第11話 こんなゲーム二度とするか!
『ここをキャンプ地とする!』
砂浜に旗でも突き立てるような身振りをして、声高らかに白崎は叫んだ。
ジャングルを抜け、たどり着いた島の終わり。帯状に広がる砂浜からこんもりと飛び出した瘤のような場所に俺達は立っている。
『なんだか見晴らしが良すぎて落ち着かねぇな』
打ち寄せる波で両手を洗うと俺は言った。
これでやっと、心置きなく無人島サバイバルを楽しめる気がする。
『敵に襲われてもここならすぐに分かるでしょ? とりあえずご飯食べて、その後は拠点を作るのに必要な資材を集めよう』
『飯っつってもお菓子しかないけどな』
飛行機で見つけたチョコレートバーが数本。もっといろいろあるだろ! と突っ込みたいが、そこはゲームの都合なのだろう。
『食べ物なんか狩りで幾らでも手に入るよ』
ぶんぶんと白崎が斧を振り回す。
『……そういう血生臭いのはお前に任せる』
『任せて任せて! 私は狩りと戦いで黒川きゅんが建築とか内政担当! 私、建築みたいな面倒で地味な作業苦手だから助かるっぴ!』
『俺だって動物追い回して斧でぶっ殺す楽しさなんかわかんねーよ』
実際白崎はジャングルで見つけたトカゲを斧で叩き殺して貴重なたんぱく源とか言って生で貪ってたし。
野蛮すぎだろ。そういう所に人間の本性が出るんだ。
ともあれ俺達は、もそもそとチョコレートバーを貪って減少した空腹値を回復する。
と、お菓子に誘われたのか、どこからともなく現れた南国カラーの可愛い鳥が、チョコレートバーを握っていた俺の腕に舞い降りた。
うぉー! すげぇー! これはテンション上がる。
普段から動物にも嫌われている俺だ。ゲームとはいえ結構嬉しい。
『おい、見たかよ白崎!? 鳥さんだぞ!』
『黒川きゅん、ラッキーだね。ジッとしてると時々鳥が集まって来る事があるんだよ』
『マジか。やべー、超リアル。食いかけのチョコレートバーついばんで、結構可愛いな!』
『そのまま動かないでね。逃げちゃうから』
『動かねぇよ! もう今日はこいつを眺めて終わってもいいくらい――』
ブンッ。
目の前を、赤い残像が横切った。
ピシャリと、顔に粘ついた液体のぶつかる音が響く。
少し遅れて、小さな命が地面に叩きとされる、くちゃりという湿っぽい音が耳に届いた。
唖然として視線を動かすと、白崎のキャラがブチブチと鳥さんの死体から羽を毟っていた。
丸裸にされた小さな肉の塊を、見せびらかすように俺の鼻先にぶら下げる。
『黒川きゅんお手柄! 貴重なたんぱく源ゲットだよ! それにね、鳥から取れる羽は矢の材料にもなるんだよ?』
目の前のキャラは無表情だ。
けれど俺には、白崎の浮かれた声のせいで楽し気に笑っているように見えた。
『黒川きゅんにはご褒美として、獲れたてほやほやの焼き鳥をプレゼントしよう! 今焚火作るからちょっと待ってね!』
ウキウキで言うと白崎はその辺にしゃがみ込み、道中で集めた枝を使って焚火を作成した。ライターで火をつけ、枝に刺した鳥さんの遺体を焼きはじめる。
俺は無言で背後に忍び寄り、斧を構えた。
ザク。
『おろ?』
ザク。
『黒川きゅん?』
ザク、ザク。
『ちょ、待って! 黒川君!? なにやってんの!?』
ザク、ザク、ザク、ザク。
体力が尽きたのか、白崎のキャラは倒れた。
『鳥さん……仇は取ったからな……』
『取ってないから! まだ生きてるから! 蘇生して! 今ならまだ間に合うから!』
そういうシステムなのだろう。
白崎が命乞いをする。
『うるせぇ! あんなに可愛い鳥さんをぶち殺して、焼き鳥にして俺に食わせるだぁ!? お前みたいな人でなしはなぁ! そこでくたばっちまった方が世の為なんだよ!』
叫びながら、俺はひたすら斧を振り続けた。
『いやああああああ!?』
白崎のキャラの腕が取れ、足が取れ、首取れ、無残なバラバラ死体が出来上がる。
『はぁ……はぁ……はぁ……こんなゲーム、二度とするか!』
『黒川君待って!? これからがいい所――』
白崎の言い訳を無視して、俺はヘッドホンを毟り取るとゲームを終了した。
やり切れない気持ちになった俺はなにもかもが嫌になり不貞寝した。
そしてふと夜中に目覚め、鳥さんの事を思い出し、泣いた。
†
そんな事があったから、俺は金輪際白崎とはゲームをしないと心に決めた。
翌日学校で白崎に謝られても、その気持ちが変わることはない。
大体あいつ、途中から「だってサバイバルゲームなんだよ!? そんな事気にしてたら生き延びれないよ!?」などと開き直ってきやがったし。
無人島で遭難して、可愛い鳥さんを食べないと生きていけないと言うのなら、俺はまず白崎を殺して食うと言ってやった。
そしたらあの女、ちょっと嬉しそうに「それはそれでありかも」なんて言いやがるのだ。
「ちょっとネタバレになっちゃうんだけど、あのゲーム実は人肉も食べれるの。ちょっと色々マイナス効果があるんだけど、その気になれば私を食べて生き延びる事も可能だよ!」
可能だよじゃねぇよバカ!
頭がどうかしてるんじゃねぇのか? しているのだろう。俺みたいな醜い嫌われ者に嫌がらせをする為に、学校中に俺と付き合っていると言い触らすくらいなのだから。普通そういうのは面倒にならないようにこっそりやるもんだろうが!
まぁ、大っぴらにやられたせいでこちらも無視できない状況に陥っているのだが。
そんなやり取りを一日中して、俺は家に戻ってきた。
白崎は凹んでいたが、知った事じゃない。
俺だって、鳥さんを殺されて物凄く落ち込んでいるのだ。
俺なんかの手にとまらなければ、鳥さんもあんな目にはあわなかっただろうに。
はぁ、憂鬱だ。
こうなったら、アニ森でもやって癒されよう。
そうだ、お菓子の島に鳥さんの慰霊碑を建てるのだ!
そんな事を考えながら自室の扉を開いた。
そしたら、見慣れないデカブツが机の上に鎮座していた。
七色に光るファンが三つ並んだ厳ついPCと巨大なモニター。
俺は何度か瞬きをして、目を擦った。
何が起きたのかは分かっていたが、脳が理解を拒んでいた。
暫くその場で現実逃避をしていると、こっそり入ってきた母親が得意気に言った。
「じゃじゃ~ん。玲君用のパソコンで~す。玲君が心置きなくお友達と遊べるように、お母さん頑張っちゃいました~」
「……わーい」
そんな事を言われたら、喜ぶ以外にどうしろと?
「自慢するわけじゃないんだけど、玲君が学校に行っている間にパーツを買ってきて、お母さんが組み立てたのよ? 水冷式で、お母さんが配信……じゃなくて、趣味で使ってる奴より凄いんだから! これならどんなゲームでもサクサク動くから、玲君が恥を掻くことはないでしょ?」
「……うん、そうだね」
「でねでね、凄いのはここから。じゃじゃ~ん!」
母親がPCを操作すると、透明になったケースの側面に、デフォルメされた母親の3Dキャラクターが浮かび上がった。どういうわけかチアリーダーの格好で、両手にポンポンを持って応援するような動きをしている。
「お母さんはいつだって玲君の事を応援してるからね」
そう言って、母親は励ますように胸元でグッと拳を握った。
「……ぅ、ぅぅ」
なにかこう、感動とか喜び以外の感情が押し寄せて、俺は静かに泣いてしまった。
「もう、玲君ったら、泣く程嬉しかった?」
「……そ、そうだね」
泣く程引いてるなんて言えるわけがない。
あくまでも、どこまでも、母親は俺の為にやってくれているんだから。
なので俺は、頑張って笑顔を浮かべて言った。
「ありがとう、母さん。トッテモウレシイヨ」
「うふふ。いいのよ玲君。お母さんはその言葉だけで十分。玲君の幸せが、お母さんの幸せなんだから」
その息子が現在進行形で物凄く不幸な気持ちになっているんですが。いや、違う、そうじゃないだろ! 母さんは悪くない。PCも悪くない。悪いのは全部白崎だ。使い道はもうないが、とこかくこれは、感謝に値する素晴らしいプレゼントなのだ。
「で、玲君。今日は何時からお友達とゲームするのかしら?」
「え?」
「え?」
ひゅ~るりらと、気まずい風が寒々しく吹いた。室内なのに。
キラキラと、眩い程の希望に満ちていた母親の顔が、絶望で曇る。
「あ、あわわわわわ、私としたことが、ごめんなさい玲君、そんなつもりじゃなかったの、あぁ、なんて事! こんなゴミは今すぐ処分しましょう! お、お友達の事なんか気にしなくていいのよ? 玲君の良さがわらかないゴミクズなんて、このパソコンと一緒で何の価値もないわ! ぶっ壊してやる! このパソコンも、玲君を傷つけたクソガキも、オレ様の釘バットでメッタメタにしてやる! キェエエエエエ!」
完全にスイッチの入った母親が、腕まくりをして部屋を出ていこうとする。
この通り、優しすぎる母親は、俺の事となると別人のように変貌してしまうのだ。
「待って、待ってよ母さん!? 誤解、誤解だから! ちょっとびっくりして、声が出なかっただけだから! 勿論今日も友達とゲームするよ! 当然だろ? こんなすごいパソコンを貰ったんだ! 自慢してやらなくっちゃ!」
乱心した母親を羽交い絞めにして必死に訴える。
俺の言葉に、般若のようになっていた母親は優しさを取り戻し、謎のパワーで逆立っていた髪も重力に従った。
「……んもー、玲君ったら、びっくりさせないで。そうよね、私の玲君はこんなに素敵な子なんですもの。お友達だって、わからないわけがないわよね、おほほほほ」
「ははははは……」
「それで、お友達とは何時から遊ぶのかしら?」
「それは、その……」
母親の目が怪しく光り、髪の毛が蠢きだす。
「と、特に時間は決めてないんだ! お互いに、夕飯を食べ終わったら集合って事で……」
「まぁ大変! じゃあ、早い方がいいわよね? お母さん、急いで晩御飯の準備するから!」
「全然、いつでも大丈夫だよ。母さんも、パソコン組み立てて疲れただろ? なんなら今日は俺が作るし」
母親にばかり苦労をさせるわけにはいかない。一応俺も、料理は出来るのだ。勿論、母親の腕には遠く及ばないし、優しい母親は遠慮してなかなか俺に料理をさせてくれないのだが。
「だめよ! 折角できたお友達なんだから! 待たせたら悪いじゃない! 玲君は遠慮しなくていいから、全部お母さんに任せておけばいいの」
優しく微笑むと、母親はキッチンのある一階に降りて行った。
一人残された俺は、内蔵まで吐き出しそうな深い溜息をつき、のそのそと携帯を取り出した。
『……あー。もしもし白崎か。気が変わった。晩飯食ったらまたゲームするぞ――だぁ!? うるせぇ! いきなり叫ぶんじゃねぇ!』
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