりはしない。シカトして、大欠伸などしている。

 そうすれば、見ている連中を悔しがらせる事も出来るので一石二鳥だ。


「黒川きゅ~ん? ねぇねぇ~! 無視しないでよ~!」


 うるせぇ、早く去れ。

 こっちは昼も夜もお前の相手をしてやってるんだ。

 朝くらい静かに過ごさせてくれ!

 そんな思いで俺は腕を枕に不足した睡眠を補おうとする。


「……黒川きゅん、昨日の夜は楽しかったね。今晩も二人っきりで、い~っぱい楽しい事しようね」


 仕返しのつもりだろう。白崎が無駄に色っぽい声で言ってきた。


「おい白崎! 誤解されるような事……」


 慌てた俺は顔を上げて叫ぶのだが。その頃には白崎の姿はすでになく。


「おいキモ川ぁ! よよよ、夜に! 白崎さんといっぱい楽しい事って、なにしてんだよ!」


 また飽きもせずに佐藤のバカが絡んできて、いつも通りに張り倒すのだった。


「なんでもねぇよバカ! あのアホの話をいちいち真に受けるんじゃねぇ!」


 こんな騒がしい毎日に慣れつつある自分が悲しい。



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