第10話 THE  ISLAND

 という事があったのだと、よっぽど白崎に文句を言ってやりたかった。

 だが、それを言ったら、まるで俺がマザコンみたいだと誤解される。

 だから泣く泣く、心の内に秘めておいた。


『むはー! 彼氏とボイチャでゲームが出来るなんて、夢みたい!』


 母親が使っている高そうなヘッドホンから、興奮した白崎の声が響いてくる。

 本当はボイチャなんかしたくないのだが、白崎がどうしてもと駄々をこねるので渋々了承した。念のため、このやり取りを流出させて俺に不利益を与えたら裁判で訴えてやると脅しておいた。白崎は了承し、そのやり取りはこちらでも録音してある。そのくらいの保険はかけておかないと、ボイスチャットなど恐ろしくてできた物じゃない。


 白崎の指示に従って、必要な準備は既に終わらせている。

 今はゲームを起動して、マルチプレイを始めた所だ。

 ジ・アイランドという海外のゲームらしい。

 実写に近いリアルな3Dで、洋画みたいな雰囲気がある。

 白崎曰く、リアル寄りのアニ森という話なので、それはちょっと楽しみだった。


『で、これはどういう状況なんだ?』


 特に説明もなくゲームが始まったので、俺は尋ねた。

 どうやら俺は、飛行機に乗っている乗客の一人らしい。隣にいる金髪の女の人と英語で話しながら、機内食を食べようとしている所だ。窓から下界を眺めると、青々とした南国の海が広がっている。


『私と黒川きゅんはラブラブの新婚さんで、今は新婚旅行の真っ最中なの』

『……先に言っとくが、南の島でいちゃいちゃするだけのゲームだったら怒るからな』


 いかにも白崎の考えそうな嫌がらせだ。


『すぐにわかるよ』


 含みのある言い方だ。

 その直後、機内が激しく揺れ始めた。 


『な、なんだぁ!?』

『なんだろうねぇ?』


 俺の反応を楽しむように、ニヤついた声で白崎は言う。

 画面の揺れは激しさを増し、目の前の機内食が宙を舞った。ヘッドホンからは意味不明な英語のアナウンスとがちゃがちゃとした騒音、乗客の悲鳴と凄まじい風切り音が響いている。


『おい! これ、ヤバいだろ!』

『ヤバいねぇ~。ちゃんと椅子に捕まってないと、吹っ飛ばされちゃうぞ~?』


 揺れはさらに強くなる。明滅していた照明が消え、頭上の荷物入れから毀れた荷物が機内を暴れ回る。視界の端で座席が外れ、乗客までもがシェイカーの中の氷みたいに跳ね回った。


『おおおお、落ちるうううううう!?』

『きゃ~~~~!』


 凄まじい臨場感に、思わず俺は母親の使っているピンク色のゲーミングチェアにしがみつき、ぎゅっと目を閉じた。

 破滅的な破壊音が長く響き、不意に不気味な静寂が訪れる。


『はぁ……はぁ……はぁ……な、なんだったんだよ……』


 恐る恐る目を開く。

 倒れているのだろう、目の前には雑多な物が散乱した飛行機の床が広がっている。

 顔を上げると、先程隣にいた金髪の女性、白崎の操るキャラが、ヘンテコな形の斧を肩に担いで勇ましく立っていた。


『あはははは、黒川きゅん、反応良すぎ! 配信者の才能あるよ!』

『う、うるせぇ! こういうゲームは慣れてねぇんだよ!』


 俺が普段やっているのは、猫に言葉を教えたり、牧場を経営するような平和で可愛いゲームばかりだ。こういうリアルで殺伐としたゲームは全くやらない。

 が、そんな事を言ったら舐められる。

 ともかく俺は立ち上がり、辺りを見回した。


『なんだよ、こりゃ……』


 凄惨な光景が広がっていた。

 飛行機は墜落して、真ん中から前半分が綺麗さっぱりなくなっていた。墜落の衝撃で投げ出されたのか、乗客の姿はほとんどなく、残された僅かな乗客も、床や座席の上で不自然な体勢を晒している。どう見ても死んでいた。


『というわけで、私達の乗った飛行機は謎の理由で無人島に墜落してしまいました。生き残った乗客は私達だけ!? 生きて無事にこの島を脱出する為、力を合わせて頑張りましょ~、えいえいお~!』


 白崎のキャラが拳を上げて陽気にジャンプする。


『どこがちょっとリアルなアニ森だよ!? 設定がハード過ぎるだろ!』


 こいつ、絶対アニ森やった事ないだろ!


『海外ゲーはそんなもんだよ。それより、ハリーアップ! 時間は有限! こうしてる間にも時間は進んで夜は近づき、喉は乾いてお腹は空くんだから! もたもたしてると生き残れないよ!』


 ぶんぶんと鼻先で斧を振り回しながら白崎は言う。


『そんな事言われても、俺は初心者だぞ。なにすりゃいいんだよ』

『うむ。まずは周囲を漁って使えそうな物資をゲットしようの巻!』


 そう言うと、白崎はおもむろに床に転がっているおじさんの死体から服を脱がせ始めた。


『おい白崎、なにやってんだよ……』

『なにって、服脱がせてるんだけど?』

『そんなのは見りゃわかる! なんでそんな事してるのかって聞いてるんだよ!』

「うむ。いい質問だね黒川きゅん。無人島ではちゃんとした服は貴重品なのだよ? 寒さを凌ぐのは勿論、包帯にしたり、身体を拭いたり、破いてヒモにしたり、松明の材料にしたり、無限の可能性があるんだから!』

『だからって、死体から剥ぐ事ないだろ……』


 バチ当たりだ。こいつには人の心がないのか?


『じゃあ、生きてる人から剥げって言うの?』


 ブン! と俺の鼻先に斧を向けて白崎は言う。

 たじろいで、俺は一歩下がった。


『そ、そんな事言ってないだろ!』

『いい、黒川君。そんな甘い考えじゃ、無人島では生き残れないよ? 死んだら終わり、それまでなの! 道徳とか倫理観とか、そういうクソの役にもたたない荷物は、今すぐここに捨てちゃって、代わりに物資を集めるの! さぁ早く!』

『だぁ! 分かったから、斧を振り回すな!』


 この女、怖すぎる。ゲームをやると性格が変わるタイプか? 

 そりゃ秘密にしておきたいわけだ。

 弱みとしては弱いが、覚えておいて損はないだろう。

 それだけでも、白崎のゲームに付き合ってやった甲斐はあった。


 そういうわけで俺達は飛行機の残骸を漁った。乗客の死体から身包みを剥ぎ、機内にある使えそうな物資をかき集め、外に散らばったトランクを備え付けの斧でぶっ壊して中身を頂く。それらを入れるリュックだって誰かの遺品だ。泥棒だろ! なんてひどいゲームだ!


『とりあえずこんなものかな』


 一通り漁り終わると、やり遂げた声で白崎が言う。

 飛行機の外はジャングルみたいな密林で、辺りにはぐちゃぐちゃの死体やトランク、飛行機の破片が雑多に散らばっている。


『なぁ白崎……手が血まみれで気持ち悪いんだけど、なんとかならねぇか……』


 ぐちゃぐちゃの死体を漁ったので、俺のキャラの手は赤黒く汚れていた。リアルな描写に、血生臭さが匂い立つ気さえする。俺は怖いのやグロイのが大嫌いなのだが、一人称視点なので嫌でも目に入る。


『水で洗えば綺麗になるよ』

『それを早く言えっての』


 白崎の言葉に、早速手に入れたばかりのペットボトルを取り出す。


『だめぇ!』


 白崎が斧を振り下ろして、危うく俺の手首を斬り落としかけた。


『だぁ!? なにしやがる!』

『黒川君こそなにしてるの!? 貴重な水をそんな事に使おうとするなんて、信じられないよ!』

『そんな事で一々斧振り回すお前の神経が信じらねぇよ!?』

『水の無駄遣いは手首を斬り落とされても文句言えないくらいの重罪だって事! 安定した飲料水を確保出来るまでは、その水が私達の命綱なんだからね!』

『そんな大げさな……』

『なんか言った?』


 高々と斧を構えて白崎のキャラが睨みを利かせる。

 おっかなびっくりの俺はと違い、白崎は嬉々として死体漁りをやっていた。おかげで全身血塗れで、白崎の狂気じみた本気度が伝わってくるようだ。


『私だって本当はこんな事したくないの。でも、二人で生き延びる為には仕方ないの!?』

『わかったっての! ったく、たかがゲームで本気になりすぎだろ!』

『本気でやらなきゃ楽しくないじゃん! 黒川君も、自分が遭難したつもりで頑張ってよね!』

『へいへい』

『それじゃあ、とりあえず海辺に行こう。そしたら手も洗えるし。そこに仮拠点を作って、最低限生き延びられる環境を整えるのが当面の目標ね』


 白崎が先頭に立ち、ばっさばっさと斧を振り回してジャングルに道を拓く。程なくして、背後ですさまじい爆発が起きた。


『なんだぁ!?』

『燃料に引火したんだよ。暫くすると爆発するの。それより急ごう、騒ぎを聞きつけて、危ない連中がやってくるから』

『危ない連中?』

『……南の島だから。猛獣とかいるんだよ』

『マジかよ……』


 そう言われると、リアルな環境音の中に獣の唸り声が聞こえたような気がした。



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 元ネタのゲームが分かった方はコメント欄にどうぞ。

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