第8話 終わらない一日
騒がしい一日がようやく終わる。
帰りの時間になって、俺は密かに安堵の溜息をついた。
白崎のせいで身も心も疲れ切っていた。
早く家に帰りたい。もはやあの場所だけが俺の平穏だ。
棺桶で眠る吸血鬼とは、きっとこんな気持ちなのだろう。
放課後になって変な奴に絡まれたら面倒だ。
普段なら蹴散らしてやるが、今日の俺にはそんな元気は残っていない。
急いで帰り支度をしていると。
「く~ろか~わきゅ~ん、か~えり~ましょ~」
誰よりも面倒で変人の変態が性懲りもなくやってきた。
白崎だ。どうせ来るんじゃないかと覚悟はしていたが。
「おう」
適当に返事をすると、俺は白崎と共に教室を出た。
ごく普通に、自然に、カップルみたいに。
「急に素直じゃん。どしたの?」
隣を歩く白崎が不思議そうに白崎が聞いてくる。
「疲れた」
「お疲れ様です」
ニコニコしながら白崎は言う。
お前のせいだろ。そんな言葉を言う気力もなく、俺は無視して歩き続ける。無視した所で白崎は勝手に喋るのだろうが。そんな予想に反して、白崎は黙っていた。幸せそうにニコニコしながら、ただ黙って俺の横をついてくる。
学校を出るが、やっぱり白崎はついてくる。まるでスタンドだ。
「……どこまでついてくるんだよ」
「折角だし一緒に帰りたいなって」
「帰りたいって、お前の家どこだよ」
「こっちだよ? だから、途中まで一緒」
嫌な偶然があるものだ。忌々しくて俺は舌打ちを鳴らした。
「黒川きゅんって普段どんなゲームするの?」
脈絡なく聞いてきた。
さっきまで黙ってたくせに、なんなんだこいつは。
「だって黒川きゅん、疲れたって言ってたし。人前で自分の事話すの嫌かなって」
……いや、なんで分かるんだよ。
こいつ、マジでエスパーじゃないだろうな。
「実はそうなの。宇宙人なんだ」
「……マジかよ」
「なわけないじゃん。顔色とか雰囲気とか話の流れでなんとなく分かるってだけ。黒川きゅん、意外に単純だし、顔色もよく見ると分かりやすいもん」
……本当に嫌な女だ。
「私は好きだよ。この気持ち、ダーリンにも分かって欲しいなぁ。キュンキュン」
「うざってぇから人の気持ちをいちいち読むんじゃねぇよ」
「読みたくなくても読めちゃうんだよ。私だって、人の気持ちなんか知りたくないし」
白崎が拗ねたように口を尖らせる。
知った事かという感じだが。
「で、どんなゲームするの?」
「そんなもん、お前に教える義理はねぇだろうが」
まさかこんな顔をしてあつまれアニマルの森にドハマりして夜な夜なお菓子の国を作っているなんて言えるわけがない。
「ふ~ん。そういう事言っちゃうんだ。いーもんいーもん。私のスーパーパワーで当てちゃうんだから」
「……そんな事、出来るわけないだろ」
「それはどうかな。むむ、むむむむむ」
白崎が薄く目を閉じ、俺の頭に両手をかざす。
「見える。見えるぞよ。なにやらかわゆいアニマル達の姿が」
「――っ!? そ、そんなわけないだろ!」
やっぱりこいつエスパーだろ!?
「うそ。本当にアニ森なの? 絶対ないと思って適当に言ったんだけど……」
「……は! 騙されてやんの! そんなわけねぇだろ。顔色がどうとか言うから、演技してやったんだよ!」
「だよねー。黒川きゅんがあんな安っぽいクソゲーやるわけないよね」
「アニ森は神ゲーだろうが!? 頭湧いてんのか!?」
反射的に言い返す俺に、白崎はアハ☆ とクッソムカつく顔で二丁拳銃の形にした指を向けて来る。
……つまりまた嵌められたわけだ。
「あははは。そんなに落ち込まないでよ。アニ森、うちのクラスでもやってる子結構いるし。高校生がやってても全然おかしくないって」
女子ならな。男子はおかしいだろ。特に俺みたいな奴は。
が、それを言うのは墓穴を広げるだけだ。
「私もね、似たようなゲームやってるんだ」
黙っていると、白崎は勝手に話を続けた。
「パソコンでやるような、結構マイナーな奴。海外だと有名なんだけど、日本だと今ひとつかな」
「知らねぇよ」
聞いてねぇし。
「だから教えてるの。私の事たくさん知って貰って誤解解かなきゃだし」
なにが誤解だ白々しい。
「私が実は結構オタクな事、私的にはちょっと恥ずかしい、プライベートな秘密なんだよ?」
……ほう。
いや、騙されるな。
これも罠に決まっている。
「別に、今時オタク趣味くらい珍しくないだろ」
試しにカマをかけると、白崎は「やっと興味出してくれた」と嬉しそうにはにかんだ。
「ちょっとくらいならそうだけど。私は全然ちょっとじゃないし。パソコンでゲームっていうのも、ガチっぽくて私のイメージとは違うでしょ?」
確かにそれは思う。明るく元気で快活な白崎だ。一人でカチカチパソコンゲームをやっている所なんか全然想像できない。
「……なんでそんな事話すんだよ」
自分の弱みを晒すなんて、いかにも罠っぽくて怪しい。
「だから、私の事を知ってほしくて。それに、私の恥ずかしい秘密を教えてあげたら、黒川君も少しくらいは私の事、信じてくれるかもしれないし。でも、一番の理由はやっぱりあれかな。隠れオタク女子としては、こっそり一緒にゲームしてくれる彼氏とか夢の存在だし。っていう、遠回しなお誘いだったり。えへ」
少し照れた様子で、白崎が短い舌を出す。
その気持ちは分からないでもない。俺も、アニ森で作ったお菓子の国を自慢する相手が欲しいと思う事はある。まぁ、白崎のそれは俺を嵌める為の罠なのだろうが。
「もう! また疑ってる! 黒川君、疑い深すぎ! 私と一緒にゲームやって困る事なんかある?」
「……俺みたいな醜い嫌われ者は、お前みたいな美少女と並んで歩いているだけでも笑い者にされるんだよ。それくらい、分かるだろうが」
「いーじゃん別に。そんな奴ら、俺様はこんなに可愛い彼女がいるんだぜ! ドヤァ! って見下してやったらいいんだよ」
「……可愛いって自分で言うか?」
「だって私が可愛いのは事実だし。仕方ないじゃん」
白崎が口を尖らせる。まるで、好きで可愛く生まれたわけじゃないとでも言いたげに。もしそうなら、贅沢もいい所だ。
「ね、やろうよゲーム。アニ森みたいなゲームだから、黒川きゅんもきっと気に入るって。飛行機に乗って南の島で可愛い住民とキャッキャウフフのサバイバル生活! 絶対面白いから!」
「…………」
罠の可能性は高い。だが、この状況を打破するには白崎の懐に飛び込んで弱みを握る必要がある。悩ましい問題だが……。オンラインでゲームをするだけなら、そこまでのリスクはないかもしれない。正直、アニ森みたいなゲームとやらには少し興味があるし、白崎の恥ずかしい秘密とやらが本当か確かめる意味でも、一度くらいはやってみる価値はあるかもしれない。
「……一つ問題がある。どんなゲームか知らないが、俺はそいつを持ってない」
「もちろん、そこは私が用意するよ! ギフトで送るから問題ナッシン! いつかこんな日が来るかと思って、布教用のバンドルパック買ってあるから!」
二つ返事で白崎は言う。よくわからないが、俺が金を出す必要はないという事だろう。別に金に困っているわけじゃないが、白崎の為に金を使うのは癪だ。イジメられていた頃、流行っていると騙されて誰も遊んでいないクソゲーを買わされたことがある。同じ目にはあいたくない。
「ついでにライン交換しよ! ディスコとかスチーム入れたり、色々設定しなきゃだし!」
ラインと聞いて俺は身構えた。あれには嫌な思い出しかない。
「……まさか、その為にゲームしようとか言い出したんじゃねぇだろうな」
「それもあります」
ぬけぬけと白崎は言う。
俺はジト目で睨むと無言で歩く速度を速めた。
「待って!? 下心とかないから! いや、なくはないけど! 健全な奴! 普通に彼氏の連絡先知りたいっていう純粋な乙女心だから! 私達付き合ってるんだよ!? ライン交換しないなんて変じゃんか!?」
「そもそも俺は認めてねぇ。全部お前の虚言だろうが」
「好きな男の子の為にそこまでするなんて、私って健気だよねぇ……」
俺はさらに速度を速める。
「待ってってば!? ライン交換しなきゃ連絡取れないでしょ? 連絡とれなきゃ一緒に遊べないじゃん!」
そもそも俺は白崎と連絡なんか取りたくないし遊びたくもない。
「私とライン交換してカップル部屋作ったら友達に自慢できるよ?」
足を止めてジロリと睨む。
「ぁ……そっか。黒川君、友達いないんだっけ……」
白崎はバツが悪そうに言うと。
「じゃあ、私が彼女兼友達一号って事で!」
一瞬で気を取り直して言ってくる。
「彼女も友達も俺には必要ない」
「私は黒川きゅんが必要なの!」
「なわけあるか。適当な事言いやがって」
「本当だもん。恋する乙女には彼ピッピの存在が必要不可欠なんだもん! ねー、絶対悪用しないから、私だけの秘密の宝物にしておくから、教えて教えて教えてよ~!」
白崎が腕にしがみついてぶらぶらと揺する。
「だぁ! 触んな! 鬱陶しい!」
「そうだ! ライン交換してくれたら、今なら特別に私のちょっとエッチな自撮り送っちゃう!」
「――っいらねぇよ!」
嫌な記憶が蘇り、カッとなって怒鳴りつける。
ふざけてセクシーポーズを取っていた白崎は、俺の剣幕にビクリと怯えた。
「……ごめん。またなにか、地雷踏んじゃった?」
案じるような、気遣うような、心配するような目で白崎は言う。
クソッタレ。なんて勘のいい女なんだ。
あの事は、絶対に知られたくない。
「……なんでもねぇよ」
「でも」
「なんでもねぇって言ってんだろ」
誤魔化す為に、俺は携帯を差し出した。
「ほら、これで満足だろ」
「……ぅん」
白崎は不満そうだが、それ以上は追及してこなかった。
お互いにラインを交換する。
「黒川君、本当に一人も友達いないんだね」
「うるせぇよ」
俺の友達リストには母親だけだ。俺に友達がいないのは周知の事実なので、知られてもなんとも思わない。
「別にバカにしてるわけじゃないんだよ? 黒川君を独り占めしてるみたいで、嬉しいなって」
ニッコリと、白崎が満足そうに笑う。
「……お前、マジでキモいな」
「仕方ないじゃん。好きなんだから。私って結構、恋は盲目タイプみたい。自分でも気づかなかったけど、案外ヤンデレの素質あったりして」
「お前みたいなヤンデレがいてたまるか」
「パワー系ヤンデレ!」
ムキッと白崎がマッスルポーズを取る。
「ぷっ」
似合わなさに、思わず俺は笑ってしまった。
「あ! 黒川きゅん、笑ってくれた!」
「笑ってねぇよ」
「笑ったもん! 絶対笑った! 可愛いんだ!」
「笑ってねぇって言ってんだろ! それよりゲーム、いつやるんだよ」
「今日でもいい? 晩御飯食べた後とか……」
それはちょっと急かな? と尋ねるように、白崎がわざとらしく俺の顔をチラチラ見る。
俺としても、こんな茶番は早く終わらせたい。
「それでいい。食い終わったら連絡してやる。言っとくが、俺は待たねぇからな」
「了解であります!」
白崎は敬礼の真似をすると、俺の周りを飛び跳ねて喜んだ。
「わーいやったー! 念願の彼ピとゲームだ! そうと決まれば早くお家に帰らなくっちゃ! 黒川きゅん! また後でね!」
そう言うと、白崎は猛ダッシュで来た道を引き返した。
「……いや、家逆方向かよ」
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一緒にゲームをしてくれる恋人が欲しい方はコメント欄にどうぞ。
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