初めてのキスは雨の味

 こうして、私たちの関係は始まった。毎週水曜の放課後、みんなが帰った後に会うことにした。


 先輩は日によって格好が変わる。メイド服や、セーラー服だったり、そんな趣味に違和感を持たない周囲にも最近慣れてきた。


「そういう人でしょ?」

 

 皆がそう言った。


 季節は変わり、桜が散り緑が主張するようになってきた。蝉は大合唱を日本中に響かせ、太陽はジリジリと人々を炙り、入道雲は私たちを見下ろしている。スカートにも慣れ、今では感謝している。


 そんなある日、私は土曜日なのに学校でテストを受けていた。中間テストの日に体調を崩し、受けられなかったことを悔いている。退屈なテストが終わったころには夕方になっていた。外はヒグラシが鳴き、太陽は空をオレンジ色に染つつある。昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声を掛けられた。


「マキも学校に来てたのかい?」


 先輩だった。今日は男子の制服だ、半袖から出る腕は相変わらず白い。


「今日はどうしたんですか?」

「私は生徒会の会計係だからね。前期の決算があってそれで来てたのさ」


 先輩は生徒会だった。正直知らなかった。付き合いが始まって3か月がたったが、あまり自分のことは話さない。勉強を教えてもらったり、雑談をするのがメインだった。たまに私が詮索すると。


「まだ秘密」


 これで通してくる。正直気になる、狂うほど、彼女のことが。自分の中の獣が、目の前にいるソレを食い殺してしまうのではないかと、時々考える。


「今日は一緒に帰ろうか」


 それは意外な一言だった。今までは周りの目もあり、一緒に帰ることなど叶わなかったから。まぁ、今日は言わなかったとしても私が言っただろうけど。その誘いに私は二つ返事で答えた。


 靴を履き替え、外に出るとまだ昼の暑さが残っている。地面から湧き上がる熱気に私は顔をしかめた。


「暑いですね...。もう夕方になるのに」

「そうだね。こんなに暑くなるならスカートのほうがよかったかな。なんてね」


 彼女はシャツをパタパタと仰ぎながら、笑って答えた。胸元がチラチラと見える。相変わらず肌が白く死人のようだが、顔や手から出ている汗が生きているという証拠なのかもしれない。


 彼女とは帰り道が途中まで同じだ。私はバスで登校しているので、校門から真っすぐ道なりに進んだバス停からここまで来ている。先輩はバス停を過ぎた先にあるところに住んでいるようだが、そこから先は教えてくれない。


 校庭を横切り校門を出ると、アスファルトの道を真っすぐ歩いていく。田舎の道は何もない、田んぼぐらいしかない殺風景な道を歩いていく。しばらくすると、ポツポツと水滴が空から降ってくる。次第にそれは大粒になり、私たちを勢いよく叩き始めた。私たちは急いでバス停に走った。そこしか雨宿りできる場所はない。


 しばらく走ると、トタン屋根のバス停に着いた。長ベンチが一つあるだけのシンプルなバス停だ。風化して塗装が剥がれ、真っ白になっているそれは誰かさんの肌のようだ。走って疲れた私たちはベンチに座った、濡れた長髪と尻なんて気にせず。


「急に降ってきたね。お互いビショビショだ」

「そうですね...」


 私は横目で先輩の体を見た。初めて先輩を見たときは、逆光で良く見えなかったが今は雨でシャツが張り付き、透けてよく見える。体は引き締まってはいるが、少し肉付きがあり女の子らしい。下着は....。目線を少し上に向けると、先輩と目が合った。目を細め、ニヤニヤと意地悪そうに笑っている。


「君って意外とエッチなんだね。知ってたけど」

「いやっ...これは..その....」


 しどろもどろになる私を見て、彼女は含み笑いを浮かべている。雨は一段と強くなり、錆びだらけのトタン屋根は悲鳴を上げている。


「正直、三か月も続くなんて思わなかったよ。強欲で度し難い未熟者である君が、ここまで耐えるとはね」

「伊達に人間やってませんよ、理性がありますから。ただ、それがいつか壊れてしまったときはどうなるかわかりませんよ?

「言うようになったじゃないか」


 彼女は満足そうに笑った。その目は光を帯び、輝いていた。まるで、子供が新しいおもちゃを買ってもらったかのように。初めて見るその目に私はどう映っただろうか。汚く淀んでいるのか、輝いているのか、それはその目の持ち主にしかわからない。


 ただ、少しは認められただろう。そう考えると嬉しくてたまらない。私は身震いをした。雨は一向に止む気配はない。田んぼには無数の水紋が広がっている。


「やっぱり君は面白いな、一緒にいて飽きない。こっち向きな」

「え?」


 彼女は不意に顔を近づけると、その唇が私の唇と触れた。


 そこから先はあまり覚えていない。気が付くとバスに乗っていた。窓の外で先輩が手を振っている。顔が熱く、思考がまとまらない私は、何も考えず力なく手を振り返した。


 後ろに座っている小学校低学年ぐらいの子が話しかけてきた。


「おねーちゃん、誰に手降ってるの?」


 たとえ先輩が何者であろうとも私は忘れないだろう。

 この唇の感触と、雨の味を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る