第2話


 最近小宮さんが俺のことを避けている気がする。夏休みの夏季講習で告白したときには、あんなに両思いだって思えていたのが、ここ最近は思えなくなってしまった。


 かっこつけて、「同じ高校に行けたら付き合って」なんて言ってしまったから、彼氏と彼女の関係でもまだないし、小宮さんのことを俺が好きだって、誰にも知られてはいけないと思っている。俺は自分で言うのもなんだけど、結構女子から人気があるらしく、もしも俺と付き合ったり、俺の好きな人が小宮さんだとバレてしまったら、読書が好きで、いつも自分の世界を大事に生きている小宮さんが目立ってしまう気がするからだ。


 小宮さんの大事な世界を壊したくない。


 だから俺が小宮さんのことが好きだなんて、誰にも知られてはいけない。


――でも、最近なんか避けられてるんだよなぁ。


 いつからこんな感じになってしまったのだろうか。思い返してみても、小宮さんが俺を避けるような、何か大きなきっかけがあったとは思えない。


「はぁぁ」


 深いため息をつきながら、自分の部屋で机に向かう。受験まで後何ヶ月もない。年があければすぐにその時はやってくる。今のままの学力ではギリギリよりのギリ合格圏内だと担任の先生にも言われてしまった。小宮さんと同じ高校に行かなければ、小宮さんと付き合うこともできないし、堂々と、「俺の彼女」と小宮さんのことを呼ぶこともできない。


「やるしかないって、ことだよな」


 大きな独り言を言って数学のワークを開いたら、俺の部屋のドアがコンコンとなった。


「大地、ちょっといい?」


 「いいよ」と言う前に母さんは僕の部屋のドアを開け、僕の顔を見て「大丈夫?」と笑いながら声をかけてきた。なんかやな感じだ。


「なにが? 大丈夫だって。ちゃんと勉強してるって」


「いや、そっちじゃなくて、ほら、小説書いてたじゃない?」


「あぁ、それ、もういいから」


 俺は小宮さんの気持ちを俺にむかせたくて、小説らしきものを書いていた。だいぶ前のことだ。いつの間にか受験勉強ばかりに集中していて、そんなことすっかり頭の中から抜けていた。


「ふうん。じゃあ、もうあの小説サイト触ってないんだ」


「当たり前じゃん。だって、受験生なんだぜ?」


「へぇ、ぜ、とか言っちゃって、もう本当息子の成長っていいわねぇ。いい! 思春期って感じ!」


「もう、そういうのいいから。ほら、出てってよ」


 「はいはーい」と嬉しそうに言いながら、母さんは僕の部屋の隣にある自分の部屋に帰って行った。僕の母さんは売れっ子の小説家で、今は純愛な恋愛小説をメインに書いている。いくつかは映画化にもなっていて、僕のリアルな青春を小説のネタにしたいらしい。でも、僕は青春どころの話じゃない。今はとにかく、小宮さんと一緒の高校に行けるように勉強をがんばらなくては。


 そう思っているのに、また今日も告白をされてしまった。もう一回付き合って欲しいだなんて、萌々寧さんもなんで急にそんなことを言ったんだろう。受験はもう直ぐだって言うのに。


 そう言えば「俺」いま「僕」って頭の中で自分のこと言ってたな。まだ「僕」が自分の中に残ってたんだ。すっかり「俺」になってたと思ってたのに。でもそうやっていつか自然に「僕」から「俺」になってくんだろうな。きっと、それが大人になってくってことなのか。


 小宮さんの俺を避けるような行動には胸が痛いけど、それもこれも高校に合格すれば解決するはずだ。


  俺はそれから一心不乱に勉強に励んだ。

 


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