第2話 依頼

 「ベアトリス、あなた宛にこれが」


 ニコルが手に持っているのは紙袋に入った香ばしい匂いのする焼きたてのバケット。

 

 「そう、どこの誰かは知らないけれどありがたいことね」


 パンの入った紙袋の内側には、便箋が貼られていた。

 

 『夕刻、五番街の橋の下にて魔弾の射手を待つ』


 なるほど、依頼ね……。

 

 「どうしたの、怖い顔をして……」


 ニコルは、私の顔を覗き込んだ。


 「なんでもないの」


 便箋は読み終えたらすぐに燃やす、習慣化された動作により孤児院の子供達やニコルに内容は露見しない。

 仕事の依頼は、孤児院の修道女シスタークレアに届けることで私の元に伝わるという風にしてある。

 クレアなんて修道女シスターは私の偽名で、教区長などにバレてしまった際に煙に巻くための私なりの処置だ。


 「また依頼なのね」


 私の表情を見ただけで察したニコルは、心配そうな顔になった。


 「内容次第では長くなるかもしれない。またあなたに負担をかけてしまうわね」


 そう言うとニコルは首を振った。


 「ううん、私のことはいいの。でも、いくらお金のためとはいえあなたの身に何かあったらって思うと……」

 「心配いらないわ。すぐ死ぬようなヤワな人間だったらこんなに依頼は来ないわよ」


 冗談めかして言うとニコルは微笑んだ。


 「ほんとに……?」

 「ほんとにそうよ」


 決してこれは冗談ではない。

 シャイタックに取り憑く得体の知れない存在は、持ち主が死んでも次の持ち手が決まっていない場合、持ち主を復活させてしまう程の力を持っている。

 使用者を介して他人の命を吸い続けるシャイタックの持つ力は絶大だ。

 手放しても持ち主の所へと戻る、壊そうとしても破壊できない魔道具、それがシャイタックの本性。

 だから私は死ぬ事がないのだ。

 いつか死ぬために、切っても切れない呪縛から逃れるために私は殺し続ける――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 五番街の橋の下、便箋の通りの夕刻に私は向かった。

 さる身分の高い家柄のメイドのような装いで、しかし目元は黒い布で覆われている。

 どこか背徳的な雰囲気すら漂わせている、それが今の私の出で立ちだ。


 「お待たせしました」


 待ち合わせの場所には背広姿の男が二人、彼らはこの国の要人達であった。


 「魔弾の射手殿、或いは血染聖女ブラッティ・セイント殿、先日は流石の仕事ぶりでしたな」


 つい先日の貴族の暗殺も彼らの依頼によるものだった。


 「血染聖女ブラッティ・セイントとは、随分と誇張された呼び名ね」

 

 噂に尾鰭がついていつしかそれは魔王ヴェンディダートを討伐したパーティにいたとされる血染聖女の伝承と結びついていた。

 目立ちたくない私からすれば随分と迷惑な話だし、穢れた修道女風情の私が聖女と呼ばれるのは畏れ多い話でもある。


 「私も忙しい身だ、用件は手短に伝えよう」

 

 男は辺りをはばかるように周囲に目をやると小声で語り出した。


 「君は、東方辺境領のベルエスト侯を知っているだろうか?」

 「名前だけは」

 「東方辺境領に潜る工作員らのの報告によれば、帝国の軍勢を手引きして侵攻する用意を始めているとか」

 「の……?」

 

 どういった意味での「最後」という言葉なのかにより事情は変わる。


 「そうだ、帝国で猛威を振るっている工作員狩りは東方辺境にも及んでいる」


 戦争の前兆という認識を得るには十分な判断材料だ。


 「私一人で殺るのかしら?」


 だとすればあまりにも命の危険と隣り合わせだ。

 正直なところ断ってもいい。

 義賊紛いな暗殺でもシャイタックさえ使えばこの呪いを誤魔化すことは出来る。

 暗殺の価値考えれば、後ろめたい貴族を消し去る方がよっぽどマシ。

 後ろめたいと思っていれば、大事にもしずらいから事後のリスクが低い。


 「その点は安心してくれたまえ。帝国領内での任務を抱えた者達が一足先に東方辺境領に入っている。彼らと協力すれば上手く遂行出来るはずだ」


 それなら工作員に任せればいいのでは?という考えが頭をよぎる。


 「彼らに任せられないのは、帝国での任務を抱えているからだ。工作員狩りで多数の工作員を喪失した今、重要な任務を抱える彼らを失うわけにはいかないのだ」

 

 暗殺というのは極度の接近を求められる。

 それは敵の警戒が強い状況下においてはあまりにも危険なことだ。

 故に工作員では無い私に依頼する、そういうことなわけだ。


 「報酬は前払いよ」

 「引き受けて貰えるのか?」

 「ダメだったら返金するわ」


 そう言うと男は後ろに控えたもう一人の男の持つ革の鞄を私に手渡した。


 「現状わかっている情報と報酬はそれにある」

 「確認しても?」

 「構わん」


 鞄を開ければ、そこには多量の紙幣が入っていた。

 ざっと二千万ギリルはあった。

 庶民の平均年収の四倍ほどの量だ。


 「問題ないわ」

 「それならよかった。アンハルトの街、トラウムという宿に行けば工作員達と合流出来る」


 すれ違いざま、男はそう言った。

 気がつけば黒々とした雲が立ち込め一雨降りそうな空模様だった。

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修道女ですが副業で狙撃手やってます〜私は「血塗られた聖女」と恐れられた修道女〜 ふぃるめる @aterie3

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