霧が晴れたら

 先輩と付き合い始め、すでに半年がたった。季節は秋になり、緑は赤く染まり、雨が続きジメジメとするようになった。私の長髪にも癖っ毛が目立ってきた。あのキスの日から私は無意識に先輩を追っていた。頭の中でということが色欲と好奇心によって薄れてきた。


 そうしてある日、同級生の女の子が私に聞いてきた。


「ねぇマキちゃん。霧島先輩と付き合ってるの?」


 私の中に電流が走ると、時が止まった。クラス中の目が私に向く。その目は狂信者のように血走っていた。


「私はそんな...美人だなぁって思ってるだけだよ」

「そうだよね。用もないのに毎日に行かないもんね」


 体が空気を拒絶する。いつの間にか私の周りには人だかりが出来ていた。一言でも間違えれば私は恐らく殺されてしまうだろう。


『ねぇ、どうなの?』

「私は...先輩とは.....」

『付き合ってるんでしょ?』


 鉛のように重く、粘着質な圧が私に覆いかぶさった。何とか堪えようと歯を食いしばる。それでも体が少しづつ沈んでいく。耐えられず私が頷きかけた瞬間、人混みの間から廊下にいる先輩を見つけた。


「先輩!」


 私は人の壁をこじ開け、廊下飛び出した。彼女が角を右に曲がったところが見える。急いで彼女の後を追うと、いつもの木のドアの前にこちらに背を向け立っていた。


「待ってください先輩!私は....」

「どうしたんだい?何かあったのかい?」


 いつもの声が今は不気味に感じる。


「別に何も見てないよ。君がみんなに囲まれて、詰められてるとこなんてね」


 胸に釘を刺された気がする。振り返った先輩の目はいつも通り真っ黒だった。


「私はなにも...なにも....」

「いやぁ甘かったね。あと数か月だったのに、まだまだ未熟者だったね。」


 私は手に力が入った。先輩はそのまま続けた。


「まぁしょうがないさ、人生そんなもんだよ。集団の圧力には勝てない。しかし、それ以前に君は私を追いすぎた」

「私はあなたが好きだった!」

「だからさ。色欲と好奇心を備えた獣が理性を食べてしまった。私を襲う前に」


 私は我慢できず、彼女の手を掴もうとするがすり抜けてしまった。


「やはり君は獣だ。それも猛獣だね」


 振り返ると、そこに先輩は居なかった。気が少しずつ遠くなっていく。私は意識を手放した。

 ・

 ・

 ・

 気が付くと自分の教室の机で寝ていた。時計を見ると12時を指している。


「どうしたのマキちゃん。泣いてるよ?」

「え?」


 頬を触ると涙で濡れていた。今まで何をしていたかうまく覚えていない。カレンダーを見ると4月第二週の水曜日。あぁ、そうか。入学式から今日で一週間か。


 放課後になり、みんなが帰る中。私は無意識に校舎の中を歩いていた。歩き着いた先は、一階の右端にある木の扉の前だった。自分でもなんでここに来たかわからない。まるで、何度も通い詰めたかのように、足が勝手に動いていた。


 物置部屋と書かれたそこは、無造作に椅子や机が置かれ埃まみれだった。窓から校庭を見ると、皆が帰っていくのが見える。


 なんだか長い夢を見ていたような気がする。そうして窓から離れようとすると、ガラスの反射で後ろにだれか立っている。振り返ると誰もいない。どこからか声が聞こえる。


「哀れだね。君は」


 唇に残るやわらかい感触と、口の中に広がる甘酸っぱい水の味。


 その正体を、私は思い出せなかった。

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霧が晴れるまで 谷村ともえ @tanboi

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